第18章 「正しさの温度」――父と娘、探偵の原点
◆1 夜明け前の静けさ
夜明け前の街は、不思議なほど静かだった。
事件現場から少し離れた河川敷。
街灯の白い光の下で、麗はベンチに座り、膝の上で両手を握りしめていた。
「……」
何を言えばいいのか、わからない。
胸の奥が、まだざわついている。
隣に立つ父・宵宮拓哉は、缶コーヒーを二本買い、一本を無言で差し出した。
「……甘い」
麗は受け取りながら言った。
「だろ。
お前、考えすぎると糖分足りなくなるから」
「なにそれ……」
思わず、少しだけ笑ってしまう。
その一瞬の笑みが、
さっきまで張り詰めていた糸を、ほんの少し緩めた。
◆2 父の言葉は、責めない
「……怒ってる?」
麗がぽつりと聞く。
拓哉は首を横に振った。
「怒ってない。
ただ、心配してる」
「……」
「今日のお前はな、麗。
“正解”を出そうとしすぎた」
麗は顔を上げた。
「でも……間違ってなかった。
美音ちゃんは……」
「うん。
推理自体は、ほぼ当たってる」
あっさりと認められて、麗は言葉を詰まらせた。
「じゃあ……」
「でもな」
拓哉は、川の流れを見る。
「“当たる推理”と
“人を救う推理”は、別物だ」
麗の胸に、その言葉が静かに沈む。
◆3 探偵という役割
「お前は、
犯人を“倒す”ために走り出してた」
拓哉は続ける。
「それは刑事の仕事だ。
あるいは、復讐者の仕事だ」
「……」
「でもな、麗。
お前がやろうとしてたのは――
“理解する前に断罪する”ことだった」
麗は唇を噛んだ。
「……だって……
あのままだったら、美音ちゃんも、朔弥も……」
「うん。
壊れる」
拓哉は否定しなかった。
「だからこそだ」
ゆっくり、麗を見る。
「探偵は、
壊れる前の“理由”を掴む」
麗の脳裏に、
朔弥の仮面、
美音の震える声、
そして自分自身の怒鳴り声が浮かぶ。
「……私、
自分が正しいって証明したかっただけかも」
拓哉は小さく笑った。
「それに気づけたなら、十分だ」
◆4 少しだけ、いつもの麗に戻る
沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、麗だった。
「……ねえ、お父さん」
「ん?」
「お父さんが推理するときの癖、
私、真似してるの気づいてた?」
「当然」
「えっ」
「耳触って、視線ずらして、
世界が無音になる顔」
拓哉は苦笑する。
「昔から、
そっくりだ」
「……それ、褒めてる?」
「半分はな」
二人は同時に、くすっと笑った。
その笑いは、
暗い夜を越えるための、確かな灯りだった。
◆5 役割の分担
「これから、どうする?」
麗が聞く。
拓哉は即答した。
「俺は黒澤を追う」
麗はうなずく。
「私は……
影喰いのピエロを追う」
「いい」
拓哉は、娘の肩に手を置いた。
「ただし――
一人で背負うな」
「……うん」
「柚葉も、鮫島も、
お前の“足止め役”として使え」
「言い方ひどくない?」
「事実だ」
また、笑う。
そして拓哉は、少し真剣な目で言った。
「麗。
次に会う時は、
“答え”じゃなく、“選択”を持って来い」
麗は、まっすぐうなずいた。
「……わかった」
◆6 再び、前へ
空が、ほんのり白み始めていた。
麗は立ち上がり、伸びをする。
「よし」
「よし?」
「暴走終了。
探偵、再起動」
拓哉は吹き出した。
「切り替え早いな」
「でしょ。
私のいいところ」
その背中を見送りながら、拓哉は心の中で呟く。
(……ちゃんと、
探偵になってきたな)
麗は歩き出す。
次に向かうのは――
“影喰いのピエロ”と、
“その影に寄り添おうとする少女”のもと。
今度は、怒りではなく、
理解と覚悟を持って。




