第5章 『アイドルと警部部長と三つ目の影』
■1 家庭内“取り調べ室”
翌朝。
麗は食卓の椅子に座らされていた。
正面には──腕を組んで仁王立ちの母、宵宮美羽(警視庁・警部部長)。
眉間の皺が普段の三倍だ。
「麗。説明しなさい」
その声は、完全に“警部部長の声”だった。
「え、あの……説明と言われましても……」
「影喰いのピエロに間違われて連行される大学生がどこにいるの!?
あなたぐらいよ!」
「ち、違うんだってば! 私はただ、事件現場をちょっと覗いて──」
「“ちょっと覗く”って言い方がもう怪しいのよ!」
机を叩く美羽。
麗は思わず背筋を伸ばす。
「お母さん……落ち着いて。ほら、精神に悪いよ?」
「誰のせいでこうなってると思ってるの!」
美羽の怒りのボルテージが上がったその時──
「まあまあ、美羽。少し落ち着きなさい」
低く落ち着いた声が部屋に響いた。
■二 総監・宵宮大河の介入
扉が開き、麗の叔父であり警視庁総監の 宵宮大河 が現れた。
スーツをきっちりと着こなした姿は、ただ立っているだけで場の空気を支配する。
「兄さん! 麗がまた余計なことをして──!」
「余計なことと言うが……麗らしいじゃないか」
麗は思わず胸を張る。
「ほら見て! 叔父さんもこう言ってるし──」
「褒めてはいないぞ、麗」
「……ですよね」
大河は椅子を引き、麗の正面に座った。
その眼差しは優しいが、芯が鋭い。
「麗、お前が事件に関わるのは危険だ。影喰いのピエロは、単なる愉快犯ではない。
罪を暴き、ばら撒く……理解できるか?」
「……わかってるつもり。だけど、私は──」
「止めたいんだろう?」
麗は息を呑んだ。
頷くしかなかった。
「……うん」
大河はふっと微笑む。
「その気持ちは否定しない。だが、お前が無謀なのも事実だ」
「む、無謀って……!」
「無謀じゃないの?」
美羽が即答した。
麗は言葉に詰まる。
「というわけで──“監視役をつける”」
大河が言った。
「か、監視役……?」
美羽が続ける。
「あなたがまた勝手に動くからよ。反省しなさい」
「え、ちょっと待って! 私、そんなに信用ないの!?」
「ないわね」
「皆で即答するのはやめて!」
美羽と大河は微妙に視線を交わし、頷く。
どうやら本気らしい。
■三 鮫島登場 〜最高の尾行 vs 最速で気づく麗〜
翌日。
麗が大学への道を歩いていると、背後からわずかな足音がついてきていた。
(……まただ)
三歩歩けば、一定の距離で気配。
角を曲がれば、影が揺れる。
木の後ろに隠れているつもりなのか、葉が揺れている。
「……ねえ」
麗は振り向き、木の後ろに向かって声を飛ばした。
「そこにいるの、鮫島さんでしょ」
ビクリ、と木の影が震えた。
がさ、と葉が揺れ──
鮫島 刀真 が姿を現した。
「……なぜバレた」
「バレないと思ってたの?」
「俺は庁内でも尾行技術はトップクラスで……」
「木の陰から足、出てたよ」
「…………」
鮫島は一瞬、空を見上げた。
「……総監……申し訳ない……」
「誰に向かって言ってるの!?」
麗は呆れた。
だが彼が真剣な目をしているのは分かる。
「俺は……あなたを守るよう総監と美羽部長に命じられた。
影喰いのピエロは危険だ。君の安全は最優先だ」
麗は表情を和らげた。
「……ありがとう。でも、隠れるならもっとちゃんと隠れてよね?」
「今後……努力する」
「努力の方向間違えてるよ!」
つい突っ込みが出る。
鮫島は少しだけ頬を赤くした。
このやり取りを、遠くから誰かがじっと見ていることを、麗はまだ知らない。
■㈣ 朔弥の乱れ
同じ頃。
警視庁の休憩室。
朔弥はロッカーに手をついたまま、息を整えようとしていた。
……頭の奥がざわつく。
昨夜、ピエロを追った時から続く違和感。
「御影、顔色悪いけど」
鮫島が声をかける。
「寝不足か?」
「……いや、なんでも」
「事件にのめり込みすぎるなよ。おまえ真面目だからさ」
朔弥は応えず、水を飲んだ。
その瞬間──
耳の奥に、声が響く。
『朔弥くん。
まだ“喰い足りない”だろう?』
(……まただ)
『ほら、見せてみな。
君の影を。
君の、罪を』
(黙れ……!!)
ガンッ!
朔弥はコップを落とした。
鮫島が目を丸くする。
「おい!?」
朔弥は震える指を握りしめた。
(黒澤……やめろ……)
黒澤の声は朗らかで、しかし確実に朔弥の精神を削っていく。
■五 麗の推理
昼休み、大学の図書室。
麗はノートを広げた。
事件1
被害者:早坂瑠璃
罪:過去の隠し暴力
影ギミック:街灯3重
犯行時刻:夜遅い
紙のメモ:ピエロの署名
事件2(今日の朝の発見)
被害者:律野志保
罪:内部告発の隠蔽
影ギミック:同じく3重影
紙のメモ:同じ筆跡
麗はつぶやく。
「影は“場所の暗号”。
罪は“暴露のための餌”。
ピエロは“影を喰う”……」
柚葉が隣でクッキーをかじっている。
「麗の推理モード出た。
あ、眉にしわ寄ってるよ。父親そっくり」
「似てるって言わないで! 恥ずかしいんだから!」
そのとき。
またノート画面に匿名メールが届いた。
【影の三重は“入口”。
本当の鍵は“笑わない道化”。】
「笑わない……道化……?」
(まさか……美音!?)
麗は震えた。
(“笑ってるのに、笑ってない”あの子……
ピエロと何か関係してる!?)
そして──その推理は
完全に“正しい方向”へ向かい始めていた。
■六 その夜:美音の告白(風)
アイドル寮の一室。
美音は鏡の前で髪をとかしていた。
……笑顔のまま、表情が固い。
まるで顔の筋肉が動かない人形のよう。
鏡の反射に、
灰色のフードを被った影が映る。
「……また来たの?」
影は何も言わない。
美音は鏡越しに、淡々と話す。
「昨日……お兄ちゃんだったよね?」
影がかすかに揺れる。
「でもお兄ちゃん、私に気づいてなかった……
ひどいよね。
……でも、いいの。
だって、私──」
美音は鏡の前で笑みを深くした。
「お兄ちゃんのためなら、悪い道化師にもなれるよ」
窓が開き、風が部屋を撫でる。
美音のスカートが揺れ──
その下で、彼女の影がふわりと“二重”になった。
(偽ピエロ……覚醒)
■七 黒澤、動く
黒澤はホテルのスイートにいた。
部屋は真っ暗。
巨大なスクリーンには朔弥の顔が映っている。
「御影朔弥……
君はもう“半分向こう側”に来ているよ」
ワイングラスを揺らしながら笑う。
「麗ちゃんも……
もうすぐ“気づく”だろうね。
妹ちゃんのことも、朔弥のことも……全部」
黒澤はスマホに一言つぶやいた。
「次は──“三つ目の影”だよ。
君の舞台は、まだ始まったばかりだ」
送信。
その内容は、
麗のスマホへ、匿名で届いた。
【“笑わない道化”を探せ。
次の罪は、すぐ傍にある。】
麗の背筋を寒気が走る。




