第9話
まだ陽も登らぬような朝の頃、オレは出来立てほやほやのご飯を作り終え、パチンと、タッパーなお弁当箱に厳重封印した。
「クソッ、どうしてオレが早起きなんて汗水を垂らさなきゃならんのか」
世の中は本当に理不尽である。才能ミソッカス主人公が頑張っているのだから、もう少し優しい世界であれと言いたいところだ。
お弁当袋を携えて、一限が始まる一時間以上も前に寮を出る。
早朝の空はまだ薄い紺色を残していて、肺に運ばれる冷たい空気がとても心地良い。いや、違う。そうではない。
「本当ならまだぐっすりスヤァ……な時間なんだぞ!」
なにゆえオレが朝っぱらからカッカして聖域から逃げ出さねばならないのかと言えば、いつも通りの時間に目覚めていては必ずカスなお姉さんに待ち伏せされるだろうことが予測できたからである。
そのためオレはこうして人気のない公園のベンチに座り、寒い外でお弁当を食べなければならないのだ。
「ふぅ……ここならあのカスねぇも居ないか……」
左右を指差しして安全を確認し、朝食を摂り始める。
と言うかいま気が付いたが、この時間から活動すれば青い悪魔にも性別不詳魔女にも会わなくて済むらしい。つまりはオレはギルドへ強制連行されることなく、未来物産の作成に取り組むことができるということだ。
フッ……どうやらオレはまた新たな自堕落ルート(本末転倒)を開拓してしまったらしいな。早起きは三文の徳とはよく言ったものである。
「よし。今日から朝五時起きをもう一時間早めるとしよう」
「少年、その卵焼きはお姉さんがいただくよ」
「どうぞどうぞ」
「じゃあボクはそっちのタコさんウインナー!」
「いいぞいいぞ」
……クソッ、どうなってんだ!
気が付くとベンチの両隣は人肌の温もりで支配されていた。オレは両手に花を持たされた反面、弁当の中身を無許可で失う羽目となった。
あまりに恐ろしい夢から覚めるために、弁当箱をひっくり返す勢いでベンチから立ち上がる。
宙を浮いた朝ご飯は、カスねぇの無駄に高い魔法技術によって風を纏い、その健啖の中に吸い込まれてしまった。
「うーん。いっぺんに食べると不味いね。でも特別に、お姉さんのお弁当製造機にしてあげよう」
「だめ! シアンはボクのものなのっ!!」
「なぁ二人共。オレを小間使いの前提で会話するのはやめてくれないか」
どっちの未来を選んでも下僕確定なのだから酷い。せっかく一時間も早く起きたのに、なんで二人共オレをストーキングできているのか。
なに? ルルアは朝の自主錬していただと? はぁ~~~~……才能持ってる奴が更に努力とかやめてくれんかね? オレの立つ瀬がないだろ。
「じゃあシアンも頑張ればいいだけじゃん……って言うか、このお姉さんだれ」
「私はネオ・フロンティア随一の魔法使いなお姉さんだよ」
「騙されるなよ、ルルア。最近オンボロ寮に引っ越して来たカスなお姉さんだぞ」
「じゃあシアンと一緒で弱っちいんだ!」
「まさか。魔力量ゴミカスな少年と一緒にしないでよ。お姉さんは諸事情でT通貨不足なだけさ」
ものの数秒でオレの評価が地を破って闇の深淵へと叩き落とされる現実には驚愕を禁じ得ない。コイツら人の心とかないんか……?
しかし羽虫にかける温情はあったようで、オレはルルアから朝ご飯代わりに受け取ったパンをガシガシと齧る。昨晩に吞み潰れたバカ達が路上に倒れ伏す街中を歩き、ちょっとした城みたいなギルド本部へ立ち入る。
普段はこの朝の時間に鍛錬をしているのだが、ルルアの前で汗水垂らすのは恥ずかしいので今日は余裕ぶっておく。このツケは未来のオレが支払ってくれるだろう。
それより、カスねぇはいつまでオレ達に付いてくるのだろうか。アンタ候補生じゃないだろ。講義を受ける必要ないだろ。
「少年は新入り候補生だからね。T通貨の増減に関するルールをよく知らないんだろ?」
「候補生はランク戦とクラスによる影響が大きいと聞くが」
「他にも色んな方法があるんだよ」
ぐでーっと机に倒れた状態から立ち上がり、ふさりと、カスなお姉さんはライトグリーンの長髪を揺らしながらヤサグレ目元にオレを見下ろす。
「例えば、ギルド正規員なお姉さん──ウィッカ・クルークハイトが、少年たち候補生に講義をしてあげたり、ね?」
♦♦♦
常識忘却系魔女こと僧侶ティナが設立したギルド『英雄の守り人』には、要塞都市ネオ・フロンティアのみで利用可能な独自通貨が発行されている。
それがT通貨(ティナ通貨)とかいう自尊心の塊のふざけたコインであり、『英雄の守り人』に所属する者は、基本的にお給料としてT通貨を支払われるとかいうやりたい放題のクソ仕様である。あの魔女はいつか理解らせなければならない。
で、だ。お給料(T通貨)がいかなる基準で増減するかと言うと、それは偏にギルドへの貢献度合いによる。
たとえば、ギルド依頼の魔物討伐、街の清掃活動、ランク戦による序列の向上……etc。
「その一つの講義が、貢献度稼ぎに手っ取り早いんだよ」
と語るのが、カスなお姉さんである。今は上等な魔女帽子なんか被っちゃって、教壇の上でステッキを振りながら魔法の実演をしている。
「見て見てシアン! ほんとに石っころに魔力が貯まったよ!!」
と興奮冷めやらぬ様子で課題を達成するのが、オレの青い悪魔である。ルルアは指先なんかで魔力を込めちゃって、あらん限りの才能をオレに突き付けている。
……オレ? オレぐらいのレベル(救いようのない最底辺)になると、意味ないから諦めたよ?
