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「精霊、お前今日から第5王子の傍につけ」
ヴァンから第5王子が霊眼持ちだと報告された上司は何処かに行ったと思ったら戻ってから開口一番にそう言った。
『何故?』
「貴重な霊眼持ちが死ぬ様な事が無い様に見守る者が必要だ、それも霊眼持ちだと広まらない様に気を付けながらな」
「公表しないのですか?」
「色んなお偉いさんの思惑があるらしい。第五王子は八人兄妹の末っ子で王位継承権は第8位。とは言えそれを覆しても補う程霊眼は希少だ。
その目を活用されて他の兄妹たちを押し退けて王位に就かれる可能性もあるから、万一の事を考えて王子には消えて貰うか何かしら王位に就けない過失が欲しいって考える奴らも出てくるだろうとさ。
後宮は魑魅魍魎蔓延る魔境って言うし考えすぎじゃないかと思う位が丁度いいんだろうな」
『幼子を大事にしないなんてクズ』
「それもあるが希少な霊眼持ちをそんな事で消そうとか考える連中に馬鹿じゃねえのかと俺は言いたいな」
「この国に宮廷精霊術師は五人しかいませんしね。少しでも数を増やした方が国力の向上に繋がりますしね」
「そうそう、殺そうとかじゃなくて単純に継承権破棄させて宮廷精霊術師として飼い殺すとかでも良いと思うんだがなぁ。
まあ、そんな訳で陰ながら守るなら普通の人間には見えず、且つ情報を伝達出来る精霊はうってつけだろ。王以外の男は後宮には入れない決まりだしな」
『私はヴァンから一定時間以上離れられない』
「それは知っている、だからヴァンが勤務している時間だけ傍につけ」
『それに手当は出るの?』
「担当の奴に言っておく」
『今すぐその旨を書いた契約書を用意してくれるのならやる』
「……チッ、分かった分かった」
そう言って再び何処かへ行った上司は手に一枚の書類を持っていた。
「フォレスト、中身読んで不服が無ければここにサインしろ」
「はい…………こんなに頂いて良いんですか?!」
「霊眼持ちの命に比べたら安い物なんだろう、さっさとサインしろ」
「はい!……お願いします!」
「じゃあ、早速精霊に見張りをさせろ。王子を身の危険から守り、何かあったら報告する事を忘れるな」
『分かった』
「頼んだよ、アリア」
〔ヴァンの為に頑張るわね〕
ヴァンの頬に口付けを一つ落としたアリアはするりと壁をすり抜けて外へ出て、とりあえず昨日居た場所に行ってみるかと宙を浮いた。
昨日第5王子に遭遇した庭園に着いたアリアは上空から庭園を見下ろして王子を探すが、庭園には人っ子一人いなかった。
ならば室内かと壁をすり抜けて中に入って探し回ると後宮の一番奥、人の気配が殆どない部屋に王子はいた。
部屋には王子の他に一人の女が居る以外は誰も居ない。
女と王子はソファに座り、仲睦まじげに談笑していた。
王子に見つからない様にそっと死角に入ったアリアは聞き耳を立てる。
「……でね、僕の目は特別なんだって!」
「そう……でもねレイン、その事は今後誰にも言ってはいけませんよ」
「母上にも?」
「ええ、母にもです。誰かがどこかで聞いているやもしれません、いいですか?
