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レインがアバに師事する様になってから三年の月日が経過した。
レインはまるで乾いた布の様に精霊術に関する知識を吸収していき、その吸収率はアバも感心するほどであった。
その間にもノーアから受けた忠告はアリアの胸中に深く刻まれていたが、警戒に反してあれからレインが不審な行動を起こす事は無く、最近ではあれはレインに対する警告では無かったのではないかと考え始めている。
最もそれをヴァンに伝えた所、危機管理能力ガタガタかとお説教されたのだが。
今日は精霊と契約を行う為に王宮から出て王国内にある精霊の森と呼ばれている場所に来ている。
神聖な場所なので許可を貰わないと入る事ができないように普段から精霊術で守られているこの森は足を踏み入れるだけで体の内から浄化される様な厳かな空気で満たされている。
普段、精霊はこの森の中で過ごすかこの世界の外にあると言われている精霊界で生活している。
別段、精霊がこの森に居なければならない決まりがある訳ではなくただ単にこの森が精霊にとって居心地のいい場所と言うだけなので森から出て外を放浪する精霊も存在する。
そんな精霊と契約を交わす事で、霊眼を持たないながらもヴァンの様に契約相手の精霊限定で見る事が出来る様になった者が五人いる宮廷精霊術師の内の三人だ。
因みにアバはレインと同じく霊眼の持ち主である。
〔やっとレインが精霊と契約できるのね〕
「ああ、長かったな」
王宮から離れる事になるので今日はヴァンも一緒に来ている。
落ち着いたとは言え万に一つの事もあるので当初は外敵に警戒していたが、時折アリアの見ていない所でレインとヴァンが火花を散らしたりする以外は何事も無く平穏に着くことができた。
精霊と契約するには精霊を召喚して契約を結ぶ方法と実際に合って契約を結ぶ方法の2種類がある。
召喚する契約方法は本人の資質よりも運に左右される事が大きく、それよりも実際に合って契約する方が確実だと推奨されている。
レインも例に漏れず実際に合って契約する方法を取る事となり、本来なら講義の始まった初期にレインは精霊と契約を交わす為に此処に訪れるはずだったのだが、カルロッタ姫の一件で兄妹間での王位継承権を巡っての後宮内バトルロワイアルが発生した。
継承権が最下位であるレインも例外ではなくむしろ、霊眼持ち故に王座を脅かす存在だと認識されて狙われていたために警備の観点から断念せざるを得なかった。
護衛を増やす為に精霊と契約を行うのが一番なのだがその為に命懸けで外出した先でものなんらかの要因で死んでしまっては本末転倒と言う物。
講義の為の日の数時間なら可能だが、国に五人しかいない精霊術師のアバを長期間護衛の為に拘束しておく事も業務上難しく、やむを得ず情勢が落ち着くまでこれまで通りにアリアが陰ながらの護衛を務める事となった。
全ての始まりは王位継承権第四位だった次男ルイスがカルロッタが居なくなった事で第三位に繰り上がった事だった。
彼の母である側室のリニカ側妃が息子の上の二人さえ排除してしまえば己の息子が王座に就く事が可能であり、自身は国母として君臨できる等と分不相応な未来を夢想した。
そう、夢見てしまったのだ。
こうして始まった後宮内で行われる血を血で洗うような地獄絵図の様な日々は継承権第一位である長兄スティーブンと第二位に繰り上がった次女アニータが結託した事により終幕を迎える。
リニカ側妃派には四男ケレイブと三女ステラがいたが、まだ幼い兄妹を哀れに思ったのか継承権放棄と引き換えにケレイブとステラは処刑を免れる事となった。
だが、ルイス含めリニカ側妃の親類及び関与した者は軒並み処刑と相成った。
ただひたすらに勉学と己の身を守る事に邁進し、これらに一切関与していなかったレインは棚ぼた敵に継承権第四位と最初の八位から大きく躍進する事となる。
「レイン様はどのような精霊と契約を結びたいと考えておるのですかな?」
「……精霊は僕と契約してくれるでしょうか?」
「まあ、確かに精霊の森だからと言って必ずしも契約を結べるとは限りませんからのう。儂も無契約で帰る事がままあります。じゃが、レイン様なら大丈夫じゃろうて」
「どうしてですか?」
『精霊達は総じて子供を好いている者が多い』『直ぐにあちらから近寄って来るだろう』
「なるほど、そうなんですね。
じゃあ、僕は契約維持できる精霊の数が精霊術師としての格を現すと教わりましたので、アバ様と同じ様に時の精霊とまではいかずとも最低限五大元素の精霊達と契約したいです。
あ、でもできれば最初はアリアと同じ風の精霊と契約を結びたいです!」
「やはりそうですか。本当にレイン様はアリア殿が好きですのう。
レイン様の魔力量でしたら五体の精霊を養う事は容易いでしょうがまずは最初故に一体か二体と契約を結ぶようになさいませ」
「わかりました」
「では、レイン様の望みが叶う様にまずは風の精霊が良く集まっている場所へ行くとしましょうか」
「ありがとうございます!」
アバやノーアと話しながら森の中を進んで行く様子に離れても大丈夫そうだと判断したアリアは周囲を興味深そうに見渡しながら歩くヴァンの傍へと移動する。
