第3話
悪しき魔女との契約(半強制)を経て、一年ほどの歳月が経過した。
朝、『未来視』の反動に頭を抱えながら身体を鍛える。陽が昇れば魔法の鍛錬。日が傾いても鍛錬。沈んでからももちろん鍛錬。
「オレは悟りでも開こうとしているのだろうか」
絶望の未来を垣間見てからというもの、楽して一攫千金を狙うオレの日々は酷いものだ。
本来であれば12歳時点でオレは未来技術奪取により世紀の発明をもたらし、今頃聖女様にでも大事大事にニャンニャン飼われている予定だったのだが、現実のオレは、今日も未来視にベッドで頭を抱えているのである。本当に解せない。
それはさておき、今日はいつまで経っても青い悪魔が襲来してこないのだが……。
「……おかしいな。アイツが風邪を引くとは思えないんだが」
随分と頭痛もマシになったところで、部屋の中をぐるぐる回りながらポツリと零す。
今更だが、オレの朝の流れを説明しよう。
朝、オレは高い確率で未来視に頭を抱えて目を覚ます。そのままゴロゴロと痛みにのた打ち回った果てに、自堕落な二度寝を試みる。のだが青い悪魔が部屋に侵入してきて、そしてオレを地獄へと連行する。
ところがどっこい、今日はルルアが来ません。
おぉ、神よ。やはり人の子には安息が必要なのですね。となれば早速、今日は一日未来視の制御にでも。
「……大丈夫かな」
自堕落とはかけ離れた毎日を送っているせいか、妙に目が冴えてしまった。
熱とか出してたらどうしよ。でもそんな未来は見てないしな。クソみたいな未来がある以上は他で命の危険はないと思いたいが、あの未来が確定したものかは分からないし……あぁ、不安だ。
ちょっとだけ、見に行こっかな?
うん。外に出るわけじゃない。玄関をそっと開けて、向かいの家の様子を。
「《b》ばぁっ!!《/b》」
……???
不意打ちで家の前を浮かんだルルアの満面の笑み。思い切り玄関扉を叩き閉めた。バクバクしてる胸をぜぇはぁ息を切らしながら抑える。
なんだ、今の青い悪魔は。心臓破裂するかと思ったぞ。
「だがとにかく、聖域は保たれたな。よし、今日は一日家に引き籠ることにしよう」
「ヤダ! お外で遊ぼ!!」
なにかがおかしい。オレには、家の中で白っぽい紫髪をほわほわ揺らすルルアが見えるんだが。
「扉閉まる前に魔力強化で滑り込んだの!」
「フィジカルお化けが!」
これだから優秀なガキは困る。せめてその才能の半分をオレに分け与えて欲しいものだ。
さすれば、コイツは勇者に選ばれるようなことがあるはずもなく、オレは今日から汗水垂らさずに生きられる。良いことしかない。ルルアから才能ちゅーちゅードレインしてやろうか。
「それで、ルルア。アレはなんの試みだ。お前のせいでオレの人生は捻じ曲がってんだから、せめていつも通りの朝を迎えさせろ」
「すっごい自分勝手な意見……」
「お前にだけは言われたくない」
「でもいいよ! ボク今日で12歳になったもん! へへーん! シアンよりお姉さん!!」
肩先で寝癖な毛先をはねさせながら、ない胸を張るルルアである。
そう言えば、今日はコイツの誕生日だったな。毎日が絶望すぎてすっかり忘れていたぞ。
「ほれ、ルルア」
部屋へ戻って、念入りに準備しておいたプレゼントを投げ渡す。
「……髪飾り?」
「そうだぞ。オレの圧倒的センスにより時代を先取りした髪留めだ」
「ふーん……なんか、前衛的だね」
超未来で大流行した髪飾りの再現だぞ! もっとありがたがれよ!!
押し花と柔らかい木の繊維を使って再現した逸品だ。本来であれば今年はこの髪留めを量産し、大陸への展開を目指していたのだが、例にもよってクソな未来の為に計画は無期延期と化している。
手のひらで受け取ったルルアは、屈んだり背伸びしたりして色んな角度から眺めたり、くんくんと整った小鼻に匂いを嗅いだりしている。
あぁ、そうか。頭が可哀想なルルアは、これを食べ物か何かだと思っているのだろう。渡す相手を間違えたか。魔女とかにしとけばよかったかもしれない。
「やっぱりお前はお菓子とかの方が良かったか? 宝石より肉の方が好きそうだもんな」
「あっ、いま馬鹿にしたでしょ! ボクだって女の子だもん!!」
「充分知っているが。要らないなら、その髪飾りは売っぱらうことにする」
「もうこれボクのもの! シアンには返さないっ!!」
ルルアはぱぱっと白紫の髪に髪留めを付けた。
「ふふーん! 似合ってるでしょ!!」
これからも未来視はクソだと思うが、偶にはこうして役立つこともあると、一概にはクソとは言えないように思う。
『じゃあ勇者ごっこ始めよ! シアンが魔王ね!!』
……あっ。今日の未来視を思い出した。
お姉さんになって有り余る元気をコントロールする術を少しは身に付けたと思われたルルアは、次の瞬間、そう言ってオレをボコカスに打ちのめすのだ。
「じゃあ勇者ごっこ始めよ! シアンが魔王ね!! ボク勇者!!」
ほらな?
