合い言葉はボタンじゃなくて
とある秘密組織がある。
厳重なセキュリティを突破した後に、最後に待ち受ける関門は合い言葉。
それが「ボタン」らしいと聞いた彼は、組織への潜入を試みていた。
「合い言葉は?」
「『ボタン』」
警戒心を露わにし、問いかける警護の人間に彼は堂々と答える。当然だ、そんなことは知っていると言わんばかりの態度。そうすることで、かえって相手の気を緩ませるのだ。
これで無事に潜入できるはず……そう考えた彼だが、警備員はまだ疑わし気な口調で続ける。
「ボタンじゃなくて」
「え?」
「だから、ボタンじゃなくて!」
「は、何が……」
慌てていれば、様子がおかしいことに気が付いたのか警備員はすぐに叫ぶ。
「っコイツ侵入者だ! 今すぐ捕らえろ!」
その瞬間、警護の人間が大勢詰めかけてきてあっという間に彼は拘束された。
(何だ? 合い言葉の情報が間違っていたのか?)
混乱する彼だが、説明してくれる人間は誰もいない。ただ自分が潜入に失敗したこと、それによる「罰」が待ち受けている事実だけを把握し――そのまま、絶望することしかできなかった。
「合い言葉は?」
「ボタン」
「ボタンじゃなくて」
「豚バラよ!」
正しく合い言葉を口にした組織の一員に、警護の人間は「よし、通れ」と命令する。その様子を見ていた、新米の警備員は「あの」と声をかけた。
「今の合い言葉、どういう意味なんです? なんで『ボタン』って一回言わせた後、わざわざ別の合い言葉を続けるんですか?」
「ん? お前、知らないのか?」
首を傾げる後輩に、古参である先輩警備員が続ける。
「昔、放送された大ヒットドラマ『牡丹と豚バラ』だよ。生き別れの姉妹がイノシシの肉を使った牡丹鍋を作るか、それとも豚バラ肉を使った豚バラ鍋を作るかで時に愛し合い時に激しく憎み合う。その作中で出てくる、有名なセリフが『牡丹じゃなくて豚バラよ!』なんだ」
「そ、それを言いたいがために合い言葉にしたんですか?」
若干呆れ気味に答える後輩に、「ドラマ知ってる奴ならピンとくるからな」と笑ってみせる。
「まぁ、合い言葉はセキュリティのため定期的に変えるし……この合い言葉も、そのうち変わるだろ」
能天気に笑う古参の警備員は、『牡丹と豚バラ』の主題歌を口ずさむのだった。
12/1 [日間]推理〔文芸〕 - 短編 1位ありがとうございます。




