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二人の護衛へと新しく来た侍女たちはこれまでの侍女とは違い主人である母親を蔑ろにすることなく侍女として、護衛としての仕事をしっかりとこなす人物だった。
至極当たり前の事でこれがあるべき姿なのだが、前任者が前任者であるが故に余計に感慨深い。
レインを取り巻く警備体制が整った事により彼が霊眼持ちである事が発表された。
初の王族から霊眼持ちが出た事に国民は湧きあがり、レインと彼を取り巻く環境も変化した。
まず初めに霊眼持ちを産んだアグネーゼ妃の元へと再び王が渡る様になり、後宮内でのアグネーゼ妃の立場は正妃に次ぐ物となった。
王子専属の侍女となったエミリアと共に図書室へと向かうその道中、廊下をすれ違う侍女たちはレインの姿を見ると揃って端に寄り頭を下げる。
あれからアリアの報告を元に後宮内に調査が入りその結果、後宮と言う名の元に腐敗と汚職にまみれ、治外法権と言う盾により手を出す事ができなかった膿を排出する事ができた。
お陰で随分と風通しが良くなったと上司がとても良い笑顔で言っていたが侍女たちの様子にそれを実感した。
以前までは王子であるレインが通ろうが側室であるアグネーゼ妃が通ろうが頭を下げもせず、それどころか嘲笑していた侍女たちの変わりようにアリアはほくそ笑む。
兄達と接触を絶つ事は出来なかった様だがあれから直ぐにレインの兄たちによる鍛錬と称した暴力も禁止され、時折兄たちが忌々しそうにレインを睨む以外は普通に剣術を学ぶ事ができる様になっている。
レインの置かれていた状況が改善されていく事にアリアは満足していた。
そんなアリアの様子をちらりと横目で見たレインは少しだけ口元を緩める。
最初は警戒心の塊だったレインだったが、毎日陰に日向にと二人を庇護し、護衛を続けるアリアに最近では徐々に心を開くようになってきた。
時は、レインの護衛を始めて二ヶ月が過ぎようとしていた。
「あら、あなたみたいなごみくずでもここにくることがあるのね」
図書室にはいつぞやのビスクドールの様に可愛らしい少女が先客としていた。
その少女を視界に入れた途端にレインは無表情となり、まとっていた空気が張り詰めた物へと変わっていく。
「ステラ姉上、ご機嫌麗しく」
「ふんっ! あなたのおかげできぶんはさいあくよ」
レインのお陰で少女の名前がステラであり、彼の姉の内の一人だと分かったアリアは、これからはステラ嬢とでも呼ぼうかしら、と心の中で呟く。
可憐な容姿を裏切る辛辣な言葉にレインは顔色も変えずに頭を下げる。
「もうしわけございません」
「……ふんっ! そ、それでなにしにきたのよ?」
「ステラ姉上と違って僕は優秀ではないので勉強しにきました」
「そ、そう? ……なんだったら! わ、わたくしが、おしえてあげないこともないわよ!」
「大変光栄ですが、ステラ姉上のお手を煩わせるわけにはいきませんので辞退させていただきます」
「えんりょしなくてもいいわ。しもじものものにほどこしをあたえるのはうえにたつにんげんのしごとよ!」
「……それでは、お言葉に甘えます」
「! えぇ!なんでも聞いてちょうだい!」
パアっと顔を輝かせるステラ嬢にレインは侍女から受け取った問題集のページを開いて見せた。
「今やっている問題なのですが、ここが分からないのです。教えていただけますか?」
「もちろんよ!」
嬉々としてレインから問題集を受け取ったステラ嬢だったが問題を一目見た瞬間、ピシリッと固まった。
しばらく硬直していたかと思えば、ギギギと音が出そうな位ぎこちなくレインへと顔を向ける。
「あ、あなたいまこのもんだいをやっているの?」
「はい、ステラ姉上はこの程度とっくに終えられていると思いますが、お恥ずかしながら未だに自分はこの難易度の問題です」
「そ、そう……」
「教えて下さい」
彼の言葉に顔色を青くし、あわあわとしていたステラ嬢はハッと何か思い立った表情を浮かべた後、椅子から立ち上がった。
「おしえてあげたいのはやまやまだけれどわたくし、ようじがあったことをおもいだしましたわ! またのきかいにおしえますわね!!」
口早にそう言うとお供を連れて足早に図書室から出て行った。
その様子をレインが鼻で笑うのを見て、やり返せるようになった彼の頭をアリアはすり抜ける体で撫でるフリをする。
他者の目があるので言葉を交わす事は出来ないがアリアに頭を撫でられたレインは目元を赤くし、頬を緩めのであった。
その日以降、ステラ嬢はレインの姿を見かけた途端に慌てて方向転換するか身を隠す様になった。
最近では授業でもレインには椅子が用意される様になり、ステラ嬢が以前の様に突っかかる事も無くなり、彼の生活に平穏が訪れる。