やはり未来視は人を不幸にする代物でしかないことを、オレは今一度心に深く刻んだ。
♦♦♦
「やーめーてー! 返してーっ!!」
「はっ! 誰が返すかよ、半端者が! さいきん調子に乗りすぎなんだよ!!」
村の学び舎で授業を終えて、クソクソ言いながら村を外周して汗水を垂らしていると、3人のガキに集られた未来の勇者ちゃんを見つけた。
何やら、徒党を組んだ連中に振り回されているご様子。いつものルルアなら圧倒的才能で奴らを成敗しているはずなのだが、今日は右手を伸ばして連中に藻掻いていた。
「いい加減にしないと、ボク本気で怒るよ!!」
不味い。あの青き悪魔がなりふり構わず全力を出せば、明日の学び舎では酷い学級裁判が開催されることになる。
「おいおい、コイツがどうなってもいいのか?」
リーダー格っぽい男児の一人は、右手に握った何かをこれ見よがしにルルアへと見せつけた。
途端、白い頬をぷくりと膨らませて歯を食いしばる幼馴染である。
遠めに眺めてみると……あぁ、人質に取られているのは髪留めだったか。
「うぅ~!」
負け犬みたいな唸り声だ。というか、アイツにも人質という概念が頭にあるとは驚きだ。
さて、ものすごく気分が良いので、ここは一つ手を貸してやるとするか。
「おい、何やってんだお前ら」
「あぁ? なんだよ関係ねぇだろ、よそ者が」
「シアンっ!」
関係は大いにある。その髪留めは、地獄のような痛苦を伴う『未来視』を経て、オレがルルアにこそ贈ったものだ。断じてお前らみたいな群れることでしか生を実感できない馬鹿共の手に触れて良いものではない。獣人、翼人、爬虫人の魔族たるガキ三人の前に立ちはだかる。
この村は大陸西部に位置していることもあって、魔物的な要素を帯びた人……例えば獣耳だったり翼だったり……いわゆる魔族が多く住んでいる。《《ちょっと特徴的なオレ》》が受け入れて貰えたのもそれが大きいのだろう。
たぶん、純粋な人族ってオレとルルアの家ぐらいじゃないだろうか。
「なんだ? 三対一でやるってのか??」
一年もの修練を積んだ『力』で分からせるのも良いが、偶には、未来視で培った煽りスキルでも使ってやるとしよう。
「お前ら寄って集ってさぁ~。なんなん? ルルアのこと好きなん(笑)?」
「おっ……おまっ!!」
うはっ、顔真っ赤じゃんwww。効き過ぎだろwww。
「や、やるぞ、お前ら!」
オレを囲むように飛び散る三人。
は~~~~。どうやら『力』でも圧倒的差を見せ付けてやる必要があるらしい。
やれやれ。ルルアには勝てないオレだが、お前らみたいなガキ程度なら。
……ん? おかしいな。コイツら結構やるぞ。一対一なら負ける気がしないんだが──やべっ。
「な、なんだお前! てんで弱いじゃねぇか!!」
気が付くと三方向から放たれた魔法を避けることが出来ず、俺は青い空を見上げていた。
ルルアなら即席でバリアーでも作ったのだろうが、オレは魔法に器用ではない。或いは魔法を一閃できるほどの剣の才能もない。
つまりは分かるね?