これは貴方の為です、決して話してはいけませんよ」
「……はい」
シュンと項垂れる王子、可愛そうだが母親の言っている事は正しい。
後宮と言う魑魅魍魎渦巻く場所では争いの種になるような余計な事は言わないのが一番の身を護る方法だろう。
実際に自分と言う聞き耳を立てている存在もいる位だものねとアリアは頷く。
「さあ、そろそろ勉強の時間ですよ。母も途中まで一緒に行きます、一生懸命勉学に励んで下さい」
「……はい」
「今は兄たちにより辛い思いをしていても、いつか培った知識は必ず貴方の身を守ってくれます。自分の為に頑張りなさい」
「……はい」
申し訳なさそうに微笑んで王子の頭を撫でた母親は立ち上がって王子の手を引いて歩き出した。
他愛のない会話をしながらゆっくりと廊下を歩いていく親子を物陰から見守る。
やがて人の気配が多く存在する場所の近くにくると母親はその手を放し、王子の頭を一撫ですると去っていった。
王子は泣きそうな顔をしながらそれを見送り、やがてギュッと目を一度瞑ったかと思うと表情を無表情に変え、とある一室の中へと入って行った。
この変かしらと適当に天井近くから顔を出して中を覗き込むと、そこには学校机の様な物が二つ並んでおり、その一つの前に立っている王子の他にとても可愛らしい女の子が一人もう一つの机の傍いた。
澄んだ水の様な綺麗な色の髪と王子と同じ紫の瞳を持った少女は机の傍にある椅子にちょこんと座っていた。
可愛らしいドレスを身に纏い、背が届かないようで椅子に座った足は床に届かずに揺れている様はさながら精巧なビスクドールの様である。
要するにめっちゃ可愛い。
この世界に来てからは契約精霊としか遭遇していないが契約者のいない精霊がいたら速攻でその可愛さにやられて契約しちゃいそうなほどの可愛さである。
見えないのを良い事に近付いて頬ずりしたいが生憎と警護対象に見つかる訳にはいかない。
その内暇な時に少女の元に行ってみようかしらと考えていたアリアだったが、その思考は少女の発した声に霧散した。
「いいかげんおまえていどがこのわたくしとともにつくえをならべると言うことをおかしいとおもわないのかしら?」
「…………」
「ああ、そこまでのかんがえにいたらないあたまなのね」
「…………」
「だまってないでなんとかいったら?」
「…………」
「さすがあのおんなからうまれただけあるわね、ははおやににてほんとうにぐずね」
ピクリと俯いていた王子の肩が動いた、その様子を見た少女は楽しそうに口角を上げる。
「あら?なにかいいたいことでもあるのかしら?」
「……いえ、何も」
「もんくがあるのならいってもいいのよ?」
「……文句だなんてありません」
「そうかしら、てっきりわたくしになにかいいたいことがあるのかとおもったわ。
まぎらわしいたいどをとらないでちょうだい」
「申しわけありませんでした」
そう言って頭を下げた王子に満足そうにふふんと笑う少女の様子を見ていたアリアは戦慄した。
怖っ!後宮怖い!
あんな幼い少女が拙いな言葉で王子を罵倒していた事にアリアは驚きを隠せない。
流石ドロドロとした思念渦巻く後宮、幼い頃からこれとは英才教育の賜物だろうか。
こんな嫌な英才教育を見たのは初めてだ。
少女がこのまま成長したら一体どんな大人になってしまうのかとアリアはちょっと心配になった。
王子が頭を上げようとすると「だれがあげていいといったのかしら」と言っているあたり筋金入りである。
堂々と干渉できないアリアはせめてもと若干震えている王子を暖かい空気で包む様に囲んだ。
少女は王子の僅かな動きも許せない様で、ちょっと体が揺らいだだけでどこぞの姑ばりに嫌味を飛ばす。
その様子を見ながら先生、早く来て頂戴!とアリアは心の中で来るはずの教師に助けを求めるのだった。
しばらくしてからやってきた教師により上げさせられた王子の顔は血が登ったのか真っ赤になっていた。
その顔に今度は温かい空気ではなく涼しい風を送る。
「では、授業を始めます」
そう言った教師の言葉にアリアは首を傾げた。
少女は席に着いているが王子は未だ立ったままである。
それどころか見る限り近くに少女が座っている様な椅子は無く、あるのは教師が座る様の椅子のみである。
まさかとは思うけれどずっと立ったまま授業を受けるのかしら、そんなアリアの予想は当たっていた。
結局お昼の鐘が鳴るまで続いた授業の間、ずっと王子は直立していた。
授業の途中、他の様子を見る為にその場を離れる事はあったが戻っても王子は離れる前と寸分たがわず同じ姿勢を取っていた。
その間に挟まれた休憩時間では少女が現れた侍女によって優雅にティータイムを楽しむ間もずっと立ち尽くしていた。
教師が何も指摘しない事からそれが日常的な光景なのだと窺える。
お昼の鐘が鳴り、昼食を摂る為にと王子は母と住んでいる後宮の最奥の部屋へと戻る。
