第20章 仮面の裏で泣く者
光が、滲んで見えた。
ネオン、街灯、スマートフォンの画面。
すべてが不自然なほど鮮明で、
同時に、ひどく遠い。
(……これが、暴走か)
宵宮麗は、自分の呼吸が速くなっているのを自覚していた。
影喰いのピエロは、広場の中央に立っている。
まるで舞台俳優のように、
観衆の視線を一身に集めながら。
「逃げないの?」
麗の声は、思ったより落ち着いていた。
「それとも……逃げられない?」
ピエロは答えない。
ただ、ゆっくりと首を傾ける。
その仕草が――
警察で何度も見た、ある刑事の癖と重なった。
(……まただ)
麗の中で、何かがきしむ。
◇
その瞬間。
「麗!!」
背後から、聞き慣れた声。
青井柚葉だった。
規制線の向こう、警察に止められながらも必死に叫んでいる。
「一人で行かないで! 顔、怖いよ!」
「……柚葉」
一瞬、現実が戻る。
その隙を、ピエロは見逃さなかった。
人波の中へ、滑るように消える。
「――待って!」
麗は走った。
◇
裏路地。
街の光が届かない場所。
影喰いのピエロは、再び姿を現した。
「……どうして」
麗は、息を整えながら問いかける。
「どうして、被害者の“罪”をばら撒くの?」
ピエロの仮面が、わずかに揺れる。
「殺すだけなら、簡単でしょう?」
沈黙。
そして――
「……罪は」
くぐもった声。
「隠されるから、腐る」
麗の背筋に、電流が走った。
(この考え方……)
「……あなた」
麗は、ゆっくりと距離を詰める。
「誰かに、教えられた?」
ピエロの肩が、ぴくりと動いた。
◇
その頃。
廃ビル最上階。
「……やっぱり、来たか」
黒澤は、窓際に立っていた。
背後には、宵宮拓哉と鮫島。
「ゲームは、ここまでだ」
拓哉が言う。
「いやいや」
黒澤は、楽しそうに振り返った。
「まだ“答え合わせ”が残ってる」
「……娘を、使うな」
「使ってないさ。彼女は自分で考えてる」
黒澤は、モニターに映る麗を指差す。
「君の娘は、君よりずっと優秀だ」
鮫島が一歩、前に出る。
「……黙れ」
銃口が、黒澤に向けられる。
だが黒澤は、笑った。
「撃つ?」
「……」
「撃てないよ。まだ“必要”だから」
黒澤は、窓を背にした。
「また会おう。次は、もっと面白い舞台で」
次の瞬間、
闇が黒澤を呑み込んだ。
「――くそっ!」
◇
一方、裏路地。
「……ねえ」
麗は、声を震わせながら言った。
「あなた、刑事でしょう?」
仮面が、止まる。
「御影……朔弥さん」
その名前を呼ばれた瞬間。
ピエロは、完全に動きを止めた。
沈黙。
長い、長い沈黙。
「……いつから?」
「最初からじゃない」
麗は、正直に答えた。
「でも、影が……あなたの影が、ずっとおかしかった」
仮面の奥から、息を吸う音が聞こえた。
「……違う」
朔弥の声が、震える。
「俺は……」
「知ってる」
麗は、遮った。
「あなたが“悪そのもの”じゃないこと」
その言葉が、
朔弥の心を、完全に壊した。
「……だったら、止めろよ」
仮面の下から、嗚咽。
「止めてくれよ……!」
そのとき。
「……お兄ちゃん」
震える声が、闇の奥から響いた。
麗と朔弥が、同時に振り返る。
そこに立っていたのは――
久瀬美音だった。
仮面を、手に持って。
涙を浮かべながら。
「……やっと、見つけた」
影が、完全に重なった。
――真実は、もう隠れない。




