第4話
前回のあらすじ
師匠最強! 師匠最強! 師匠最強!
「さて、キミたちはどうして森の中に居るのかな?」
「大変申し訳ございませんでした」
森が住処の魔女なだけあって颯爽と現れたティナさんのニッコリスマイルに対し、オレは大地に額を擦り付ける勢いで頭を下げた。
調子に乗って森に入れば邪鬼に追われて、死を覚悟したところで魔物は一刀両断されて……うん。正直言って理解が追い付かないね。
それでも唯一分かることは、この森では魔女の言葉こそが法となることだ。
下手を打てば、邪鬼と同じ末路を辿ることになる。今ばかりはオレも誠心誠意を込めて、直剣を肩に担いだ若作りババア(♂)と向き合った。
「シ、シアンは悪くないの!」
とそこに慌てて割り入るルルア。
だが、森へ入るのを良しと判断したのはオレだ。己の選択とその結果をルルアに帰責するつもりはない。お互いがお互いをかばい合う不毛な時間が続く。
「ボクが……ボクが……」
などと、いつもは元気いっぱいな青い悪魔はしどろもどろとなって、終いには涙目に俯いた。
「……ごめんなさい」
「……これに懲りたら、二度と森には入らないように」
ティナさんは、はぁと仕方がなさそうにため息を吐いた。魔女の裁判はこれにて閉廷だ。
「近頃は妙に魔物が活気づいている……嫌な予感がするんだ」
老年者の勘というのは油断ならない。やはり魔王が誕生する未来は避けられないのか。そのせいでオレは楽して金を稼ぐ生活を得られないのだから、本当に嫌な話だ。
「それはそれとして、シアンくん。あそこで逃げの一手を選んだのは良かったよ」
ポンと頭に白手袋を嵌めた手を乗せられて、わしゃわしゃと乱暴に髪をかき回される。
「だから私は間に合ったんだ」
ぐっと腰を屈めて向けられる慈愛の笑み。金糸の長髪が、さわりと森を撫で抜ける微風に揺れた。普段の青い悪魔と協同するあの姿が嘘のようである。
仮にオレがその正体が年齢性別ごまかしの魔女であることを知っていなければ、脳みそを破壊されていたことだろう。
というか、もう半分ぐらい溶かされているんだが。この人は何か意図的にオレを壊そうとしている気がして恐ろしい。
「来るのが遅すぎて腰をいわしているのかと思いましたよ」
「そうか。ならばシアンくんは今晩この森で野営すると良い」
大樹にロープで括りつけられてわぁわぁ喚くこと暫く、オレは魔女から解放されて命からがら村へと戻って来た。
おのれ、魔女め。いくら安全の下とは言え、9歳児を危険な森に放逐するとはどうなっているんだ。きっと年ボケで常識が抜け落ちてしまったのだろう。狼に噛まれたがなんとか魔力強化で守り抜いた尻を撫でながら、一人頷く。
そうやってブツクサ悪態を突きながら帰路へと着くと、家の前でルルアが突っ立っていた。
しかしその顔色は相変わらず晴れない。まぁ、友達と一緒に先生から怒られた後ってのは、ちょい気まずいからな。
「ルルア。勇者ごっこでもするか」
食べ物か、勇者ごっこか。ルルアはたいていそれでご機嫌になる単純な生き物である。
「ほれ。どっからでも掛かって来いよ、勇者様」
家から取って来た木刀を投げ渡してやるも、ルルアは顔を上げてくれない。どうしよ。異常事態だぞ。
ぐるぐる家の前を歩き回って考え込んでいると、唐突に木刀を返された。
「……今日は、いい」
「やめとくか」
「ううん。勇者ごっこはする」
どんだけ勇者好きなんだコイツ。まぁ、大昔に村を救ってくれた英雄ではあるらしいのだが。
その意図を掴めずにいると、ルルアがゆっくりと顔を上げた。桜色の唇をむず痒そうに噛み締めている。
「でも……今日はね、シアンが勇者でいいよ」
なお、オレは無手のルルアにも勝てなかった。
♦♦♦
ある朝に目を覚ますと、一枚の白い封筒が机に突き刺さっていた。
今日は珍しく『未来視』が発動せず、一日の始まりを清々しく迎えたというのに、途端に謎でモヤモヤさせてくるのは止めて欲しい。
「……ふむ。誰の差し金だろうか」
中身は確認せずに、窓辺の陽光でそれっぽく透かしてみる。
オレ相手にふざけたことを仕掛けてくる馬鹿代表として真っ先に挙がるのはルルアだが、アイツはここまで手の込んだ仕掛けを考える頭を持っていない。
となれば、次点で美貌と引き換えに人間としての常識を失った魔女(♂)か……。
「……いや? 待てよ?」
まさか……そういうことか! 思わず両手を大きく叩き合わせる。
オレは類い稀なる才能(未来技術の盗み見)によって生み出した製品を村を訪れる行商人にコソコソ渡しているのだが、それが聖都で強大な反響を呼び、遂には生産者たるオレに声が掛かったということか! ははーん。どうりで高級そうな封筒に入っているわけだぜ!!