〔楽しそうね、ヴァン〕
「ああ、俺は森に入らずにアリアと契約を交わしたからここに入るのは初めてなんだ。
宮廷精霊術師なら契約精霊を増やすために来るらしいけど俺は違うからなぁ」
〔……ヴァンは他の精霊とも契約したいの?〕
「ばーか、アリア以外と契約する気はないって前にも言っただろうが」
〔ヴァン……!〕
「それにこんなに手のかかる奴が他にも増えたら大変だしな」
〔ヴァン……〕
頬を膨らませるアリアにヴァンが笑い声を上げる。
こうして穏やかに進んだ一行はアバの案内により風の精霊が良く好んで集まっている渓谷へと向かい、数体どころか数十体の精霊が集まってきた時にはどうなる事かと思われたが精霊達による能力の競い合いのより頂点に君臨したシルフと契約する事となった。
レインは彼女にフーイと名付けた。
フーイはアリアと同じく水色に近い薄緑色の髪、薄いヴェールを幾重にも重ねたような布の服を身にまとっているがアリアがおっとり系だとしたら彼女は目鼻立ちがはっきりとした正に美女と言った風情だ。
〔初めての契約が私とである事を光栄に思って下さいまし? 私は精霊王に連なる高位精霊、そこらの精霊とは格が違いますの。精々愛想を尽かされぬよう精進なさいませ〕
ツンと気位の高さを証明するかの様な話し方をするフーイにレインが困惑した顔でアバを仰いだ。
「えっと、こう言われたのですがこの森にいる精霊って皆さんこんな感じなのですか?」
「ほっほっほ、精霊にも人と同じく個性と言う物があるのですよ。彼女がこういう性格なのであってこの森の精霊全てが同じではござらん」
「そうなんですね」
アバとコソコソと話し合うレインにフーイが眉を吊り上げる。
〔なんですの? 私に何か不満でもおありなのかしら?〕
「いいえ。ただ、そんなに凄い方が本当に僕なんかと契約を結んで貰って良かったのかなと思いまして」
〔まあ、私の主人たるもの『僕なんか』だなんて己を卑下にするのは許しませんわよ。
それに貴方のその魔力は質と量共に歴代の来訪者達の中でも随一、正に私と契約を結ぶに値する物です。誇りなさいな〕
「そうなんですね、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるレインに気が削がれたのか拍子抜けした様な顔をしたフーイはすぐさま我に返り気を取り直す。
〔コホンッ。ではレイン様、私の次にはどのような精霊と契約を結びたいですか?
私の紹介でよろしければ高位の精霊を紹介致しますが〕
「わあ、本当ですか! 是非お願いします!」
「レイン様、彼女は何と?」
「お友達の高位精霊を紹介して下さるそうです!」
「ほうほう、それは良うございましたな。高位精霊は人前にあまり姿を現さない者も多いのじゃよ。
一体でも高位精霊と契約できただけでも重畳じゃと言うのに更にとなるとこの上ない幸運ですぞ」
「まだ実感がわきませんがそんなに凄い事なんですね」
〔ええ、私に感謝なさいまし。それで、五大元素どの精霊になさいます?〕
「木の精霊と会いたいです」
〔畏まりましたわ〕
こうしてフーイの紹介により現れたのは目が冴える様に鮮やかな緑の髪を持った少年姿の精霊だった。
フーイ曰く他の精霊よりも産まれてからまだ日が浅いながらも強い力を持っており、成長すればいずれ精霊王に近い程の力を持つ事になるであろうとのこと。
そんな少年精霊とも無事に契約を結ぶ事ができ、レインは彼にリョクと名付けた。
〔よろしくねご主人!これから末永く可愛がってね!〕
「こちらこそよろしくお願いします」
〔もー、ご主人は僕のご主人なんだからそんな固い喋りじゃダメダメ! もっと友達に話す見たいに気楽に話してよ!〕
「友達、ですか……その……僕は友人というのが居た事が無くて……」
〔友達がいないなら手始めに僕と友達になろうよ!〕
後宮で生まれ育ち虐げられて生きてきたレインには家族か敵しか存在していなかった。
アリアと出会った事によりそこに味方という括りもでき、霊眼持ちだと判明してからは同年代の子供と顔を合わせる事も増えたが利用される事や裏切りを恐れ、未だ心を許し友人と呼べる存在とは出会えていない。
困った顔をするレインにアリアは助言する。
『大丈夫、契約した精霊は決して貴方を裏切る事はないわ』『話し方が分からないならいつもお母様に話す様にして話せば大丈夫よ』
「アリアがそう言うのでしたら信用します。母上に話す様に……うん、こちらこそよろしくリョク」
〔よろしくね!〕
こうして無事に二人の高位精霊兼一人の友人を手に入れたレインはようやく命の危険に脅かされる事なく大手を振って自由に行動できるようになった。
それと同時にアリアによる警護の任も解かれたが最初の一週間は引き継ぎのためにアリアもフーイとリョクと共に警護に回る事となり、また、会えなくなるのは嫌だとレインが泣きながらアリアに縋りついたため、一週間に一度はレインと会う約束をする事となる。
契約している訳ではない相手と一週間に一度とはかなりの頻度だが、当初は二日に一度だったのだから我ながらあの潤んだ瞳相手によく対抗できた物だとアリアは自分を誇らしく思った。
最も、その事を伝えられたヴァンは大きなため息を落としたのだが。
レイン十一歳の時の事だった。




