第9章 影のズレ、少女の躓き ―― 三件目の事件と麗の暴走
◆1 美音、決意の影武者始動
夜の病室。
美音はひとり、そっとベッドから立ち上がった。
窓の外から吹き込む冷たい風が、
入院着の裾を揺らす。
(……兄さんの罪じゃない。
全部……私が隠す。)
深呼吸して、棚に隠していた袋を開く。
中には――
白い仮面。
簡易のピエロ衣装。
影喰いのピエロよりも簡素で
手作り感すら漂う。
(本物と見分けつけられないほどじゃないけど……
影の中なら、気づかれない……)
美音は仮面に触れながら震えた。
恐怖ではなく覚悟で。
「兄さん……待ってて。
私が……全部、隠すから。」
病院の屋上扉へ向かい、夜の外へ消えていった。
これが――影武者の最初の一歩だった。
◆2 三件目の事件 ―― “罪”が散る
同じ夜。
東京・下町の古い商店街で、
ピエロの靴音が静かに響いた。
ここにいるのは――本物、朔弥。
(影は……濃い。
この男の“罪”は深い……)
朔弥は被害者の背後に立ち、
白い手袋でそっと肩に触れた。
「ひ……ッ!? だ、誰……!?」
被害者は元市議。
裏金疑惑で逃げ続けている男。
その瞬間――
影の粒が爆ぜるように宙へ散った。
「ぎゃあああああっ!!」
罪が、周囲に降り注ぐ。
街灯に照らされ、黒い粒が舞った。
(罪を喰う。
これで……“帳尻”は合う。)
朔弥は淡々と手を離し、
闇の中へ消えようとした。
が――
ふと胸が痛んだ。
(……美音……
なぜ、お前を狙った……?
俺は……何を……忘れてる……?)
痛む胸を押さえ、
彼は影へ溶けるように消えていった。
◆3 翌朝 ―― 麗の推理がズレ始める
翌朝、大学のベンチ。
「麗ちゃん、顔色悪くない?」
柚葉がジュースを差し出す。
麗は目の下にクマをつけ、
寝不足の天才探偵みたいな表情で呟いた。
「……ねえ柚葉。
影喰いのピエロ、絶対に“プロ”だと思ってたの。
でも違う。
事件ごとに手口が微妙にズレてる。」
柚葉は首をかしげる。
「ズレ……?」
「そう。
第1事件は計画的。
第2事件は目的が変則的。
そして第3事件は……大胆すぎる。」
麗の目が鋭さを帯びる。
「犯人が……“感情に乱れてる”気がする。」
(※読者視点では:
本物と偽物の事件が混ざってズレが生じている)
柚葉はぽつりと言う。
「でもさ麗……
推理ってあれでしょ?
冷静じゃなきゃダメなやつじゃ……」
「うるさい!!冷静だし!!」
「今の言い方がもう冷静じゃないよ!!」
「暴走してない!!」
「自覚が無いのが一番やばいんだよ麗!!」
ベンチで2人が揉めていると――
後ろから鮫島が現れた。
「宵宮。
なんか……やけに殺気立ってるな。」
「殺気立ってません!!」
「(殺気立ってんな……)」
柚葉と鮫島の心が完全に一致した瞬間であった。
◆4 麗、誤推理へ踏み出す(暴走の始まり)
鮫島が資料を渡す。
「昨夜、三件目が発生した。
現場には例の“罪の粒”が散布されていた。
手口は同じ——だが」
麗が続きを言う。
「“散らし方”が荒い。
つまり犯人のメンタルが揺れている。」
麗は紙を握りしめた。
「このままだと……
影喰いのピエロは、次で取り返しのつかないことをする。」
鮫島は静かに問う。
「麗。
何か、見落としてないか?」
麗の表情がやや硬くなる。
「……見落としてない。
むしろ見えてきた。
犯人は“近くにいる”。」
その言葉に、柚葉が不安げに言う。
「麗……なんか、こわいよ……?」
麗は笑ってみせるが、笑みが引きつっていた。
(読者はここで “麗の視野が狭くなっている” ことに気づく)
◆5 同時刻――美音、影武者として動き始める
美音はシルキードロップの撮影現場にいた。
メイクさんが眉をひそめる。
「美音ちゃん、今日ちょっと……目、赤くない?」
「大丈夫です。昨日、泣いちゃって……
アレルギーかな?」
それらしい嘘を軽く返しながら、
美音は楽屋の鞄を握りしめていた。
(……夜になったら。
兄さんが狙われないように……
私が先に“動く”。)
楽屋の鏡越しに、
美音の目の奥で影が揺れた。
(兄さん……
あなたを、守る。)
――この時点で、美音の影武者行動はすでに
“小さな致命的ズレ”を生んでいた。
◆6 章ラスト――ズレは連鎖し、真実は遠ざかる
夕暮れのキャンパス。
麗は空を見上げ、決意を固める。
「……私が、私の力で犯人を止める。
たとえ誰が邪魔しても。」
(※この“邪魔”には鮫島や家族すら含まれてしまっている)
一方その頃――
朔弥は屋上で頭を抱えていた。
「……また“影”が動いた。
なぜ……俺の計画じゃない影が……
美音……何か……」
彼は胸が裂かれるような痛みを覚え、
その痛みに気づけない。
別の影が、静かに微笑んでいたからだ。
黒澤。
電話越しに、愉快そうな声が響く。
「朔弥くん。
いいねぇ……“ズレ始めた”よ。
影というのはね、少しの歪みで大きく広がる。」
「……黒澤……
どういう意味だ。」
「意味?
さぁ?
影の本質は“君たちが作るもの”だからねぇ。」
黒澤は楽しげに笑った。