王族の食事が一体どういうものなのか興味があったアリアは少しわくわくしながら食事が運ばれて来るのを待ったが運ばれてきた物は具の殆ど入っていないスープと野菜の切れ端でできたサラダ、硬くて黒いパンだった。
何よこの食事!これじゃあヴァンのご飯の方がまだ美味しそうじゃない!とアリアは驚愕した。
パンは硬くて嚙み切れない様でスープに浸してふやかしてから食べている。
サラダに関しては何の味付けもされていないただの生野菜だ。
この国は王族の食費を削るほど窮困しているのかと思ったアリアは後宮の他の住人の所へと顔を出してみる。
そこには当初アリアが想像していたとおり、豪奢な食事風景が展開されていた。
様々な具が入った具だくさんなスープに白く柔らかそうなパン、分厚く大きなお肉料理に瑞々しい新鮮な野菜を使われたサラダには数種類のドレッシングが用意されている上にデザートに珍しい果物もある。
まさに天と地ほどの差だった。
何がどうしてああなった。
再び戻って来た部屋での二人の食事風景にアリアは目頭が熱くなった。
午後から再びあの授業風景が再開され、その間にアリアは一旦ヴァンの元に返る事にした。
自分の感じた感情を誰かと分かち合いたい気分でいっぱいだった。
〔ヴァン!!〕
「え?! うおっ!!」
勢いよく抱き着いてきたアリアの衝撃で椅子ごとひっくり返ったヴァンはなんだなんだと視線を送ってくるラノンに気にしないで下さいと手を振る。
そして自分の肩口でにぐりぐりと顔を埋めているアリアの頭を撫で、何があったのかと質問するとアリアによる怒涛の語りが始まった。
アリアの語りが始まり、終わるまで約15分。
その間に床に倒れていた体制から床に座り直したヴァンはアリアの話に眉を顰めた。
「それは……酷いな」
〔そうでしょう!幼い子供にする事じゃないわよね!!〕
「何が酷いんだフォレスト」
静観していた上司に報告を求められたヴァンがアリアから聞いた王子の現状を掻い摘んで報告すると上司の眉間の皺が見る見る深くなっていく。
そして話を聞き終えると深くため息を吐いた。
「末席とは言え王族に対する扱いとは思えんな」
〔そう! しかも母親に対する周囲の扱いも酷かったのよ〕
王子の授業を抜け出して母親の様子を見に行くと彼女への対応も酷い物だった。
まず、掃除道具を持った侍女が入って来たかと思えば
「道具は置いとくから後は勝手にやっといて」
「あの……」
「ああ、塵一つ無い様にしといてね、あったらやり直しだから」
「いえ、その」
「じゃ、終わったら呼びに来て頂戴」
何かを言おうとする母親を無視してよろしくーと後ろ手に手を振り部屋を去っていく侍女。
残された母親は暗い表情でため息を吐くと簡素なドレスに着替え、床に置かれたバケツを手に外へ出て行った。
どこにいくのかと後を追いかけていくと行先は古い井戸。
後宮には触って魔力を流すだけで水が出てくる魔術具があるはずなのに彼女はわざわざそこからバケツに水を汲み、えっちらおっちらと結構ある部屋までの距離を運んでいく。
汚れても良い様なドレスを用意していた事と井戸までの迷いのない足取り、一度も水が満載になった重いバケツを下す事無く部屋へと運びきった後宮住まいとは思えない筋力からこれも王子の授業と同様によくある事なのだとアリアは理解した。
ならば先ほどの侍女はどこで何をしているのかと探してみると自分の部屋でベッドに寝転びおやつ片手に大衆雑誌を読みふけっていた。
使用人としてあるまじき行動である。
これでよく恥じらいも無く給料を貰えるなとアリアはその面の皮の厚さに感心した。
ここにいても気分が悪くなるだけだとその場を後にしようとした時、部屋に他の侍女が入って来た。
ベッドの上でゴロゴロしている侍女を見て眉を顰める様子にどうやらまともな人間も居るようだとアリアは胸を撫で下ろした。
「あんた今日第5妃の世話だっけ?」
「そうよ~」
「いいなぁー、食事はがめれるし掃除も押し付けられるし世話する必要性ないし楽よねぇ」
「あんた一昨日担当だったじゃない、しかも宝石箱から一個失敬したって言ってたじゃん」
「出来る事なら毎日世話係やりたい位よ」
「世話係は人気だからローテーション決まってるでしょうが」
「まあ、あんな楽な仕事固定されてたら争奪戦が起こるわよね」
「そうね」
そう言って笑う二人の侍女の姿を見てアリアは思った。
ここにはクズしかいないのかしら、と。
ヴァンが話したアリアの回想に上司の眉間の皺がますます深くなっていく。
これはもう紙位なら挟めそうねとアリアは上司の体を通り抜ける指でつんつんと眉間を突っつく。
「主人に対する仕事の放棄、使用人による宝飾品の窃盗、しかもその様子だと一人だけではなく複数の人数がやっている可能性は高そうだな。
それに盗まれたのが宝飾品だけではない可能性も高いか……。
治外法権とは言えそこまで腐っているとは……これは本格的に調べた方が良さそうだな」
