第7話
後頭部がぐわんぐわんと痛い。
でも、これが未来視の影響ではなく単に爆裂魔法の余波でフッ飛ばされた結果なのだから、なお質が悪い。
無理だろこれ……。
なんとか受け身を取ったが既に全身がヒリヒリと痛くて、オレはもうギャン泣きしたい気分である。
「おおっ~と! いきなり『爆熱』のレッシュお得意魔法が炸裂~っ! その異名に恥じない豪胆っぷりだーっ!!」
ほんと、いきなり人に魔法をぶっパするとかどういう教育を受けているのだろうか。
武才に伴う英才教育か。クソだな、クソ。
「早くもランク戦は閉幕か~?」
「うるさいぞ審判!」
「それがクラス戦でのエンターテイメント要素というものですよ、シアン選手!」
喧しい審判の実況に眉を顰めつつ、土埃の中をふらりと立ち上がる。
まだ候補生だというのによく磨き上げられた爆裂魔法を前に、観客席は感嘆の声で溢れていた。
それに酔って気を抜いてくれたらいいものを、レッシュは油断せず周囲の魔素を自らの魔力に練り込み、次なる爆発球を宙に浮かべている。
「魔力強化には優れるか。いや、魔法が不得手である裏返しというわけか」
「易々と踏み入ってくれるなよ。これでも結構苦労してんだぜ」
爆発の雨がまた降り注ぐ。これが観客席に居れば綺麗な光景だと見上げられたのだが、闘技場にこき下ろされてはそうもいくまい。
オレは身体中に魔力を張り巡らせ、高速に循環する。
魔力強化(身体強化)を纏った身体で、余波を皮膚に掠めながら一気にレッシュとの距離を詰める。
「その首寄越せやゴラァァアアッ!!」
「お……おお? どういうことだシアン選手! 序列最下位でありながら第四位に喰い下がっているぞ……!?」
食い下がらなきゃやってられんからこうなっているのだ。
魔法の使えないオレがコイツに勝利する唯一の道筋は、魔力強化した拳をぶち込むこと。
けれどそんなことは誰の目にも自明の理であって、故にこそレッシュは徹底的に爆裂魔法の弾幕を張る。オレを近づけない。一歩詰めたところで、二歩下がられる。人生かな?
なんとか爆発を掻い潜って右拳を振り絞るも──罠。右腕全体が爆裂魔法に弾け吞まれた。ぶらりと脱力する。
颯爽と後方へ退く赤髪は、爽快な顔つきの癖にねちっこく爆裂魔法をぶつけてくる。
「最下位には少し苛烈すぎる一撃だったか?」
「そう思うんなら少しは手心を加えて欲しいもんだぜ……!」
魔力を湯水のように使えるのがズル過ぎる。金は天下の回りものだと言うのだから、才能も同じくであってほしい人生だった。
「テメェがその気ならなァ!」
オレは力の入らぬ右腕に歯を食いしばり──円形の決闘場で、思い切り地面を蹴飛ばす。
土煙が舞い上がる。
「目くらましか? 魔力感知のできる相手には通じんぞ」
当然、オレのゴミカス魔力が感知できるレッシュは、視界に頼らず爆裂魔法を土煙へ的確にぶっ放してくれる。
だが──それで充分。
視認性の悪い空間で魔力の揺らぎが曖昧になれば、《《オレから魔力の弾丸》》を放っても、早々気が付かれることはない。
「……ほう」
……はずだったんだけどなぁ()。絶望の回避音が聞こえたぞ……。
「な……なんだ今の一撃は~!!」
動揺に大声を震わせる審判。
土煙を穿った魔力の弾丸はあらぬ方向へと消える。
直前になって大地を蹴ったレッシュは頬に浅く血を流し、ぺろりと舐めとった。
「……今のは少し肝を冷やした。これで最下位だと? 道化が」
魔法が使えなくて魔力を撃ち出すことしかできないから最下位なんだよ!
「だが、今ので元より少ない魔力量がごっそりと減ったな」
「その割に、アンタは随分と元気そうだ」
「そうだ。そしてこのまま勝負が進めば、勝負の行方は明白だろう」
レッシュの言う通りである。
油断させても魔力弾が通用しなかった現状、オレに勝ち目は一切ない。非常に悲しいことに武才も魔力にも愛されない凡人では、これが限界地点である。
もーぜってぇ戦闘服破れて肌も焼け焦げてるだろうし……あ~~~~、これ以上は汗水垂らしたくねぇ!!
