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ヤンデレ王子と風の精霊  作者: 東稔 雨紗霧
1st監禁

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1

 ふっと意識が浮上した。

 ゆるゆると閉じていた目を開くと心地いい木漏れ日が目を刺した。

そこにいると自然と心が穏やかになる様な、なんとも雰囲気の良い森の中に私は立っていた。


 〔何故、自分はここにいるのだろう〕


 自分がここにいた理由もここにいる前に何をしていたのかも思いだせず、酷くぼんやりとした思考で辺りを見回していた。

 はっきりせず霞掛かる意識の中、どこからか幼い、子供の声が聞こえた。


 〔このままここにいても仕方が無いな〕


 ふわふわと覚束ない足取りでその声の先へと赴くと、そこには小さな子供が木の傍で座り込み泣いていた。

 同じ高さになるようにそのすぐ目の前にしゃがむと、私の気配を感じたのか目を覆っていた手を外す。

 潤んだ瞳と目が合う。

 その瞳の、綺麗な榛色はしばみいろに目を奪われたのは今でも鮮明に覚えている。



❉❉❉



 ヴァン・フォレストは急いでいた。

 ヴァンは今年から入ったばかりの文官で、今は下っ端の仕事である終わった書類を他の部署へと渡しに行くと言う重大な任務をこなしていた。

 その両手には辛うじて前が見えている高さまで積まれた書類の山が乗っている。

 今、ヴァンが通っている通路は他の部署へと続く道で、屋外だ。

 この状態で強風に吹かれたらひとたまりもない。

 丁度風が止んでいる今、迅速に通路を渡り切る必要性があった。


 「止まれ、ヴァン・フォレスト」


 そんな急いでいる中、威張りくさった声がヴァンを止めた。

呼び止められたヴァンは手元の書類の山に目を落として面倒臭そうに顔を歪め、相手にバレない程度に軽くため息を吐いてから後ろへと向き直った。


 「……こんにちは、バド男爵」

 「ふんっ、平民程度が貴族であるこの僕の前を歩こうだなんていい度胸をしているな。父上に言ってここで働けなくしてやろうか」

 「……申しわけございません、どうかご容赦ください」


 そう言って頭を下げるが、バド男爵はふんっと鼻を鳴らした。


 「なんだその浅い礼は、平民の癖に僕には頭を下げたくないと言っているのか」

 「……いいえ、滅相も無い。私としてももっと頭を深く下げたいのは山々なのですが、これ以上下げると書類を落としてしまう可能性があり」

 「貴様の持っている書類よりも僕の方が重要だ。書類がどうなろうが知らん、さっさと頭を下げろ」


 そう言われたヴァンが今よりも頭を深く下げるとそれに満足したのかバド男爵は一度鼻を鳴らし、づかづかとその場を去っていった。

 無理な体制を取ったせいで書類の山が崩れ、通路に散らばってしまう。

 屋外にある通路なので結構な数の書類が風に飛ばされ青い空へと飛んで行く。

 あわやそのまま何処かへと行ってしまうかと思われたが、飛ばされていた書類が一斉に動きを止め、ヴァンの元へと集まり出した。

 宙を舞っていた物だけではなく床に散らばっていた物も集まり、それらはやがて元の様な書類の山になってヴァンの腕へと戻った。


 「ありがとう、アリア」


 そう言って微笑んだヴァンの隣にふわりと一人の女が現れた。

 宙にふよふよと浮かぶ女は顔を顰める。


 〔どういたしまして。ちゃんと元通り部署ごとに分けてあるから安心して頂戴〕

 「助かるよ、ありがとう」

 〔ヴァンの為ならいくらでもやってあげるわよ。

 それにしても腹が立つわね、あいつ。

 男爵な上に仕事もできないくって職場で相手にされないからって平民出身のヴァンにしか威張れないのよ、哀れよね〕

 「そんなこと言っちゃダメだよ、アリア」

 〔だって会う度にあんな態度取られてたらイラつくじゃない。

 さっきだってわざわざ嫌味言う為に後ろから小走りで追いかけて来たのよ?