考えすぎて後頭部禿げてないのかしらとアリアに後ろから頭部を覗かれているのを知らず口に手を当て、ブツブツと呟いていた上司は考えが纏まったのかよし、と頷き口を開いた。
「引き続き王子の護衛をしながら後宮内の様子を探れ」
「すみません、アリアこっちじゃなくて反対方向にいます」
「それをさっさと言わんか」
ヴァンが示したアリアの現在位置に向き直り上司は指示を出す。
「引き続き王子の護衛をしながら後宮の様子を探れ、他に後宮に本来いるはずの無い王以外の男の姿や不自然な動きをしている者が居た場合はその動向を探り、速やかにその内容を報告しろ」
〔まあ、間諜みたいでカッコいいわね!〕
「引き受けるそうです」
「そうか、では早速任務に掛かれ」
〔その前に食事したいわ〕
「一度魔力の供給を行ってから行かせます」
「そうか、頼んだぞ」
「はい。アリア、おいで」
アリアは差し出されたヴァンの手を取り、一緒に近くの物置へと向かう。
扉が閉まり、薄暗くなった空間でヴァンはアリアを抱き締めた。
自分の体を包む温もりとそこから伝わってくる甘美な波動にうっとりとするが10秒ほど抱き締められただけで直ぐに開放された。
〔ヴァン、もっとぎゅっとして頂戴〕
「アホか、何の為にこの方法にしたと思ってんだ。さっさと行け」
むうと頬を膨らませたが頬を染め、顔を背けたヴァンの様子が可愛かったのでまあいいかとその頬に口付けを一つ落としてアリアは再び後宮へと向かう。
魔力の供給とは精霊にとって人間で言う食事の様な物だ。
契約者の居ないフリーの精霊ならば存在するだけで世界から供給されるが契約者ができると何故かそれができなくなってしまう。
その為、契約者のいる精霊はその契約した者から魔力の供給を得る必要性がある。
人間は飢えれば死ぬ、精霊もそれと同じく魔力の供給が無くなれば飢えて死んでしまう。
とは言ってもこの世界での死はただ元の世界に強制送還されるだけなので精霊にとってはただの帰還方法の一つと言う認識でしかないのだが。
それでも飢餓の苦しみは感じるので余程の事が無い限りあえて自分から餓死する物好きは居ない。
供給方法も身体の接触による方法、魔力を手でおにぎりの様に握って渡す方法、魔力を込めた魔法具での方法等様々な方法があり、その中でも身体の接触、特に粘膜による供給方法は一番魔力の供給速度が速い事で知られており、主に早急な魔力供給が必要な時に用いられている。
普段ヴァンはアリアによる頬への口付けにさえ赤くなるので身体の接触による供給は行われないのだが今回は王子の護衛と言う任務の為にこの方法を取った。
めったにないヴァンの抱擁により後宮の闇を覗き見てげっそりしていたアリアの気分は向上し、また午後からも頑張ろうと思えた。
のだが、折角ヴァンに上げて貰った気分も現在進行形で急降下している。
原因は目の前で繰り広げられている光景だ。
「おらおら、どうした? ちょっとは反撃しろよ!」
「兄様に手も足もでないってか」
「あははははは」
あの異様な授業が終わったと思ったのも束の間、どこからともなく現れた昨日の3人に後宮から連れ出され王子は鍛錬場の様な場所に連れていかれた。
三人が持っていた木剣の内1本が王子に手渡され、鍛錬と言う名の暴行が始まる。
木剣を手に王子と向かい合う王子の兄は自分よりも一回りは小さい王子のその身を何の手加減も無く手にしている笑いながら何度も木剣をふるう。
王子もなんとか自分の持っている木剣で防御しようとするが力に大きな差があり、構えている木剣はことごとく弾かれ、その隙に何度も剣先で脇腹等を強く突かれる。
3人の中で一番体が大きい少年が満足したように木剣を下ろし、そこで終了かと思われたが今度はその木剣は2番目に体が大きい少年に渡り既にボロボロな王子に同じ暴行が加えられていく。
まだ2人目が始まったばかりだがこの調子だともう1人も同じように参戦するのだろう。
誰か止める者はいないのかと周囲を見渡したアリアの目に王子たちがいる鍛錬場に近付く者が見えた。
ナイスタイミング!と心の中で喝采を上げるアリア。
衣服の上からでも分かる程身体が引き締まり、見るからに武人と言った感じの中年の男は鍛錬場の様子に眉を顰め、ずかずかと王子たちの傍へと近付いていく。
そして
「何をしている」
男の問い掛けに3人はしまったという顔を浮かべる。
そうよ、その調子よと男にアリアは心の中でエールを送る。
一番体の大きい兄が答えた。
「剣の鍛錬をしておりました」
「そうか……ならば聞こう、お前たちは一体今日の授業の何を聞いていたんだ?」
授業とは一体何かしら?道徳とかかしらと悠長に考えていたアリアの思考は男の次の言葉にすっ飛んだ。
「攻撃の姿勢がなっとらぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
そこかよ!