だが、その平穏は長くは続かず、アグネーゼ妃が倒れたのはレインとアリアが出会って約1年程後だった。
彼女の体は病に蝕まれていた。
元々食が細く、長期の冷遇の性で何でも我慢するようになってしまった彼女は不調を周りの人間に訴えず、その為に気付いた侍女が宮廷医師に見せた時には既に手遅れであった。
日に日に痩せ細り、悪化していく病状に彼女に死期が近付いている事は誰の目にも明らかだった。
それでもアグネーゼは気丈にレインを安心させるために病による激しい痛みが襲っても毎日笑顔を絶やす事は無かった。
そんなある日、周りに誰も居ない事を確認した彼女は寝台の上からそっとアリアを呼んだ。
「精霊様、いらっしゃいますか?」
『なにかしら?』
「わたくしは、もう長くありません」
『そうね』
「ですから、死に行く女の最期の頼みを聞いてはいただけないでしょうか?」
『頼み?』
「わたくしの様な者から、貴女様にお願いするのはとても厚かましいと理解しております。
ですが、どうしてもわたくしが死んだ後に残される息子のレインの事が気がかりでなりません」
『そうよね……。それで、頼みって何かしら?』
「わたくしが死んだ後も、レインの傍にいてあげてくれませんか?」
『なんだ、それ位なら構わないわ』
「ありがとうございます」
アリアの快諾にホッと息を吐いた。
自らの死期を予知していたのかそれから数日後、誰もが寝静まった夜に彼女は眠るように息を引き取る。
朝彼女の様子を見に行った侍女が既に冷たくなっていた彼女を発見し、すぐさま宮廷医師が呼ばれた。
周りの者が慌ただしく動く中、ただ茫然とレインは前日まで優しく微笑んで頭を撫でてくれていた母の亡骸の傍で立ち尽くしていた。
そんな彼の傍にアリアはそっと寄り添う。
それから彼女の葬儀が行われるまでの数日は慌ただしく過ぎて行った。
正妃に次ぐ側室であり霊眼持ちであるレインの母親であるアグネーゼ妃の葬儀は国を挙げて盛大に行われた。
レインはそんな自らの母親の葬儀をただ無表情に見つめるだけだった。
己の父親である王からの慰めの言葉にも当たり障りない言葉だけで対応し、後は我関せずと言った態度で取り付く島もない。
母親が死んだ日から、レインは感情を表さなくなった。
いつも通りの予定をこなしはするが何処かうわの空で、予定が何もない時は何かをするでもなく常にぼんやりと感情を移さない瞳で虚空を見つめている。
誰かに何かを言われれば返事をし、行動はするがただそれだけだ。
アリアはそんなレインに何か言葉を掛けるでもなくただ傍に寄り添っていた。
母親との約束である『レインの傍にいる』を守る為なのもあるがそれ以上に唯一の寄る辺を亡くしたレインの事が心配だったからだ。
精霊であるアリアは契約者であるヴァン以外の人間の機微には疎く、こういう場合何と言葉を掛ければ良いのか分からない。
ヴァンに聞いても『自分で感情を整理するしかない』と言うつれない答えしか返ってこない。
掛ける言葉が見つからない、それならば何も言わずにただレインの傍に居ようとアリアは考えた。
それにはヴァンも賛成し、日々の魔力の供給以外は出来るだけ王子の近くにいられるように手配してくれた。
そんなある日、レインが寝いった後に行われる毎日の魔力供給であるハグをしている最中にヴァンが言いにくそうに口を開いた。
「アリア、急だけど精霊の力が必要な仕事が入った。 王子の事が心配かもしれないが明日こっちを手伝ってくれないか?」
〔ヴァンの為なら構わないわ。けど、また人手が足りないの?〕
「らしいね。 全員手が塞がってるんだとさ」
〔だからって王子の警備から抜くってのも可笑しな話よね〕
「何でも、隣国の動きがきな臭いらしい。 霊眼持ちは確かに大事だがそれよりも先の平穏の方が大事だって事で俺達が抜擢されたみたいだね。風の精霊の力であちらさんを探って欲しいんだってさ」
〔そう、じゃあ明日レインにしばらく傍を離れる事を伝えなければいけないわね〕
「ああ、それに関しては上司が伝えておくから明日は打ち合わせと準備に充てろだってさ」
〔そう。じゃあ、明日はヴァン久々のお休みなのね〕
「そういうこと。 今日はもう帰って良いらしいけどアリアはどうしたい? 明日の朝まで王子と一緒にいるなら離れられる様に命令するけど?」
〔そうね……。お願いしても良いかしら?〕
「わかった。じゃあこれ、魔力。それと命令だ。明日の朝まで王子の警護を続けて、朝になったら俺の所に来ること」
〔承りました〕
ヴァンが命令を発するとアリアの周りを光が一周回り、消えた。
これでアリアはヴァンの命令通りに動く事になる。
寮に帰るヴァンを見送ったアリアはそのままレインの元へと向かい、いつも通りの夜間警護をこなした後、命令通りにヴァンの元へと帰った。