 嫌がらせに精を出すんじゃなくて仕事に精を出しなさいって話よね〕

 「そうだとしてもダメ、一応貴族なんだから敬わないと」

 〔むぅ〕


 言う事はわかるけれどそれと納得するのとでは話が違うとアリアは頬を膨らませた。

 それを見たヴァンは微笑み、その頬を指先で軽く押して空気を出す。


 「それに、アリアがこうやって怒ってくれるから俺は平気だよ」

 〔ヴァンがそう言うのなら……〕

 「ありがとう。じゃあ、行こうか」


 渋々といった感じで頷いたアリアの頭を一撫でし、手にしている書類を配るべくヴァンは歩きだした。 


 「遅いぞ、フォレスト。一体どこほっつき歩いてた」

 「すみません」

 「次はこれだ、それと前に頼んだ案件だが」

 「はい、そちらはここに纏めてあります」

 「……うん、問題ないな。判を押しておくから後からこれを総務の方へ持って行ってくれ」

 「了解しました」


 上司に渡された書類を手に自分の机へ戻るヴァン。

 その机には処理しなければならない書類が山となって鎮座していた。

 それをみたヴァンは一番上の書類を手に取り、後ろの机に座る人物へと話しかける。


 「ラノン先輩、これって」

 「おー、ヴァン君の新しいお仕事。比較的軽めの奴だから大丈夫大丈夫ってことで今日中によろしくー」

 「いや、あの」

 「よろしくー」


 明らかに就業時間に終わるとは思えない量に頬を引き攣らせるが後は我関せずといった感じで背を向けたラノンにヴァンはがくりと肩を落とし、自分の机に向き直る。

 そこにはさっきまでの塔ではなく、いくつかに分けられた山が存在していた。


 〔こっちのはこの間の大雨の被害に関する事、その隣は最近魔獣がよく出没する街道での被害に関する事、そんでもってこっちは高位貴族が起こしたセクハラ事件に関する件〕

 「ありがとう、アリア」

 「なんだ、精霊そこにいるのか? だったら丁度いい、ちょっと床に埃が溜まっているから掃除させてくれ」

 

 上司の言葉に眉を顰めたアリアは風で埃を集め、無言で上司の頭にその埃を浴びせた。

 口に入った埃を慌てて噴き出し、頭を振るう上司にアリアは埃で作った文字を見せる。


 『私はお前の小間使いじゃない』

 「フォレスト、精霊の躾がなっていないぞ」

 『私とヴァンは主従関係ではない、躾は不可』

 「じゃあ教育、人様に対する礼儀がなっていない」

 『私だって敬うべき相手にはちゃんとしている』

 「ほう、俺は敬うべき人間じゃないってか?」

 『そうなる』

 「俺はお前のご主人様の上司だぞ?」

 『すぐ職場の役職を出すのは器が小さい証拠』

 「使える物は使おうと言う考えだ、器の大きさは関係ない」

 『他人の精霊を顎で使おうとするのは常識知らず』

 「ふん、上司が部下の物を使うのは当然の権利だ」

 『宮廷精霊術師にも同じ事を言ってみろ』

 「…………」


 アリアの文字に黙りこくった上司にラノンが笑った。


 「あっはははは、部長これで2勝10敗っすよ? 本当口喧嘩弱いっすねぇ」

 「五月蠅い、勝手に負けにするな」

 「言い返せなくなったらそこで試合終了だと俺は思うっす」

 「別に勝負していない、それと、後ろの机見てみろ」

 「えー? なんっすか?」


 にやにやしながら振り返ったラノンの机の上には書類の山が築かれていた。


 「えっと、これはなんっすかね?」

 『隣国との国境近くの領地での軍事強化に関する事と』『その軍事の中で最近あった汚職の事』『ヴァンは優秀だから他人の仕事は肩代わりできる』『けど、これまでやっていたら定時を過ぎるから不可』

