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ヤンデレ王子と風の精霊  作者: 東稔 雨紗霧
3st脱出

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 幸せな夢を見た。

 ヴァンと共に穏やかな日々を過ごし、笑い合って過ごす。

 ただそれだけで、泣きたくなる程の幸福がアリアを包む。

 ああ、このままここに居たいな。


 ふっと意識が浮かび上がった。

 目に映るのは見慣れてしまった部屋の天井。

 ああ、夢か。

 目尻を涙が流れ落ちる。

 何故、今になってあんな夢を見てしまったんだ。

 幸福な夢と残酷な現実、その差に身が引き裂かれそうになる。



 「ヴァン……ヴァン……」



 膝を抱え、アリアは涙する。

 どうして、何故こんなことになってしまったのか。

 どうすれば良かったのか。

 精霊界に居た時からずっと自問自答してきた。

 そして、いくら考えても答えは出てこない。

 どれくらいの時が経っただろうか、不意に出入り口の扉が叩かれる。

 涙を拭い、鼻をすすったアリアが返答を返すと一人の女性が入室してきた。

 侍女とは明らかに恰好が違う高級そうなドレスを身に纏い、彼女達よりも若い女性。

 初対面のはずだが、どこかであった事があるような気もする。

 不思議と見覚えのあるその顔をジッと見つめるアリアを見た女性はアリアを鼻で笑った。



 「ふ、なにかしらその間抜け面。よくそんな顔で生きていけるわね」

 「……え?」



 ぽかんと口を開けるアリアをせせら笑うその笑い方と態度には覚えがある。



 「貴女……まさか、フーイ?!」

 「ええ、そのまさかよ。受肉したの、貴女と同じようにね」



 腰に手を当て、ベッドに座るアリアを見下ろすその不遜な態度とアリアを小馬鹿にするしゃべりかた。

 どこからどう見てもかつてアリアを陥れようとし、手を振り払われた勢いで精霊界から落ちていったフーイだった。

 以前、リョクがフーイについて何かを言いかけていたが、この事だったのかと思い至る。



 「フーイ、貴女……なんてこと……!」

 「あら? もしかして同情? 勘違いしないで。私は貴女と違って自らの意思で受肉したの、惨めな貴女と一緒にしないでちょうだい」



 アリアはどこまでも小馬鹿にする態度を変えないフーイに安心感すら抱く。

 自業自得とは言え、あの時精霊界から落としてしまったのはアリアだ。

 そのせいで予期せずしてフーイも受肉する羽目になったのだと考えたがどうやら要らぬ心配だったようだ。



 「何しにきたの?」

 「貴女の間抜け面を拝みに来たに決まっているじゃない。どう?全てを奪われた気分は?」

 「……」

 「愛した男だけではなく、自分の体も魂も何もかも憎んでいる男に奪われる気分は?」

 「……」



 手が白くなるほどの力でシーツを握り締め、怒りに震えるアリアを見て心底愉快な物を見たとフーイは笑顔を浮かべる。



 「あはっ!良い顔するじゃない!態々見に来た甲斐があったわ!あっはははは!!」

 〔そこまでだよ〕



 高笑いをするフーイだったが、目に前に突如現れたリョクに口を噤む。

 リョクはフーイの睨みつける。



 〔フーイ、君はこの部屋に近付く事を許可されて居ないはずでしょう?どうしてここにいるの?〕

 「ふふ、真っ先にそれを破った者が何を言っているのかしら。冗談も大概にしたら?」

 〔……今の僕はレインの許可を貰ってここにいる。彼の言いつけを破ったらどうなるのか、君だって理解しているでしょう?〕

 「はいはい、分かったわよ。まあ、目的は達成したし大人しく帰るわ」

 〔そうしてくれると僕も嬉しいよ。あまり手荒な事はしたくないんだ〕

 「ふん、随分と無礼な物言いね、フーイ。私の方が高位精霊としての生は長いのよ?先輩を敬いなさい」

 〔君こそいつまで勘違いしているのさ。君はもう精霊じゃなくてただの人間なんだよ?

