第19章 影が重なる夜
夜の東京は、いつもより静かだった。
不自然なほどに。
――嵐の前。
宵宮麗は、警視庁の屋上に立っていた。
冷たい夜風が、無頓着に結んだ髪を揺らす。
「……来る」
誰に言うでもなく、そう呟く。
胸の奥が、ざわついていた。
理屈じゃない。
推理でもない。
感覚だ。
影喰いのピエロは、今夜、必ず動く。
◇
「……無茶するなよ」
背後から、低い声。
振り返ると、御影朔弥――ではない。
刑事としての顔をした、“まだ味方の”朔弥が立っていた。
「それ、私の台詞なんだけど」
麗は軽く笑う。
だが、笑顔は目に届いていない。
「今回の現場、私も行く」
「一般人は下がれって――」
「一般人じゃないでしょ?」
即答だった。
「少なくとも、あなたより“影喰いのピエロ”を考えてる時間は長い」
朔弥の眉が、わずかに動く。
「……その自信が、命取りになる」
「じゃあ聞くけど」
麗は一歩、距離を詰めた。
「あなたは、あの犯人の“影”を、どう思う?」
朔弥は答えなかった。
その沈黙が、麗の中の何かを刺激する。
(やっぱり……)
確信に近い違和感。
だが、まだ言語化できない。
◇
一方、都内某所。
暗闇の中、モニターの光だけが浮かび上がる部屋。
「……ふふ」
黒澤は、楽しそうに画面を眺めていた。
「いいねぇ。どんどんズレてきてる」
映っているのは、麗の現在地。
警察の配置。
そして――影喰いのピエロが、次に“舞台”に選んだ場所。
「拓哉は……まだ来ないか」
黒澤は肩をすくめる。
「まあいい。主役は、あの子だ」
◇
「動きがありました!」
警視庁、臨時指揮室。
怒号と足音が飛び交う中、
宵宮美羽は冷静に指示を飛ばしていた。
「第一班、現場を包囲。第二班、観客動線を完全封鎖!」
「総監――」
「私が判断する」
宵宮大河は短く答えた。
「……麗は?」
「現場へ向かっています」
一瞬、空気が張り詰める。
「……止めるな」
大河は、低く言った。
「行かせろ。あれは――あの子の事件だ」
◇
その頃、別ルート。
「黒澤は、必ず“高い所”を使う」
宵宮拓哉は、歩きながら言った。
「観測できる場所。人間を“舞台”として見下ろせる場所だ」
「……相変わらず、趣味が悪い」
鮫島が吐き捨てる。
「だから、ここだ」
拓哉が指差した先。
廃ビルの最上階。
「来るぞ」
◇
そして――
ネオンに照らされた広場。
人々の視線が、一点に集まる。
闇の中から、影喰いのピエロが現れた。
無表情の仮面。
黒い衣装。
そして、足元に散らばる“影”。
「……来た」
麗の視界が、急に狭まる。
音が、消える。
耳にかけた髪。
わずかにズレる視線。
(違う……今までと、何かが)
ピエロが、こちらを見た。
――いや、見ているのは、麗だけだ。
「……あなた」
麗の声が、震える。
「誰の影を、背負ってるの?」
その瞬間。
ピエロが、笑った。
初めて。
仮面の奥で。
――それは、答えではなく、挑発だった。
そして麗は、気づいてしまう。
(……私、間違ってる)
だが、もう止まれない。
影が、完全に重なろうとしていた。
――クライマックスは、すぐそこだ。