 「……ラノン、それは貴様にふった案件のハズだが?」

 「いやぁ、あっはははは」

 「……ほう、そうかそうか、貴様はそんなに仕事を増やして欲しかったのか。良かったなフォレスト、今日はもう帰って良いぞ。そこにいる優しい先輩がお前の分まで全て片付けてくれるそうだ」

 「えっ!いや、ちょっ、それはっ」

 「お疲れ」

 「えっと……お疲れ様でした。それでは、失礼します」

 「ヴァン君!!君は先輩を見捨てないよね!?」

 「黙れラノン、フォレストはさっさと帰れ」


 しっしっと犬を追い払う様に手を振る上司にペコリと頭を下げ、悲痛な先輩の声を背後にヴァンは仕事場のドアを閉めた。


 〔運が良かったわね!〕

 「そうだな、着替えてくるから少し待っててくれ」

 〔ええ、分かったわ〕


 官服から私服へと着替えるべくヴァンは更衣室へと向かう、その間アリアはその辺りを散策する事にした。

 いつもヴァンが行き来している各部署近くではなく、偶には別の所に行ってみようかな、なんて考えていたアリアの耳に、微かに子猫の泣き声の様な物が聞こえた。

 何処からか迷い込んだのだろうかと首を傾げたが、よくよくその声に耳を傾けたアリアはハッとし、その声の方向へと向かっていく。

 壁をすり抜け、屋根を飛び越え、着いた先は大きな池のある庭園だった。

 そこには四人の子供が居た。

 一人とても小さな子供がしゃがんでおり、その一人を三人が囲んで殴る蹴るの暴行を加えている。

 その様子にアリアは眉を顰めた。

 風の精霊であるアリアはヴァンと言う契約主がいるのでヴァンの許しが無いと使用できる能力に制限が掛かる。

 その制限の最たるものが攻撃系統の物であり、貴族への仕返しにアリアがカツラを飛ばしたりする事が無い様にと誓約により通常よりも強い制限が掛けられている。

 出来る事なら三人を吹き飛ばしたかったアリアだが、それが出来ないので別の手段に出る事にした。

 三人の周りを風が取り囲む。

 それに違和感を抱かないで暴行を続ける三人は一斉に目を押さえて蹲った。


 「いった、目にゴミが」

 「くそっ、風のせいか」

 「お前のせいで目にゴミが入ったじゃないか!」


 そう言って蹲っている一人を涙目で睨み付ける三人の目にダメ押しとばかりに再びアリアは砂を風に舞わせた。

 それが目に再び入った三人はこんなところにいられないと一人を放置して屋内へと入っていく。

 それを見届けたアリアはふわりと未だ蹲っている子供の傍へと近寄った。

 震えている子供を包む様に暖気を含んだ風を起こしていると恐る恐ると言った風に子供が顔を上げた。


 精霊は契約者と特別な目を持った人にしか見えない。

 霊眼と呼ばれるその特別な目を持った人は万人に一人と言われる程希少であり、その目を持った人間の多くは宮廷精霊術師として国に召し抱えられる。

 精霊により常人では不可能な様々な奇跡を容易く行使する精霊術師の多さが国力を表すとも言われている位だ。

 霊眼は血による継承がされる事は無い。

 だが例え霊眼が無くとも先代が霊眼の持ち主で、その死後契約していた精霊がその先代の子と契約をする事がある。

 霊眼を持っていなくても精霊と契約できれば自分と契約した精霊だけを見る事ができる様になる。

 当然、貴族たちはそんな幸運を得る為に精霊術師たちを自分の血縁へと欲しがった。

 親族に霊眼がいなくても精霊の気まぐれで契約が結ばれる事もあるが、そんな事はごく稀であった。

 ヴァンはそんなごく稀な精霊の気まぐれで契約した事によりアリアだけが見える様になった者だ。

 当然、宮廷精霊術師としての話があったが霊眼を持っていないヴァンはそれを蹴り、官吏としての道を選んだ。

 周りはそんなヴァンを変わり者と扱い、尚且つ平民出身である出生をここぞとばかりに馬鹿にした。

 とは言うものの、そんな事をするのは国から厳重に保護されている宮廷精霊術師にはめったな事はできないが、宮廷精霊術師ではないヴァンにならでき、優越感を味わえる等と安直な考えを持った者だけであったが。