そうだね。元々ひ弱なオレは、身を丸めてガキの憂さ晴らしを耐え凌ぐことにしたね。
「弱い者いじめしちゃダメーっ!!」
我慢ならなくなったルルアに救助され、オレは事なきを得た。
なにかカッコいい言葉を叫んでいた気がするが、コイツは普段、自らが弱い者いじめを繰り返している自覚はあるのだろうか。
たぶんないだろう。これは純心という言葉で片付けてはならない決定的な悪である。
「く、クソ──」
村の同年代では頭跳びぬけて強いルルアに敵う者などいるはずもなく、ガキ三人はすたこら撤退した。
鼬の最後っ屁とばかりに、ガキの一人は人質にしていた髪留めを森の彼方へ放り投げる。世界でも掴み取れそうな強肩である。
「大丈夫? シアン」
「無事だったか、ルルア」
「……え? ボロボロなのシアンだけだよ??」
いつの間にやら立場が逆転している。これだから汗水垂らすのは嫌なんだ。ルルアの手を取って無様な姿から立ち上がり、服に付いた土埃を払う。
「さて、面倒事も済んだし帰ろうぜ」
魔王城にでも向かうような意思の籠った足取りが、鬱蒼とした森へと向いた。
「おい、どこ行くつもりだ」
「……髪留め取って来る」
「森に入るのは掟破りだぞ」
村の周りに広がる森は危険が危ない。ガキは森に入るなと、大人たちから口酸っぱく言われている。
「ヤダっ! 髪留め取って来るの!!」
しかしこうなると、我が幼馴染は言っても聞かない。せめて大人をとスベスベした腕を掴んで村の中心に向かったはずが、絶賛ルルアに引き摺られている最中である。
まぁ……投げ飛ばされた髪留めなんて浅瀬にあるはずだ。大丈夫だろう。
そういう適当な判断が己の首を絞めつけることになるのは、世の常である。
♦♦♦
「……見つかんない」
茂みを分け入って林冠が厚く薄暗い森を彷徨うこと暫く、ルルアは俯いてポツリと零した。
髪飾りを失って、蒼穹の丸く大きな瞳は水溜まりみたいに揺れている。
俺は大樹の根を飛び越えて、はぁとため息を吐く。
「泣くなよ。また作ってやるから」
「な、泣いてなんかないもん……っ!!」
強情に声を張り上げてもう少し深く森へ踏み込むルルア。
同じく、草木を掻き分けたところ──周囲の気温が一度下がって、ゾクリと、背筋に悪寒が走る。
世界の気配が一変する感覚が、あった。
「……死骸か?」
そこは周囲の大樹が抉れ倒れて、薄暗がりに僅かな光が差し込んだ場所だった。
その中心に、くたばる影が見える。華奢な背中へ追い付くように歩み寄れば、緑色のイボ肌をした不気味な人型の魔物……小鬼が這いつくばっている様が見える。
《《ただし、より巨大な鬼に、生きたまま腹を喰われているが》》。
くちゃくちゃ、くちゃくちゃと、生きたままの小鬼の身体から咀嚼音が鳴る。瀕死の小鬼は内臓と赤黒い体液を流しながら、ビクビクと痙攣している。生臭い鉄の香りがした。
「……ぁ……ああ……!!」
そのグロテスクな光景に、ルルアは青い顔で一歩後ろへふらつく。
オレが平気でいられたのは、『未来視』のお陰であり、これまでのクソみたいな経験のせいだろう。
巨大な悪鬼の濁った瞳が、不意と、オレ達を映した。
「グ、ギィ……!」
「……ッ!!」
それは獲物を見る目だった。だからオレはなりふり構わず魔力の弾丸を手のひらから撃ち放った。
羽虫が顔に突っ込んだかのような手応えである。無傷の悪鬼は首を傾げた。地面を抉る程度の威力はあるんだぞ。無傷とか嘘だろ。
ニヤリと、血肉を滴るイボだらけの醜悪な口元が歪む。
茫然自失と固まるルルア。もう一度魔力弾を放ったところで、どうにもならない現実が、そこにある。
「ギギィァァアアアァァッ!!」
邪鬼が一挙に飛び掛かった。その光景が酷くゆったりと映る。勇者となるはずのルルアの命が、こんな訳も分からぬところで終わる。
だから、『未来視』は嫌いなんだ。
本当に必要なことは教えてくれない。いつも最悪な未来ばかりをオレへ押し付けて、ガキらしく現に酔って好き勝手夢を描くことも許してくれない。
その癖、クソッたれな未来に抗う為にオレが必死に藻掻いても、世界はオレを嘲笑うかのように、唐突に絶望の未来を告げてくる。本当に、クソな能力だった。
それでも──ルルアを、殺させるわけにはいかない。
コイツは特別だから。世界にとっても、オレにとっても。
ふと心の底から沸き立つ純粋な想い。あの日、やせ細ったオレに手を差し伸べてくれた青い悪魔の光景。
それらが、考えもなしに邪鬼へ放とうとしていた魔力弾の在り方を──捻じ曲げる。オレは反射的に照準を変えて、すぐ足元へと撃ち放つ。
「ルルア!!」
無為な攻撃のためではない。それは、命を繋ぐ一瞬の回避行動だ。
魔力弾を撃ち放った反動によりオレは後方へと吹き飛んで、ルルアの手を掴みながら邪鬼から距離を取る。
森の出口はまだ遠い。せめて村の人に助けを求められるようにと、俺はルルアを後ろへ吹っ飛ばす。
あとはオレが食事となって、邪鬼を満足させればいい。稼いだ一瞬の隙に逃げ出してくれよな。
オレは覚悟を決めて正面を見据え、もう残り少なくなった魔力を体内に練る。
飛び掛かる邪鬼を迎え撃つ。
「──良い判断だ。流石は私が見込んだ少年だな、シアンくん」
中性的な笑声が森を響いたと思ったら、ひゅんと、眩い煌めきが邪鬼の首元を斬った。




