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ヤンデレ王子と風の精霊  作者: 東稔 雨紗霧
3st脱出

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12

 懐妊を知ったレインは過保護、これに尽きた。



 「ああ! アリア、駄目だよ!そんな重い物を持ったら!!」

 「……ただの本よ」

 「分厚い本だ、もしお腹に落としたら大変だろう?僕が読んであげるからここにおいで」


 「そんな風に歩いてもし転んでしまったらどうするの?僕が抱えるからアリアはなんでも言って」

 「少しは動かないと運動不足になるわ」

 「駄目だったら!」



 アリアが何かをするだけで大騒ぎ。

 しまいには心配で何も手につかないから、と持ち出しできる内容であればアリアの部屋で仕事をし始める。

 そんなレインは当然、お腹の子の事を考えてとあれほど毎日飽きることなく抱いていたアリアを抱かなくなった。

 流石にそれは想定外だったアリアはレインに懐妊はしたが、それでも変わらず抱いて欲しいと懇願する。

 迷っていたレインだったが、自分の事を強く求めるアリアに最終的には相好を崩しアリアの望み通りに抱く事を約束した。

 ただし、何か異変を感じたらすぐにレインに言う事と、そうなったら出産までは我慢する事を条件に。



 「お腹に居る間も外の音は聞こえているらしいんだ。上質な音楽は胎教にも良いんだって」

 「だからって態々楽団を用意しなくても……」

 「早い内から一流の音楽に触れておいて悪い事はないよ」


 「おーい、父様だぞー」

 「お腹に話し掛けるの?」

 「こうして声を覚えさせておけば、産まれても声を聞いたら他でもない僕が父親だって分かるだろう?」

 「そういうものなの?」



 そうやって、日に日に膨らんでいくアリアのお腹をレインがうっとりと見つめ、声をかけるのが日課となった。



 「話を聞いたら、こうやってお腹に耳を当てると子供が腹を蹴る音が聞こえる事があるらしいんだけど……全然聞こえないな」

 「偶々じゃないかしら?」

 「残念だなぁ、聞いてみたいのに」

 「そのうち聞けるんじゃないかしら。それにもうすぐだし」

 「もうすぐ? 子供はまだ3ヶ月は先だよ」

 「あら? そうなの?」

 「ああ、十月十日と言ってそのくらいは産まれないんだ」

 「そうなのね、精霊は自然発生するもので誰かが産むものじゃないから知らなかったわ」



 そう言って笑うアリアに僕がしっかりしないと、とレインは夫として、父親としての責任感を強くした。



 「男か女どちらだと思う?」

 「うーん、どちらであろうとアリアに似ていれば僕はそれで。ツッチーは大地の精霊だし、性別は分かっているみたいだけれど自分の目で見た方が良いだろうって教えてくれないしなぁ。一体、どんな子が生まれるのか楽しみだ」

 「そうね、名前は考えてくれた?」

 「ああ、もちろん!男でも女でも考えたんだけれど、いくつか候補があって決まらないから後は実際に産まれた子を見てから決めようと考えているんだ」

 「そうなの」


 アリアを他の男に見せたくないからと子供の姿をしているリョクは許しても、大人の男の姿のツッチーにはアリアとの接触を許可していなかったレインだったが大地の精霊である彼の方が医者よりも精密に体の事が分かるからと、嫉妬するのを堪えてアリアとの面談を許可する程度には寛容さを持つようになった。

 どんな子に育つのかな、産まれたら一緒にこんな事をしたいな、これをしてあげたいなと将来に想いを馳せ、そんな話をして笑う。

 レインは幸せの絶頂にいた。


 出産まで残り一ヶ月を切ったある日、話があると呼ばれたレインはアリアに部屋へと向かう。

 部屋の扉の前にいる見張りに労いの言葉をかけ、ノックして部屋に入る。

 アリアはソファに腰掛けていた。

 窓からの光を背にして座るアリアはまるで後光が差しているかのように光輝いており、窓から吹き込む穏やかな風と彼女の浮かべている表情も相まってまるで女神のような慈しみの溢れる雰囲気と触れる事を尻込みするような神々しさがあった。

 扉の前で立ち止まり、ぽかりと口を開けてアリアに魅入るレイン。

彼女は静かに口を開く。



 「ずっと、今日という日を待っていたの。この日が来ることが分かっていたから私はどんな屈辱にも耐えたし、怨嗟も、怒りも飲み込むことができたわ。高く積み上げれば積み上げる程、両手に抱えきれなくなればなるほどに失ったモノは大きく光り輝く。ええ、良く分かるわ。()()()()()()()()()



 レインではなく虚空を見つめて穏やかに平淡な口調で冷静に語るアリアの声にレインの背中が粟立っていく。

 口内が急速に乾き始めるのを感じながらレインは声を絞り出す。



 「あ、アリア?一体、なにを……?」

 「本当に、ずっと、ずっと、ずーっと辛かったわ。でも、それも今日でお仕舞い。もう、貴方の事なんてどうでもいいわ」

 「どうでもって、え、アリア?」



 レインにはアリアが何を言っているのか理解できなかった。

 昨日まであんなに幸せな未来を語り合っていたのに、一体どうしてしまったというのか。

 もしかして誰かがアリアに余計な事を吹き込んだのか、そのせいでアリアがこんな変な事を言い始めたのか。

 だってそう考えなければ辻褄が合わない。

 そうじゃなければ、そうじゃないと今日まで感じていた幸せが全部、まやかしだったことになってしまう。


 アリアがソファから立ちあがり、優雅な足取りでレインの目の前に立つ。

 レインはそのアリアの立ち姿に強烈な違和感を抱いた。

 これまで通り、否、これまで見てきた中でも最も美しいと言えるアリア。

 彼女に見惚れながらも感じた違和感の正体を探り、それに気付いたレインは顔色を変えた。



 「アリア?!そのお腹はどうしたんですか?!え?産まれたなんて報告はなかったはずですが……?え?産んだ?お腹の子はどこに?」

 「子供なんてとっくの昔に殺したわよ」

 「…………え?」

 「ただ膨らんでいるだけの空の腹に喜んで、フッ、本当に間抜けだったわ」

 「…………え?」



 アリアの言っている言葉が一つも理解できなかった。

 風が吹いている。

 いや、理解したくなかった。

 風が吹いている。

 飛んできた砂がレインの目に入る。

 瞬きをした時、アリアの身体から煙の様な物が風に吹かれて靡いているのに気が付いた。

 目に入った砂のせいで視界が涙でぼやけているせいかと目を瞬かせるレインだったが、それは見間違いでもなんでもなく、まるで柔らかな陽の光にアリアの輪郭が溶けていくようだった。



 「なにが……どうなって……」



 アリアの全身から砂の様な物が噴き出していた。

 アリアの輪郭が溶けているように見えたのは、それが風に吹かれて土煙を上げていたのが原因だった。



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