これもどれもぜんぶ未来視のせいだ。戦いたくない人間に戦う理由を与えないでくれ。
「初めはルルアが貴様を選ぶ理由が分からんかったが、ふむ、決してただのグズではなかったらしい」
レッシュとは対照的に、オレは荒ぶる呼気を整える。
「だが、俺は強き者となることにしか興味はない。これ以上の闘いは無駄だ」
「おい。もっと早くその言葉をくれよ」
だったらオレがぜぇぜぇ息切れする必要もなかったのにね。
ぐっと、前傾姿勢に移る。
ピクリとレッシュの険しい眉間が動く。
「……無謀な男の意地でも見せる気か?」
「さて、な」
ハ~~~~……やれやれ。『《《本気》》』でやるのはあまり好きじゃないんだがな。その後が怖いから。
だが、オレにはクソッたれな未来をぶち壊す使命がある。そして今更、ルルアの前で無様な敗北を喫するつもりもないのである。
つまりは。
「降参しないのならば、止めと行くぞ──」
決闘場の指揮者が右腕を振るう。
宙に浮かぶ無数の爆裂魔法が、大きく揺らいだ。
そして流星群のように大地へ降り注ぐ《b》一秒先の未来《/b》が──眼球の奥を貫く激痛と共に、何重にも重なって映る。
オレは未来を手に取るように、流星群の中を駆け抜けて。
「……なにッ!?」
血と熱風に焼き焦げた拳を、整った鼻頭へ叩き込んだ。
♦♦♦
「な、何が起こった~!? 最下位が第四位をフッ飛ばしたぞ~~!?!?」
その瞬間、レッシュ勝ち確ムードだった外野の声は、一斉に動揺へ塗り替わった。
殴り飛ばされ、壁面に叩きつけられたレッシュと、決闘場の中央に佇んで見下ろすオレ。
観客たちは動揺のあまりある種の静寂に包まれる中、我が幼馴染は観客席から飛び出さんとばかりにキャッキャッと手を振ってくれている。
「行けー! ボクのシアンーっ!!」
ごくごく自然に人を使役する存在とみなしているあたり、あの青い悪魔はやはり魔王候補生なのだろう。
横目に覗いたところで、レッシュがざらついた地面に手を突いて起き上がった。
「き、さま……今のは……!!」
おいおい、それでまだ立てるのかよ。確実に脳震盪を引き起こしてやったはずなんだが……直前で部分的に魔力強化を濃くしたのか?
「ハ~~~~……やれやれ、最上級クラスってのは恐ろしいもんだ」
オレは命の鼓動を削ってこの場に立っているんだぞ。サッサと降参してくれ。
でも右眼に映るのは、牽制に爆裂魔法を放たれる未来だね。それ牽制の威力じゃないぞ。
右眼の激痛と引き換えに、直近の未来を見れるようになった新生未来視くん。
利用することで魔法発射のほんの僅かな隙間を縫って、オレはゆっくりと足を引き摺る。
「今の、速さ……単なる魔力強化では──ま、まさか!!」
とそこで、レッシュくんはオレの両足に気が付いてしまったらしい。
気高く整った顔が、魔王でも目の当たりにしたみたいに青く染まっていく。
「俺の魔法を自ら喰らって、推進力にした……!?!?」
オレの両足は、《《爆裂魔法で深く焼け爛れていた》》。
本当に痛いし辛い。だから汗水垂らすのは嫌いなんだ。一秒でも早く苦痛から解放されたいので決着を付けよう。今すぐ終わらせよう。
一歩ずつ詰め寄る。レッシュは目を見開いて、オレを見上げている。
「き、貴様! これはあくまでもランク戦だぞ!! 何をそこまで、いや──」
「──なぜ、その足でまだ動ける!!」
まぁ、言いたいことは理解しよう。オレの自爆特攻に、これまで散々オレを虐めてきた師匠もちょっと眉を顰めてるからね。だが。
「愚問だな。んなことは」
オレは不意と、視線だけを観客席に乗せて。
「ルルアが期待してくれてんだ。負けられるわけ……ねぇだろ?」
さて、そろそろチェックメイトと行きますか。
未来視によると……ほ~ん。地面に隠された爆裂魔法があるのか。ちゃんと避けないと、ちゅどーんと吹っ飛ばされる未来が待ってますよと。
ほんとクソだな。いつの間に仕掛けたんだ。コイツら才能あり過ぎだろ。
「さぁ、来いよ、第四位サマ。オレがテメェに引導を渡してやるぜ」
後は煽るだけ煽り散らかす。ドッと、観客席が沸き立つ。
呆気にとられたようにオレを見上げていたレッシュは──瞬間、思わず熱さを零したように、口角を吊り上げた。
「……シアァァァアアンッッ!!」
あらん限りの魔力がうねる。爆裂魔法が闘技場を抉り壊す。