「やぁ、バカ弟子。真面目に講義を受けないなら、来月のT通貨は半分にするよ?」
「師匠。この講義室でオレほど真面目に講義を受けている候補生はいませんよ」
神出鬼没な森の魔女の一言にオレはピンと背筋を伸ばし、死に物狂いで石ころに魔力を伝えた。
オレのゴミカス魔力量は瞬く間に石ころに吸い尽くされ、魔力枯渇の倦怠感に倒れ伏すこととなった。
「しかし師匠、なんで講義なんかに」
「ちょっと彼女のことが気になったからね、気落ちしているかと思ったけれど、うん。元気そうにやってるじゃないか」
「なるほど。師匠も若人から生気を貰うポジションになりましたか。乙です(笑)」
オレは未来視で培った若者構文で師匠にエールを送ったはずなのだが、気が付くと講義室の地べたに押し潰されていた。
パッパと白い手袋を嵌めた両手を払う魔女である。
ヒッとオレから距離を取る候補生半分、いつものことかと無視する候補生半分。助けてくれる者はいない。いつからオレは魔女のサンドバッグに公認されてしまったのだろう。
悔しさのあまりしめじめと涙を流す、フリをしながら地べたに這いつくばることで自堕落に身体を任せていると、講義室の入り口に立つ一組の男女を見た。武装しているあたり、討伐帰りだろうか。
「ハッ、こんなところで講師とは、アイツも落ちたもんだぜ」
「やめなよ、聞こえちゃ可哀想でしょ? 才能の無駄枯らしなんだから」
カスなお姉さんに対する陰口である。
まぁ、ウィッカさんはカスはカスなのだが、カスにはカスなりの事情というのがあるので、つまりはカスという事実は変わらないのだった。
「いいよ、シアンくん。私が行くからキミは講義を聞いていると良い」
汗水垂らすのが大っっっ嫌いなオレが、わざわざ腕をまくって二人組を追い掛けるはずがないんだがな、師匠は慈愛の微笑みでオレの脳みそをぶっ壊してから講義室を出ていったよ。
師匠によるお仕置きコースが確定したあの二人組は気の毒なものだった。回復することさえ忘れられて床に痙攣したままのオレは、もっと不幸だった。
「ボクの作った回復魔石使っていいよ!」
青い悪魔手製の回復魔石を受け取る。しかしこの醜態は演技なので、回復魔法はいつかの為に取っておくことにする(質に入れる)。ルルア、お前の努力は無駄にしないぞ。
遠くから、森の魔女に鍋の材料にされて絶叫を上げる二人組の声が聞こえなくもない中、閉講の鐘の音。結局オレは魔石を作り出せないままで、は~、補修確定じゃん。
はずなのだったのだが、なにやらカスねぇはオレに補修を言い渡さなかった。
オレだけが取り残された講義室で、だるそうに魔女帽子を放り投げたウィッカさんはニコリと言う。
「少年は、魔法が苦手で補修をしたくない。お姉さんは、毎日朝ご飯を作って欲しい」
長くて綺麗な人差し指が一本、気怠そうな重い二重の前に浮かんだ。
「一つ、取引をしないかな?」
♦♦♦
近所に住んでいるカスなお姉さんとも契約を果たし、一週間、オレはお弁当箱をパチンと閉めて玄関扉を開けた。
「こちらが本日の貢ぎ物になります」
「遅いよ、少年。お姉さんお腹と背中がくっつく前にご飯を用意して欲しいな」
そんなカス過ぎるやり取りが玄関先で行われるこの頃なのだが、今日はカスねぇが居なかった。
ならばあそこか。せっかくの休日だのに、身支度を整えるという大層な重労働を行う。
あの人はカス過ぎるあまり寮の水道さえ止められるからな。そういう時は、よく縄張りの公園で寝泊りしている。風邪ひかないだろうかと心配にも思うが、あの人は魔法で暖を取れるので問題ないのである。
「どうしてオレにはその程度の魔法すら使えないのか。このギルドで一番魔法の基礎を練習しているのは、間違いなくこのオレだというのに」
才能の偏った世界にクソクソ言いながら、魔法行使をボフボフ失敗させつつ公園へ向かう。ベンチに人影を見つけた。
ウィッカさ~ん、今日もオレが朝ご飯作ってあげましたよ~。
「ルルアくん、中々美味しい朝ご飯を作るね。ありがとう」
「へへーんっ! ボク、シアンよりお料理上手だもん!」
アガガガガガガッッ!!
