第11章 再起動(リブート)する推理 ―― 影武者の鼓動
再起動する推理 ―― 影武者の鼓動
◆1 翌朝:静かな目覚め
麗は久しぶりに深く眠った気がした。
目を開けると、ソファのそばに
毛布が丁寧に掛けられている。
(……父さん。)
胸の奥がじんと熱くなる。
そのとき——スマホが震えた。
【柚葉】
《起きた!? 生きてる!?》
《鮫島さんめっちゃ心配してたよ!!》
《あと、授業今日3コマあるから絶対来て!!》
「……うん。行くよ。」
麗は深呼吸し、鏡を見つめた。
焦りと疲れで曇っていた瞳は、
少しだけ“本来の透明さ”を取り戻していた。
◆2 麗の復帰 ――キャンパスの空気
「麗ーーー!!」
柚葉が走ってきて、勢いよく抱きつく。
「死んでなくてよかったーーーー!!」
「ちょ、ゆず、首しめてるからっ……!」
横で男子学生たちがひそひそ。
「宵宮さん、生き返ったな……」
「うちのゼミのエースが危うかったってマジ?」
「あの子、影喰いのピエロと殴り合いするんじゃね?」
麗は苦笑し、
柚葉は「失礼な!」とぷくっと頬を膨らませる。
「でも……心配したんだからね。」
「……ごめん。
もう、暴走しないよ。ちゃんと考えるから。」
「うん……。
麗が麗に戻ったなら、それでいいよ。」
柚葉の笑顔が、麗の胸に灯をともした。
◆3 美音、再び舞台へ――“偶然を装った接触”
その日の放課後。
麗が校門を出ると、
マスクと帽子で変装した美音が立っていた。
「——麗ちゃん。」
「み、美音ちゃん!?
ここ、大学……大丈夫なの!?」
「ちょっと抜けてきたの。
どうしても麗ちゃんに会いたくて。」
美音はそう言って微笑むが、
その笑顔の奥に、薄い影がある。
麗は気づかない。
だが読者には“何か隠している”と伝わる程度。
「この前……助けてくれたじゃない?
本当にありがとう。」
「う、ううん!
困ったときはお互いさまというか!」
柚葉が麗の後ろでひそひそ。
(ねえ麗……あの子、本当にただの被害者なの?
なんか……目の奥の光が鋭いっていうか……
アイドル特有のやつなの?)
(柚葉……言わないで……!)
美音は急に表情を曇らせた。
「……私、あれから変なんだ。
誰かにつけられてる気がして……
影がずっと追いかけてくるみたいで。」
麗の背筋が反応する。
「影喰いのピエロ……?」
「わからない。
でも……怖いの。」
——本当は
美音が“兄を守るために影武者を演じている”せいで
罪悪感と緊張で精神が削れているだけ。
しかし麗はそれに気づけない。
「もし……また何かあったら、必ず連絡して。」
「うん……ありがとう。
麗ちゃんは、本当に優しいね。」
美音はそう言い、
一瞬だけ——感情を消した目で麗を見た。
(……ごめんね、麗ちゃん。
あなたは巻き込みたくないのに。
でも——兄さんは、もっと巻き込ませない。)
美音は足早に去っていった。
麗の胸に、不穏なざわめきが芽生えた。
◆4 警視庁 ―― 鮫島の咆哮
「宵宮。戻ってこれるか?」
捜査会議室で、鮫島が煙草を揉み消す。
「はい。
昨日の私は……冷静じゃなかった。
もう一度、ゼロから現場を見ます。」
「よし。」
鮫島はうなずいたが、次の瞬間銃のような声で怒鳴った。
「だがな宵宮ァ!!
勝手に飛び出したらぶっ飛ばすからな!!!」
「は、はい!!」
麗は背筋を正す。
「あと母さんと総監から“お仕置きフルコース”預かってるから覚悟しとけ。」
「ちょ、なんでその情報知ってるんですか!!」
「捜査員の情報網をなめんな。」
周囲の刑事たちがくすくす笑う。
この何気ない空気が、
麗の心を少しずつ正常に戻していった。
◆5 麗、再推理開始――“影武者の違和感”
麗は鮫島に新しい資料を要求した。
「事件3……
罪の粒の散布が“手作業っぽい”んです。」
「お前、昨日は
“犯人がメッセージを変えた”って言ってただろ。」
「違います。
昨日の私は……ただの暴走です。」
鮫島が口角を上げる。
「認めるのはえらいな。」
「……散布の“ばらけ方”が違うんです。
最初の2事件は“歩きながら自然に落としてる”。
でも3件目は“撒こうとして撒けてない”動き。」
「つまり……?」
「“別人が模倣した”可能性が高いです。」
鮫島が目を細めた。
「宵宮。
本物と偽物がいるって言いたいのか。」
「はい。
でも——まだ特定できるほどの情報はありません。」
(※本物=朔弥
偽物=美音
麗はまだそこまでは気づかないが、方向性としては正しい)
◆6 その頃――本物の影喰いのピエロ(朔弥)
夜の倉庫街。
白い仮面の男が、
闇に溶けるように歩いていた。
朔弥は小さくつぶやく。
「……また“違う犯行”があった。」
独特の犯罪者の勘が告げていた。
(俺じゃない誰かが……俺になりすましている。)
そして、彼は知らない。
自分が追うべき影は
“自分の妹”だということを——。
◆7 美音の秘密ノート
深夜。
美音は寮の自室で、震えながらノートを書いていた。
《兄さんのことを知ってしまった。
でも言えない。
言ったら兄さんは終わる。
私が守らなきゃ。
誰にも、絶対に……》
ページの端には
“影喰いのピエロの仮面の簡単なスケッチ”があった。
だが、それに涙の跡が落ちる。
(ごめんね……ごめんね兄さん……
私が……罪をかぶるから……)
美音は自分の胸の奥から湧き上がる
“横溢する恐怖と愛情”に
押しつぶされそうになっていた。
◆8 翌日——麗は“正しい方向”に戻る
「鮫島さん。
もう一度、最初から事件を並べ直しませんか?」
「いいだろう。お前の復活記念だ。」
麗は静かに言った。
「私はもう暴走しません。
……影喰いのピエロは、必ず捕まえます。」
(その目だ。その目に戻ってくれりゃ十分だよ、宵宮。)
鮫島は心の中でつぶやいた。
麗の推理は
“もう一度、真実へ向けて動き始めた”。
しかしまだ——
“美音の影武者”という最大の狂いは
彼女の前では霧のように見えない。
だが、その霧は
次の事件でゆっくり晴れていく。