爆音と共に舞い上がる土煙。
その向こうから現れたのは──火傷跡に鋭さを帯びた、オレの拳で。
「しょ……勝者、最下位シアン!! 世紀のジャイアントキラーの誕生か~~!?!?」
審判の判決を経て──静寂が、大歓声に変わる。
しかし身体は限界ブッチギリの状態だ。拳に響く余韻も、ガクリと倒れたレッシュも、オレを呼ぶコールさえもが遠のいていく。
それでもオレは、ボロボロの身体をゆっくりと翻し、ニィと、拳を観客席の悪魔へと突き出した。
「見たか、ルルア。勇者になるのはこのオレだ」
直後、意識が途切れた。
♦♦♦
「レッシュ、どんな時でも強くあれよ。それが俺たち騎士の在り方だ」
ずっと、強くなりたかった。
両親の魅せる背中に憧れていた。
両親は魔物との戦いで死んだ。だから幻影を追い求めた。あの日に両親の遺した言葉に従って、がむしゃらに力を磨いた。
もう、何も失わなくていいように。ただ力を。それが強さだと信じて。
両親の背中が離れていく。
まだ、力が足りないのか。弱きを切り捨て、ひたすらに力を求め。
けれど──きっと、違ったのだ。
「さっすがシアン~! やっぱりボクの見込んだ通りだよ!!」
「だろう? ルルアちゃん。私の目に狂いはなかったんだよ」
「良いから治療して欲しいんだが……」
ランク戦とは打って変わっての覇気のない声に、俺はパチリと目を覚ました。
「え~? せっかくだし一緒に最上位クラスで頑張ろうよ!!」
「良いか、オレはあくまでも楽して一攫千金が目的であってだな、本来は汗水たらす戦闘なんて野蛮なことはしたくないんだ」
「じゃあなんで今回はボクの為に頑張ってくれたの!」
眩しいまでのルルアの笑顔に、ベッドに倒れたシアンは、《《特徴的なオッドアイ》》の目を逸らした。
「お前みたいな馬鹿には分からない特殊な事情のゆえ」
「本当に、キミはなんというか……」
「あっ、百年恋人なしにそれ以上の悪口は言われたく」
気が付くとシアンは治療された形跡もないというのに医務室の固い床に叩きつけられていた。
ギルド『英雄の守り人』の長、ティナ。
自由奔放とは聞いていたが、これほどとは恐ろしいものである。
床にピクピクと痙攣しているシアンに絶句していると、俺が起きたのに気が付いたルルアは、むふりと楽しそうに頬を膨らませた。
「んふ。面白いでしょ、ボクのシアン」
決闘場に見た彼の姿を思い出す。
両親の言った……騎士の強さとは、きっと、他者の為に負けない──。
「あぁ……本当に、奇天烈な奴だな」
両親の背中が、初めて、指先に触れた気がした。
♦♦♦
「これで一つ目の未来は解決ってか?」
師匠に愛の治療(暴力)をしてもらって、帰宅後、オレは机の引き出しに厳重管理した秘密日記の一か所に線を引き、クソ未来表に匙を投げた。
「あー、クソ。このギルド厄ネタの宝物庫じゃねぇか」
右を見ても左を見ても、将来勇者なルルアに危機が及ぶ事象の種しかない。
なにが次代の勇者を鍛えるための修練場だ。むしろ次代の勇者の芽を摘むための魔王の収穫場だろこれ。
「まぁ、何はともあれ、これでレッシュ問題は解決したな」
未来視も不完全なもので、その人の中身を何まで見れるようなものではないが、恐らくあの未来でレッシュは、己を負かしたルルアに強い苛立ちを覚えていたのだろう。だから背中から刺したのだ。
「正直、気持ちは分かる」
ルルアは顔がすごく可愛い(当社比)だけで、中身は性格カスのナチュラル煽りモンスターだからな。レッシュくんにはちょっと同情する部分もあるよ……。
だがオレがルルアの代わりに散々煽っておいたので、これでどう転んでも最悪オレが刺される未来で済むだろう。
「はぁ。一体いつになったら、オレのバカンスは訪れてくれるのか」
青い悪魔が勇者として無事に魔王を倒した後なのだろう。遠すぎる。惚れた弱みとは本当に苦しいものだ。
クソデカため息を吐いてベッドにもたれ込み、未来視の過負荷により痛む右眼を闇に閉ざす。
絶望の未来が絡まり合ったギルド生活は──まだ、始まったばかりだ。
これにて二章はおしまい。こんな感じで章自体はテンポよく進んでいきたい人生です。
次章は『近所に住んでいるカスなお姉さんの話』。
章タイトルで分かるね? つまりは性癖バトルロワイヤルの開催ってことだよ()