思わず身を隠していた屋根に頭を打ち付ける様な動作をしてしまうアリア。
当然、その頭は屋根をすり抜けた。
「相手の剣を弾いて攻撃をする所までは良い、だがその先がなっとらん!!
いいか? 剣で相手を突く時はこの様に肘を伸ばしきるのではなく少し肘を曲げて余裕を持って突け!一度やってみろ!」
「はい!」
一番体の大きい少年が言われた通りの動作で素振りをする。
それを何回か見て修正を加えた男は王子を少年の前に連れてきた。
「では、以上の点を踏まえてもう一度!」
「はい!」
止めるのではなく攻撃の方法を指摘した男にアリアは腸が煮えくり返る様な気持ちになった。
王子は少年による第1撃目を何とか防いだが2撃目で木剣を弾かれてしまう。
その隙を少年は今までで一番の威力で突いた。
あまり目立つのは避けたかったがアリアは咄嗟に少年の木剣を風が取り巻く様にし、木剣に局地的な向かい風が生じるようにした。
それと同時に木剣が当たる直前にアリアに出来る最大の強風を王子に吹き付け、風圧で後ろに下がらせる。
その結果、なんとか王子に木剣を回避させる事に成功した。
「避けるな!貴様が避けては鍛錬にならんだろうが!」
男が王子に叱咤の声を上げた。
〔本当、ここにはクズしかいないのかしら〕
アリアは不愉快な気持ちでそう吐き捨て、風を操作するとパタパタと足音が鍛錬場に近付いてくる。
それと同時に白い小さな布が男の頭にパサリと落ちた。
「ん?なんだこっ……!」
頭に落ちた布を手に取りしげしげと見つめた男は硬直した。
それは所々にフリルやレースがちりばめられた白く小さい布、所謂女性用の下着だった。
男が下着を手に立ち尽くしているとパタパタと足音が駆け寄り、侍女が現れた。
その侍女は王子たちがいるのに気が付いて慌てて礼をしようとした時に男の手にある物に気が付き、ピシリッと固まる。
その様子に男は下着が女の物だと気付いた様で物凄く気まずそうな表情を浮かべた。
ちなみに王子を除く子供たちはどうなるんだと言ったまさに輝かんばかりの表情で二人の様子を見ており、王子は木剣で執拗に突かれていた脇腹を押さえ、俯いている。
アリアは隠れていた屋根から王子の傍へと降り立つ。
本来ならば姿を見せてはいけないのだが今は緊急事態だ。
しゃがみこんで下から顔を覗くと目をきつく瞑り、かなりの量の脂汗を掻いているのが分かった。
これはもしかしたら骨が折れているかもしれないと考えたアリアはまずは王子をこの場から逃がすことにした。
幸い、今この場にいる人間の目はパンツを片手に繰り広げられている男と女の寸劇に釘づけだ。
そっと暖気を含んだ風を王子の顔に吹き付けると王子はゆっくりと顔を上げた。
アリアを見て目を見開く王子にアリアは唇に指を当てて静かにと合図する。
アリアは契約者であるヴァン以外の人や物には触れる事が出来ないので王子に手招きをし、ゆっくりと物陰へと誘導して座らせるとそこで待つ様にと草で言い含めると汗を掻き震える王子の体を暖気を含んだ風で包みヴァンの元へと急いで向かう。
その様子を見ていた王子はアリアの姿が見えなくなると我慢の限界が来たのかゆっくりとその身を地面に倒し、目を閉じた。