魔女にしごかれ青い悪魔に煽られ、散々な人生を送っていたが、遂にオレにもツキが回って来たか……!
なーんてウキウキした気持ちで封筒を開けたものの、オレはすぐさま手紙をゴミ箱に投げ入れて、中身を見なかったことにした。
「魔女の茶会だったか。危ない危ない。オレはそのまま食われるところだった」
「君のような子供に興味はないさ」
「やっぱりそうですよね。年齢バカクソ離れてますもんね」
なんか自分の部屋みたいに入って来た校務服の魔女である。
流れるように愛の言葉を贈れば、俺は家の庭に放り出されて這いつくばっていた。
「封筒を確認したんだろう?」
「な、なんですかそれは」
「白々しいね。シアンくん、キミにはギルド『英雄の守り人』の候補生になってもらう」
「絶対に嫌なんだが」
大陸中の化け物が集う修練の地。そして魔王が現れた際に最初の砦となる人族最西端の要塞都市の戦闘員。それがギルド『英雄の守り人』だ。
そんな場所に通えば、汗水垂らす未来が未来視なんぞ使わなくてもありありと浮かび上がるから困る。つまりはオレが最も忌むべき地であり、水と油の関係である。
「と言ってもまだまだシアンくんもルルアちゃんも実力が充分とは言えないからね。私が来年に推薦してあげよう。そしてこの一年は更に厳しい鍛錬を付けてやる」
「どうして決定事項になってるんだ! オレは義父さんと義母さんに助けを求めるぞ!!」
なぜかニヤニヤとクッソ綺麗な顔で笑う魔女。
オレは固い意志を以て、居間でくつろぐ二人に傍若無人な魔女の正体を暴露してやった。
「良いじゃないか、シアン。高みに至る者同士で切磋琢磨し合うというのは」
「裏切ったな、養父さん」
脳筋な養父さんは、裏金として上質な剣を受け取っていた。
「あらあら。ティナさんはいつまで経ってもお若いわねぇ」
「ふふっ。相変わらずお上手ですね」
「あぁ、ティナさん。やはり少なくとも50歳いじょ」
「君は聡明なる母上から何も学んでいないらしいな」
あろうことかオレは両親の前で床と接吻させられた。
本来であれば由々しき事態であるはずなのだが、この魔女はオレ達の村を魔物から警護する英雄(或いは無職の穀潰し)であるため、両親は何も言えなかった。
この状況でも流石に性別煽りをしないオレを褒めて欲しい。たぶんティナさんはその点について、年齢よりも色々拗らせている気がする(未来視による高度な勘)からね。
オレは煽りの線引きができる男である。ルルアもちょっとは見習ってほしい。
「というわけだな、シアンくん。既に根回しは済んでいる」
「閉鎖社会と年寄りが我儘というのは本当のことだったんですか」
「学習しないな、キミも」
こんな世界は間違っている。オレは魔女のブーツを舐めながらさめざめと([しめじめと]は古文とかで使うやつ)涙を流した。
「キミは妙に達観した風な態度を気取っているが、ルルアちゃんのことは人一倍大切にしている。そういう奴だ」
「何が言いたいんですか。褒めても『英雄の守り人』の候補生にはなりませんよ」
「彼女が候補生になるとなれば、どうせキミも付いて来るんだろう?」
未来視も持たない人間にオレの人生を見透かされているのは大層気に入らないが、そういうことである。
何度でも言うが、オレは本当の本当に汗水垂らしたくないし、楽して一攫千金コースで人生を送りたいと思っている。しかしそれはそれとして、みすみすルルアを死なせる気もないのである。要は欲張りなのだ。
「はぁ~~~~……どうしてオレの人生は思った方向に進んでくれないのか」
「人生の舵を完璧に取れる人間なんてどこにも居ないよ。私だってこんな美人として生きるとは思いもしなかったさ」
「老婆の知恵は胸によく響きますね(笑)」
名無しのシアン。齢12歳。生まれてこの方、道を踏み外し続けて今に至る。もうここまで来たらいっそのこと一周回って正道に返って欲しいのだが、代わりに魔女の魔法で目を回されている現在である。殺す気か!
なんて地べたに仰向けになりながら駄々をこねたところで、もう、答えは決まり切っている。
『未来視』で見た情報によれば、誠に遺憾だが、オレがギルドに所属することで開ける道があるはずだから。
「良いぜ。候補生になってやるよ、『英雄の守り人』のな」
一年後、オレは自らの選択を大後悔した。
これで一章は終わりです。次回から『クソザコナメクジ、世界最強ギルドにぶち込まれる』編です。




