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第2章 間違えられた探偵

 ――最悪だ。


 宵宮麗は、心の底からそう思っていた。


「ちがいます! だから、私は犯人じゃありませんって!」


 両手を上げさせられ、ビルの一階ロビーで刑事たちに囲まれながら、必死に声を張り上げる。


「現場にいただけです! たまたま! 偶然! 通りすがりです!」


「通りすがりで、あんな場所に行く一般人はいない」


 低い声でそう言ったのは、目の前の男――

 背が高く、無表情で、いかにも“刑事”という雰囲気の青年だった。


 鋭い目。整った顔立ち。

 年は二十代後半だろうか。


 ――感じが悪い。


 それが、麗の第一印象だった。


「だって、気になったんです!」


「何が?」


「影です!」


 言った瞬間、周囲の刑事たちが一斉に黙り込んだ。


「……影?」


「そう、影。死体の周りにあった、あれ。普通じゃなかった」


 麗は必死に言葉を探す。


「あれは、ただの資料じゃない。被害者の――」


「はい、そこまで」


 男は淡々と麗の言葉を遮り、手錠を鳴らした。


「事情は署で聞く」


「え、ちょ、待って!? 私、大学生です! 一般人!」


「だからこそ怪しい」


「理不尽すぎません!?」


 ――こうして。


 宵宮麗は、

 影喰いのピエロ事件の第一発見者としてではなく、

 **最有力参考人(ほぼ犯人扱い)**として、警察署に連行された。


 *


 取調室は、思ったより狭かった。


 パイプ椅子。金属の机。

 天井の蛍光灯が、やけに白い。


 麗は椅子に座らされ、向かいに先ほどの無表情刑事が座る。


「名前」


「宵宮麗」


 男のペンが、ぴたりと止まった。


 一瞬。

 本当に一瞬だけ、空気が変わる。


「……宵宮?」


「はい?」


 男は麗の顔をじっと見つめ、次に資料へと視線を落とした。


「……年齢、二十歳」


「そうですけど?」


 そのときだった。


 取調室のドアが、勢いよく開いた。


「――麗!!」


 鋭い女性の声。


 振り返った瞬間、麗の背筋が凍る。


「……げ」


 そこに立っていたのは、

 黒のスーツに身を包んだ女性警察官。


 整った顔立ち。冷たい目。

 ただ立っているだけで、空気を支配する圧。


 警視庁・警部部長――

 宵宮美羽。


 麗の、母親だった。


「何をやっているの、あなたは」


「えーっと……その……」


「事件現場に一般人が首を突っ込むなと、何度言えば分かるの?」


「でも、あれは明らかに――」


「言い訳しない!」


 ――バンッ。


 麗の額に、軽く拳が落ちる。


「痛っ!」


「反省しなさい!」


 取調室にいた刑事たちは、完全に固まっていた。


「……警部部長、この件は――」


「私の娘です」


 美羽は、にこりともせず言い切る。


「身元引受人は私。今すぐ連れて帰ります」


「は、はい……!」


 数分後。


 釈放された麗は、母親の後ろを歩きながら、ぶつぶつと文句を言っていた。


「ひどくない? 普通、娘が疑われたら庇うでしょ」


「庇う価値がある行動をしなさい」


「鬼……」


 そのとき、廊下の向こうから、別の足音が近づいてきた。


 現れたのは、

 強面で、がっしりとした体格の男。


 警視庁総監――

 宵宮大河。


「……麗」


「……おじさん」


 その瞬間、周囲の署員たちの顔色が、文字通り変わった。


 翌日。


 この警察署の署長と幹部たちは、

 総監室で、深々と頭を下げることになるのだが――


 それを、麗はまだ知らない。


 ただ一つ。


 あの屋上で感じた、

 説明できない違和感だけが、頭から離れなかった。


 影は、ただの影じゃない。


 ――あれは、罪だ。


 そう確信しながら。


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