第16章 「影のステージ」――アイドルと仮面の交錯
夜の東京を照らすネオンは、どこかざわめいているように見えた。
シルキードロップのワンマンライブを控え、会場にはファンが列をつくり、彩り豊かな応援ボードが揺れている。
麗と柚葉もその流れにまぎれ、警察の依頼で会場内部の見回りを兼ねて入り込んでいた。
「ねぇ麗。こういうのってさ、普通は“潜入捜査”とかって刑事さんがするよね?」
「うん。でも私のお母さんと叔父さんが“麗ならなんとかできるだろう”って言ってたから」
「……その二人、娘と姪をなんだと思ってるの……?」
柚葉は頭を抱え、麗はくすくす笑った。
その表情の明るさとは裏腹に、胸の奥には重い気配が沈んでいる。
――あの影の混ざり方、絶対におかしい。
本物と偽物が入れ替わっているような……。
麗の耳の奥で“世界が少し静かになる感覚”が何度も点滅する。
推理のスイッチは入ったままなのに、視界がしばしば“ズレる”。
――なんか調子が悪い。
「麗、大丈夫? また“耳かけして遠く見るモード”入ってるけど」
「あ、ごめん。ちょっと頭がフワってして」
「フワってしてる状態で事件に関わるなって何度言われてるの……」
柚葉はぶつぶつ言いながらも麗を気遣って腕を支える。
◆◆◆
そのころ、ステージ裏の控室では美音が鏡の前に座っていた。
衣装は白銀のドレス。肩にかかる髪にスタッフが丁寧にスプレーをかけている。
「美音ちゃん、今日もコンディション完璧だね」
「……うん。ありがとう」
笑顔は完璧。声も柔らかい。
しかし、鏡に映るその瞳は――どこか遠くを見つめていた。
鏡にフッと、黒い“影”が揺らぐ。
美音はほのかにまぶたを震わせ、口元を固く結んだ。
(お兄ちゃん……あなたはまだ、私のこと気づいてない。
だから私が、あなたを守らなきゃ……)
鏡の奥の影が、まるで笑っているように見えた。
◆◆◆
ライブが始まると、会場は揺れるほどの歓声に包まれた。
玲の心臓はどこかざわざわしている。
「……美音ちゃん、なんか違和感あるな」
「ダンス違うとか?」
「ううん。影の出方が、いつもと全然違う」
麗の視界には――美音の背後に、もうひとつ別の“影” が見えていた。
まるで、何かに引っ張られているように、ゆっくりと形を変えている。
「柚葉。美音ちゃんの影……、あれ、影喰いのピエロの“影ギミック”に似てる」
「えっ!? じゃあ、狙われてるの!?」
その瞬間だった。
ステージ照明が一瞬だけ落ち、赤い非常灯だけがパッと点灯した。
会場中がざわめき、ファンが戸惑ってざわつく。
麗は反射的に立ち上がった。
「来る……!」
ステージの上。
薄暗い赤のライトの中で――“影喰いのピエロ”が立っていた。
白い能面のような仮面。無機質な声。黒い衣装がゆらりと揺れる。
『……皆さま。今宵の“影”を、お届けしましょう』
その声に会場の空気が凍りつく。
しかし麗はすぐに気づいた。
(ちがう……これは、本物じゃない……!
動き方も、影の出し方も……“雑”!)
「柚葉、美音ちゃんのほう行って! あれは偽物!」
「わ、わかった!」
柚葉がステージ裏へ走り、麗は観客を誘導しながら前へ飛び出した。
警備スタッフが次々に駆け込み、影喰いのピエロ“もどき”が非常灯の光の中で後退していく。
『……これで兄さんを助けられるなら……』
微かに聞こえた声に、麗は眉をしかめた。
(この声……どこかで聞いた……?)
その一瞬の迷いの間に、偽物の影喰いのピエロはステージ脇へ飛び込み、逃げていった。
「待って!!」
麗も追おうとするが、別方向から柚葉が叫ぶ。
「麗!! 美音ちゃんが倒れた!!」
「えっ!?」
麗は弾かれたようにステージ裏へ走った。
◆◆◆
控室にはスタッフが集まっており、その中心で美音が目を閉じて倒れていた。
柚葉が必死に肩を揺らしている。
「美音ちゃん! しっかり!」
「……ちょっと、疲れただけ……」
美音はゆっくり目を開けた。
しかし、その瞳には――深い影が落ちていた。
麗は息を飲む。
(この影……“罪”を撒き散らす前の影喰いのピエロの影……!
でも――どうして、美音ちゃんから?)
と、その時。
美音の袖口から――白い仮面の“破片”が、コトリと床に落ちた。
麗も柚葉も、息を呑んだ。
「…………」
美音は微笑んだ。
しかしその笑顔は、いつものアイドルの笑顔ではなかった。
「――大丈夫。私、ただの美音だから」
そう言った瞬間、美音の背後の影が、ゆっくり遠ざかるように消えていった。
(いや、違う……。美音ちゃん、何かを隠してる……!
そしてその何かは――影喰いのピエロ“本物”と繋がってる!)
麗の耳の奥が、再び無音になる。
――推理スイッチが、強制的に入った。




