3
最初にアリアにフーイが話し掛けてから半年の月日が経った。
その間にフーイは足しげくアリアの元へと足を運び、二人は共にお茶をしながら雑談をしたり買い物に出かけたりする仲になった。
親しくなるとフーイは気位は高いながらも面倒見が良く、意外にもアリアと話が合った。
人間界での事を引き摺って邪険にしていた事を申し訳なく思ったアリアが謝罪すると、彼女は自分だって悪かったのだからお互い様だし、自分は気にしていないのだから貴女も気にしなくていいと朗らかに笑いながら言った。
「気になっていたのだけれど、人間界に居た時にフーイはどうしてあそこまでレインに心酔していたの?」
ある日、二人でカフェでお茶をしながら雑談をしている時にふと思い浮かんだ事をフーイに聞いてみた。
「……ああ、うん、一言でいうとそうねぇ……とにかくレイン様にはカリスマ性があったって事かしら。国内どころか近隣諸国随一の魔力量と精霊術のセンスを持っている上に、将来有望なあの美貌の持ち主じゃない?
それに、貴方は知らなかったかもしれないけれども、権謀能力も高いのよ。高位精霊が仕える相手としてはこれ以上ないくらい素晴らしい主人としての素質の持ち主なのだから、契約を結んだ私の目に狂いは無かったって、鼻が高いなんて物じゃないわよ」
「権謀能力……」
アリアとヴァンを引き剥がす為に裏で色々とやっていた事を思い出し、何とも言えない苦い気持ちが湧きあがる。
「仕え甲斐がありすぎるのよねぇ。無茶な要求をされてもそれをやり切った時の達成感と成果をあの方に認められた満足感が物凄い多幸感を与えてくれるのよ。
難易度の高い要求であれば、それだけ私がそれをこなせるだけの能力を有しているって信頼されているって思えるもの、信頼に応えたくなっちゃうじゃない。貴女はそういうのなかったのかしら?」
フーイからの問いかけにアリアは確かにと頷く。
確かに、自分も最初にヴァンから制約により能力制限を掛けられた時、その不自由さに不満を覚えた。
しかも、その状態で任務を与えられた時には少しの怒りを覚えたが、その状態で如何に工夫して任務をこなすか、と考え練習、実践していく内に己の能力の限界を超える事にやりがいと達成感を味わうようになっていた。
仕える甲斐があったら心酔していくのは精霊の性とも言えよう。
レインは結構、我が儘なところもあったものね。
そうかつての無邪気な姿を思い出し、何故こうなってしまったのかとやるせない思いに気落ちする。
「貴女達を狙った時も、いかに貴女の主人にこちらの動きを気取られないか、いかに根回しをするかとか結構頭も力も使ったのよ?レイン様には到底能力的には劣っていたけれども、その分道具や人脈を駆使してこちらの動きを阻害、妨害したりしてくれてたしね。
それさえなければ事はもっと早く進んでいたのよ」
「そうだったの」
「それに、最後の最後での精霊具を使った阻害、あれは完全に想定外だったもの。あそこでああなるのはレイン様の予想を遥かに上回っていたし、悔しいけれど感心したわ」
「そう……」
寝る間も惜しんで作業をしていたヴァンの姿を思い出す。
いつだって自分の事は二の次でアリアの事を気にかけてくれていた。
だからアリアもヴァンの事を守りたくて身を守るための精霊具を贈ったのだ。
とても嬉しそうな表情で受け取り、いつも肌身離さず身に付けていてくれていたそれがまさかアリアとヴァンの身体を守ってくれるとは予想だにしていなかった。
「アリアデーレがいつも腕に着けているのってもしかしてあの時の精霊具かしら?ちょっと見せて頂戴な」
そう言うとアリアが反応するよりも早く精霊具ごとフーイがアリアの腕を取った。