 まさか、精霊術もまともに使えないただの人間が高位精霊である僕に敵うと思っているわけじゃないよね?過去の栄光を振りかざして言う事を聞かせようとする事しか出来ない愚か者になりたくないんだったらその口を閉じておくことをお勧めするよ〕

 「……っ!!」



 屈辱に顔を赤く染め上げるフーイ。

 アリアは自分だけではなく、フーイの精霊術を使えない事を知り安心する。

 そして、失ったモノに縋りつき虚勢を張るフーイの姿に少しの憐みを抱いた。

 そんなアリアの視線に気付いたフーイが声を張り上げる。



 「何よその目は!!あんた如きが私を哀れむって言うの?!」

 〔止めなよ、フーイ。みっともない〕



 庇う様に両者の間に入るリョクにフーイは目を吊り上げた。



 「なんなのよ、一体!どいつもこいつもアリア、アリアって!何もできやしない、そんな女のどこが良いのよ!!私の方がレイン様の事を愛しているしいつもあの方の為を思って行動しているわ!貴女なんていつだって他の男に夢中でレイン様の事を振り返りもしないのに、いつまでもレイン様のお心を縛り付けて振り回して、そのくせにあの方を傷付ける事しかしないのに、どうして……!なんで貴女があの方に愛されるのよ……!

 あの方だけじゃないわ、他の精霊達だって私ではなく貴女に手なんか貸して、リョクなんか、貴女のせいでヴェールを裂いてそんなみすぼらしい姿になる事になったのよ?!それほどの代償を払わせて、それなのにいつだって貴女が守られて優先される!!そんなの可笑しいじゃない!?私は高位精霊で、私の方が能力も地位も美貌もあるのに、なんで!!どうして!!何故貴女だけが愛されるのよ……!!私だって……私だって愛されたかった!!!」



 それは心からの叫びだった。

 愛されたいと叫ぶフーイの姿は普段の高慢で張りつめた様な雰囲気とは程遠く、ただアリアの胸に憐憫を抱かせる。



 〔はあ、聞くに堪えないなぁ〕



 リョクは床から植物を生やし、フーイを拘束する。

 口も塞がれ、くぐもった声で何かしらを叫ぶフーイに目もくれず、そのまま精霊術でフーイを何処かへと転送した。

 そして、フーイのただならぬ叫び声に扉を開けた護衛達に植物を操って事情を説明する。



 【今回の事は僕に一任されている】【僕からレインに報告するから】【君たちは気にせずそのまま任務を続行していて】

 「はっ、畏まりました」



 護衛達は植物に敬礼すると元の場所へと戻って行く。

 扉が閉まった事を確認してリョクはアリアへと向き直った。



 〔ごめんねアリア。もっと早く来ていれば君に不快な思いをさせなくて済んだのに……〕

 「いいえ、充分早かったわ。ありがとう、リョク。それよりも、貴方、そのヴェール」



 リョクのヴェールは前回会った時とは違い、裂かれ、ボロボロになっていた。



 〔あ、これ?別にアリアは気にしなくて良いよ、僕が自分でやったことのケジメってやつだから!〕

 「でも、」

 〔気にしなくて良いの!この話はもうおしまい!あ、そうだ!朝ごはんはもう食べた? まだだったら用意させるよ?〕



 ヴェールの事を気にさせないようにワザとらしく明るく振る舞うリョクの姿を見て、アリアは開きかけた口を閉じる。

 自分よりも若い精霊であるリョクが気丈に振る舞っているのである、年上としての振る舞をすべきだろう。



 「……実はまだなの、お願いできるかしら?」

 〔まかせて!お詫びにとっておきを用意させるから!〕



 笑顔で厨房へと言伝を飛ばすリョクに出会った当初の若い精霊特有の幼さの強い言動から高位精霊として相応しい振る舞いへの変化を感じ、彼の成長を嬉しく思うアリアだった。



 食事を終え、食後のお茶を飲むアリアを傍でテーブルに頬杖をつきながら眺めていたリョクは〔さっきのことだけど〕と口を開く。



 〔フーイはね、アリアの器になるはずだった人間に受肉したからもしかしたら自分にもレインに振り向いて貰う余地があるかもしれないって考えてるんだぁ。外がどうであってもアリアはアリア、フーイはフーイなのにね〕

 「私の器になるはずだったって」

 〔言葉のとおりさ。フーイから精霊界での出来事は聞いてるよ。本当ならあの時、フーイがアリアに振り落とされなければ今頃フーイが入っている体にアリアが受肉して、今アリアが入ってる体にフーイが受肉する予定だったんだ。レインは中に入る君たちの外見に似ている器をわざわざ探して用意していたんだから。アリア、さっきのフーイを見て既視感を感じなかった?〕

 「……」


 どこか見覚えがあると感じていたのが、リョクに言われて精霊だったころの自分の姿であることにアリアは思い至った。

 受肉した後はまだ一度も鏡を見ていないが、リョクの言葉が事実ならこの体の顔はフーイに似ているのだろう。

 言葉にし辛い複雑な感情がアリアの胸中で渦を巻く。

 そんなアリアの様子を見てリョクはポツリと呟く。



 〔どうしてこうなってしまったんだろうね?〕



 自分にしか聞こえない声量の、思わず漏れでたようなその呟きは静かに部屋の隅へと消えた。



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