第3章 『影の噂と黒い笑み』
■1 キャンパスの朝、噂の渦
翌朝。
麗は大学の中庭でスマホを見ながら、ベンチに沈んでいた。
(はあ……昨日のは、夢じゃないよね……?)
背後から、ぱんっ! と肩を叩かれる。
「れーい! 生きてる!? ニュース見た!?」
賑やかに登場したのは、親友・雨宮柚葉。
天然・明るい・情報通・少しおバカ。
だが麗よりコミュ力がある。
「これ見てよ!」
柚葉がスマホを突き出す。
〈昨夜、影喰いのピエロが都内で出没か? 警察が捜査中〉
「まさか近くにいたんじゃないよね!? 麗、巻き込まれ体質だし!」
「……いた」
「……え? え? あ、そっか〜〜ウソね! ね!? 麗ウソつくの下手だし!」
「ほんとにいたんだよ」
柚葉の顔が青ざめた。
「ちょ、ちょっと待って!? 私、昨日麗に“夜道気をつけてね〜”って言った!! 私のせい!? 呪い!?」
「呪いじゃないって……」
「影喰いのピエロ、ほんとに影食べるの? カロリーゼロ?」
「いや、食べないよ。たぶん」
「じゃあ何喰うの? 影の気持ち?」
「分かんないってば!」
朝からこのテンションである。
だが、ふと柚葉が真剣な顔になった。
「……でもさ、ほんとにあったんだよね? 麗が怖かったなら、私でよければ話聞くよ」
その優しさに、麗は少しだけ救われた気がした。
■2 謎の男とすれ違う
講義の合間。
キャンパスの渡り廊下を歩いていると、
すれ違う男がふと視界に入った。
黒のスーツに丸眼鏡。
上品な柔らかい笑み。
妙に存在感が薄いのに、記憶に残る男。
(──誰だろう)
目が合う。
男は麗に微笑む。
「危ないところでしたね、昨夜は」
「……え?」
「気をつけなさい。影は、時に人を喰いますから」
麗は立ち止まった。
男は、柔らかな表情のまま歩き去る。
(……警察の人? 私服警官? いや、違う……)
その“違和感”は、静かに胸に残った。
――彼こそが、黒澤。
麗もまだ知らない“悪のプロデューサー”。
■3 昼休みの事件
昼休み。
購買でパンを買っていた麗に、声が飛んできた。
「影喰いのピエロって本当にいるんだってさー!」
「怖っ、影奪われると死ぬの?」
「知らんけど、影って奪われるの?」
麗はつい口を挟んだ。
「奪われるのは“罪”だよ。影じゃない」
「……え?」
「あ、いや……なんでも」
危ない危ない。
昨夜のことを言いそうになった。
そのとき、校内放送が鳴った。
『学生の皆さんにお知らせします──……』
内容は普通の案内。
だけどその“声”が、どこか妙だった。
(今の……音が揺れてた? 波形が二重?)
彼女の耳は、普通の人より鋭い。
嫌な胸騒ぎがした。
■4 影喰い予告
大学からの帰り道。
麗のスマホに、差出人不明のメールが届く。
件名:
《来るよ。もうすぐ》
本文:
お前の影は甘い匂いがする。
罪がない影ほど、喰いがいがある。
今夜、また一人──罪を散らす。
「……は?」
続けて第二通。
《ヒント:三つの影が重なる場所》
(……なにこれ。私、狙われてる?)
だが、冷静な自分の声が脳内で呟く。
(違う。これは──“犯行予告”。
でも私に送る理由は?)
その時、背後から声がした。
「宵宮麗さんですね?」
振り返ると、御影朔弥が立っていた。
「また君かよ!!」
麗は思わず身構える。
朔弥は無表情のまま、スマホを差し出した。
「同じ文面の予告が、警察にも届いた。
内容的に無視できない。……協力してほしい」
「えっ、私、容疑者じゃなくて?」
「……昨夜は、悪かった」
珍しく、ほんの少しだけ頭を下げた。
(この人、謝れるんだ……)
朔弥は続けた。
「この予告の“影”という単語……君は、何か心当たりがあるのか?」
「……」
麗は言えなかった。
昨夜、自分が“揺れない影”を見たことを。
まだ、自信が持てなかったからだ。
「とにかく、帰り道は気をつけろ」
朔弥はそう言い残し、去っていく。
残された麗は、メールの文面を見つめながら呟いた。
(“三つの影が重なる場所”……?)
スマホのカメラを向ける。
路地の三方向から伸びる影が、ちょうど一点で重なっていた。
(……ここ?)
ぞわり、と背中が冷える。
■5 そして、夜が来る
その夜。
街の公園で、
三方向から街灯の影が重なる地点に、
ゆっくりと“誰か”が歩み寄っていた。
能面のような仮面。
黒い手袋。
細長いシルエット。
影喰いのピエロ。
そいつは低く笑う。
「……最初の影は、甘い匂いがした。
二つ目は、嘘の味。
では──三つ目は?」
そしてその足元に、
すでに倒れている“誰か”の影が揺れていた。
夜風が運ぶのは──
過去の罪の残り香。