余りの早業に直ぐには反応できなかったアリアだが、ハッと我に返ると腕を引くがしっかりと握られているため全く外れない。
「離して頂戴」
「何よ、少しぐらい良いじゃない」
「それに触るな、離せ」
鋭い声でそう言うアリアに驚いたフーイの腕が緩んだ隙にアリアは腕を抜き取った。
精霊具ごと手首を握り荒れそうになる呼吸を整える。
「……これは、私の大切な物なの。勝手に触らないで頂戴」
「え、ええ、そうよね、貴女の主人との思い出の品だものね、勝手に触ってごめんなさい」
気まずい沈黙が二人の間に落ちる。
自分の行動が原因だからとしばらく黙っていたフーイだが、沈黙に耐え切れずにそうだと両手を打った。
「あ、そうだわ!お詫びに今度、私の家に遊びに来ない?全力で歓迎するわ」
「フーイの家?」
「ええ」
そう言えばどの辺りに住んでいるとかを聞いた事が無かったなとアリアは思い至る。
よくよく考えてみれば、彼女がアリアと会う以外の時間の私生活をどう過ごしているのかも知らない。
知っている事と言えば彼女の好きな物や嫌いな物、趣味、最近あった出来事くらいだろうか。
彼女の真名に関しても聞いても「アリアが当ててみて」といたずら気に笑うだけで未だに当てる事が出来ていないため知らずにいる。
そんな彼女の私生活を垣間見る初めての機会に沈みかけていた気分が浮上した。
「少し辺鄙な場所にあるのだけれども、我ながらセンスのある素晴らしい家なのよ」
「そうなの?……うーん、それじゃあ、お邪魔しようかしら」
「本当?! 嬉しいわ!!」
フーイは今まで見た事のある中で一番の満面の笑みで嬉しそうに両手でアリアの手を取ってぶんぶんと上下に振るが、ハッと我に返り慌てて手を離した。
「ごめんなさい、さっきあんなに嫌がられたのにまた触ってしまったわ!」
「……ふふ、精霊具に触らなければ全然気にしないわ。私こそさっきはごめんなさい突然怒ったりして、気を悪くしたわよね」
「いいえ、元はと言えば私の無神経さが原因だものこちらこそ謝らなくては」
「いやいや、そんなこと」
二人で頭を下げあっているうちに何だか馬鹿らしくなりどちらからともなくクスクスと笑いだす。
さっき迄の重苦しい雰囲気は完全に霧散し、和やかな空気が戻った。
「じゃあ、早速招待したいわね!善は急げと言うし明日なんてどうかしら?」
「明日? 随分と急ね」
「それだけ嬉しいって事よ」
バチリとウインクをするフーイに訪問する事をそれだけ喜んでくれるのならアリアも悪い気はしない。
頬を緩ませながら首を縦に振る。
「フーイが迷惑でないのならそうするわ」
「迷惑なんかじゃないわよ!むしろ大歓迎!!じゃあ、明日家まで迎えに行くわね」
「ええ、そんな悪いわよ。住所さえ教えてくれたらこっちから伺うわ」
「ううん、私がそうしたいの。その、家に着くまでに途中で二人で美味しい物をお買い物して行きたいなと思ったのよ、どう?」
「いいわねそれ!楽しそう」
フーイからの提案にアリアは目を輝かせる。
ヴァンと共に人間界に居た時は香りを楽しむ事は出来ても食事をする事は出来なかったし、そもそも人間界では魔力供給が食事のかわりだった為、いつもみんなが美味しそうに食べるのを羨ましい気持ちで見ているだけだった。
その我慢した反動か、精霊界に戻ってからは色んな美味しいお店の情報を入手しては食べ歩く様になった。
人間界帰りの精霊はそうなる者が多く、食関連のお店が多く、また、長い寿命を持つ種族故に熟練の腕と技術を持ち合わせる者も多いため美味しいお店が多いのだ。
高位精霊御用達の彼女たちしか知らないお店もあると聞いた事がる。
もしかしたらそういうお店に行けるかもしれない。
「すっごく楽しみだわ!」
にこにことそう言うアリアにフーイも笑顔を返した。
「ええ、私も楽しみ」