公園に広がる光景は、カスねぇがオレの愛妻弁当を差し置いて青い悪魔のお弁当を美味しそうに抓むものだった。
恋人を取られたような感覚が脳天に稲妻を弾け、オレの性癖はぐっちゃぐちゃに破壊されてしまった。
「あっ、シアンおはよ!」
「あぁ、少年。毎日作り手が一緒だと飽きちゃったからね、今日はルルアくんに頼んだんだ」
擁護できないほどのカス発言だ。
もう知らない。ぜったいお弁当作ってあげない。オレは悔し涙を禁じ得ず、向かいのベンチで一人朝ご飯をかき込んだ。
ボロいローブを纏ったカスなお姉さんは、その身体ごとルルアにすり寄っていく。
「それよりルルアくん、最近懐が寂しくてね、ギャンブルで一稼ぎしたいんだけど……」
「え、えぇ……? でもお金のやり取りは……」
「お姉さんと、友達だろ?」
「友達……友達……まぁ、T通貨余ってるしいっか……」
「ルルア。そのドラ猫はカスだからネギ箱に入れて外に返しなさい」
「ペットにしないよ!?!?」
なんだ、飼うつもりじゃなかったのか。オレの野生のカスねぇが他の奴に取られなくて良かった。
あぶく銭を咥えて街中へと走り去るドラ猫は、いつまでも近所のおばあちゃんに餌をたかる地域猫であってほしいものである。
となると、公園に残されたのはオレとルルアだけであり。
「……なんか、二人っきりって久しぶりだね!」
「せっかくの休日だからな、有意義に過ごそう」
「じゃあ一緒にお散歩しよ!!」
「オレは家でゆっくりしたいんだが」
「お散歩!!」
どうしてオレ達はこうも馬が合わないのだろうか。青い悪魔に無理やり腕を引っ張られて、ネオ・フロンティアの賑やかな大通りへと繰り出す羽目になる。
商人やら馬車やら兵士やらが入り乱れる大通りを歩く。ただ歩く。コイツ……どんだけ歩くつもりなんだ。
もう足は棒になったぞ! オレを虐めるのがそんなに楽しいのか!!
ルルアが急に立ち止まって、その顔を伏せた。
「……ごめんね、シアン」
待ってくれ。
オレはお前にそんな顔をさせるつもりはなかった。ただいつもの軽口の延長線上で悪態を吐いただけでお前を傷付けるつもりなんて微塵もなくて、オレはお前とのこの距離感が心地よいと思っているだけだったから、つまりはルルアに嫌な気持ちさせたかったとかそういう意図の発言じゃないんだ。本当なんだ。
と言うか、なんで急にメンタルが弱った。蒼穹の瞳を伏せたルルアを前に、一人ダンスを大通りであたふたと踊るオレである。
「こんなの……詰まんないよね」
「そんなことはない。オレが一番好きなのは自堕落だが、その次にお前と過ごす時間が来るぞ」
……しまった。
おのれ青い魔王め! なんて卑劣な作戦なんだ!!
くるりと蒼穹の瞳を丸めるルルアを追い越すようにズカズカと街を進む。はずが、いつの間にかフルパワーの元気を取り戻した笑顔満面のルルアに引っ張られていた。
オレの残り体力はまるで考慮されていない。やはりルルアは青い悪魔であることを再認識した。
「ねねっ! 次はどこ見に行く!?!?」
「そ、それよりルルア。向こうの通りでクッキー詰め放題が開催されるらしいぞ」
「え˝!? ちょっと行ってくるね!!!!」
フッ、勝ったな。
やはりルルアは勇者ごっこか食べ物。チョロいもんである。
オレは嵐のように道の中央を爆走するルルアの背中を見送り、
さて、ここからが《b》未来視の本題《/b》だ。
大通りから外れた隘路へ踏み入る。両脇が建物に囲まれ、日差しが暗闇に覆われていくにつれて、表通りの喧騒も遠のいていく。
「見ない顔だな。新入りか? だが、ここに来たってことは……《b》コレ《/b》が欲しいんだろ?」
怪しげな声が、細い隘路の向こうから聞こえた。
ゴミ箱の影に身を潜めて様子を伺う。
イカツい男だった。そしてその男は、刺青の入ったその手に《《白い粉》》をひらひらと振っていた。
その見るからにやばいブツへ縋り付くように、ぬっと、細い腕が闇から伸びる。人影が、灯りに引き寄せられる虫のように、こちらへとふらつく。
やがてその姿は、陰りの奥からハッキリと見えて。
「あ、あぁ…………それを、私に」
売人と話しているのは、近所に住んでいるカスなお姉さんだった。