 そして、例え霊眼を持っていても契約していない限り精霊の声は契約者にしか聞こえない。

 その為、アリアはヴァン以外の人間と話をする時は何かを浮かせて空中に文字を書く様にしていた。

 この時も子供に見える様にと草を操って文字を綴ろうとしたが、文字を綴る前に子供はアリアを見て目を見開いた。


 「あなたは、誰、ですか?」


 まさか相手が霊眼持ちだとは思ってもみなかったアリアは驚きつつも草を空へ浮かばせ文字を綴る。


 『あなた、わたしがみえるの?』

 「? はい、見えます」

 『それはすばらしいわね!』

 「? 何が素晴らしいのですか?」

 『わたしがみえること。だってわたしはせいれいだもの』

 「せいれい?」

 『もしかして、しらないの?』

 「……すみません、せいれいと言うのは官職の事ですか?」

 『ちがう、せいれいというのはこことはべつのせかいにそんざいするものたちのこと』

 「別の世界?」

 『そう、せいれいはふつうのひとにはみえないそんざい』

 「? 何故僕には見えるのですか?」

 『あなたのめはとくべつ。そのめをだいじにしなさい』

 「特別……」


 自分の瞼を片手でそっと押さえた子供は特別という言葉を噛みしめる様に呟いた。

 その様子を見ていたアリアの耳にヴァンが自分を探す声が聞こえた。

 思ったよりも長居し過ぎたらしい。

 アリアは草を操る。


 『じぶんのみをまもりたいのなら、だれかせいれいとけいやくするといい』

 「……けいやく、ですか?」

 『そう、それじゃあさようなら』

 「あ、待って」


 子供が咄嗟に伸ばした手はアリアの体を通り抜けた。

 それに目を見開き、硬直したのを尻目にアリアはヴァンの元へと舞い戻る。


 〔お待たせ〕

 「いや、そんなに待ってない。じゃあ帰ろうか」

 〔ええ! あ、そうだわ、霊眼を持った子供にあったわよ〕


 ふよふよとヴァンの横を浮くアリアが何気ない様に言った言葉にヴァンは首を傾げた。


 「子供?」

 〔そう、子供。なんかその子の他にも三人いて虐められていたのよね〕

 「三人……虐め……なあ、その虐められていた子供の見た目は?」

 〔え? うーんと、色が薄めの金髪と紫の目をしていたわよ〕

 「薄い金と紫だったら多分それは第五王子だな」

 〔第五王子?〕

 「ああ、確か八人兄妹の末っ子でこの国は王位を継ぐのに男女は関係なかった筈だから王位継承権は第八位だったはず」

 〔じゃあ、苛めていたのはその兄?〕

 「恐らくな、母親のアグネーゼ妃は男爵の娘で側室たちの中で一番下の爵位、しかも落ちぶれてほぼ平民並だったみたいだから側室はおろか使用人たちにも下に見られているとか言う噂がある」

 〔中々、後宮はドロドロしているみたいね〕

 「いつの時代も後宮なんてそんなもんだろ」


 ふっと鼻で笑ったヴァンは表情を真剣な物に返る。


 「それにしても、蔑まれている王子に霊眼か……荒れなきゃいいけどな」

 〔今は何も無いにせよいつかは争いの種になりそうよね〕

 「そうだな、あー、これ上司に報告しなきゃいけないよなぁ」



 面倒な事になりそうだとため息を吐いたヴァンの頭をアリアは慰める様に撫でた。

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