第2話
幼馴染>>>>>>(ぜっっっったいに越えられない壁)>>>>>>クソザコナメクジ主人公
「明らかに魔王寄りの人間が勇者になってるんだが」
目が覚めた。頭が痛かった。未来は最悪だった。
オレは10歳児とは思えぬほどに冷静沈着な自覚はあるが、それでもこの事態にはギャン泣きを禁じ得ない。枕に頭を打ち付けながら、他に適任者を探すようメルリア様に祈りを捧げた。
……さて、現実逃避はここまでとしよう。
「なんだよ……あれ」
ポツリと、枕に顔を埋めながら零す。
崩れゆく暗い城。満身創痍の魔王。そして、命を終えた勇者──。
それは近しい未来の出来事だった。オレが『魔王』にならなければ、オレの存命中は世界も安泰だと思っていたのだが、どうやらそう単純な話ではないらしい。
「ルルア……だったよな」
胸を貫かれ無残な姿となった我が幼馴染を思い、背筋が震える。
背丈や輪郭からしてあと数年後といったところか? なぜルルアが勇者になっているかなんてサッパリだが、兎に角、そういう未来が待っているようである。
「困った未来が見えてしまった」
ベッド脇に座り直して、大きく息を吐く。
夢に見た未来が必ず訪れるかは分からないし、正確なモノなのかも分からない。けれど一つ確かに言えることは、たった今、オレにはお先真っ暗な将来が一方的に押し付けられたということだ。これだから未来視は嫌になる。
「本当にクソだな。これまで見た未来の中でも3本の指に入るな」
時期なのか運命なのか、魔王はどう足掻いても近いうちに現れるらしいし、討伐に赴くのは我らが傍若無人な幼馴染のルルアである。
そして、それをただ傍で眺めているだけでは、行き着く先は未来視の光景である。
どうやらオレは人生で二度目の、不可逆な選択を求められているらしかった。
「シアン! 勇者ごっこしよ!!」
「お前は魔王みたいな奴だな」
「違うっ! ボクは ゆ う しゃ になるの!!」
いつものごとくオレの部屋へと乱暴に踏み入って、甲高い声を響かせる。
まるで傍迷惑な嵐そのものだが、これが今代の勇者となる。
「お前なんでそんなに勇者が好きなんだ」
「だって カ ッ コ い い じ ゃ ん !!」
蒼穹色の目をキラッキラとさせて、ルルアはふすりと鼻息を鳴らした。
そのガキらしい憧憬一つで勇者に選ばれるのだから、一周回って敬意すら芽生える純真さである。
「あー……汗水垂らしたくねぇな」
反射的に零れ落ちた一言。この先の不憫なオレを思って、グシャグシャと髪をかき回す。
何度でも言うが、オレは魔法も武力もカスだ。そんな人間が頑張ったところで事態が好転する気はしない。
けれどこんな与太話を信じてくれる人はいないだろうし、未来視が出来るなんてバレりゃそれはもう恐ろしいことになる。経験からして間違いない。
詰まるところ、度重なる未来視と慎重なる行動と選択の果てに掴んだオレの完成された人生設計は、たった今、青い悪魔に粉々と打ち砕かれたのだ。
「早く遊ぼっ!」
「お前人の話聞いてんのか?」
「今日もシアンが魔王役ね!」
あ~~~……ヤダヤダヤダヤダっ!!
「良いか、よく聞け、ルルア」
「……?」
こてんと、白っぽい紫の髪が肩先に揺れる。
「オレは外に出てヒィヒィ言いながら必死こくのは御免だ。そういう人生にはもう飽きたとも言う」
「でもお外で遊ぶのは楽しいよっ!」
「ただ遊ぶだけならな。だが、それを加味してもオレは家に引き籠って自堕落を貪りたいと思う性分なんだ」
「だからシアン弱っちいんだね!!」
一切の悪意なき満面の笑みが返ってくる。
やはり、こんな悪しき勇者の為に垂らす汗水はない。
なればこそ、オレが未来視に抗う理由はただ一つだ。
「未来永劫の自堕落の為に、オレは今日から暫し必死になってやる」
勘違いするなよ。決してルルアを救うために無理するわけではないのだ。
未来の技術情報を利用することで、一攫千金を狙う。その未来を確実なものにする為にこそ、魔王の蔓延る世界を阻止してやろうではないか。
「お前を勇者になんかさせてやらん。勇者になるのはオレ若しくはどこの馬の骨とも知れん奴だ。良いな?」
「……よく分かんないけど、分かった!!」
おぉ、人智を越える馬鹿にも、オレの固い意志は伝わったらしい。
「じゃあシアンが魔王ね! ボクは勇者!!」
何も理解していなかった。
「お前やっぱ人の話聞いてないだろ」
「早くお外出ないとここで成敗しちゃうぞー!」
「分かった分かった。オレの魔力は大地を震わせるほどに強大だからな。広い場所で、」
「やぁっ!!」
うずうずした小さな身体を抑えられぬルルアにより、オレは部屋の中で叩きのめされる。
人の決意など所詮はこんなもので、結局のところ、才能武装した未来の勇者様は今日も弱い者イジメに満足だった。
♦♦♦
ルルアが死ぬ未来を回避するために汗水垂らし始めて、暫くの月日が流れた。
特段大きな変化はない。未来も変わらない。
剣を振るっても魔力を操っても、隣の青い魔王に敵う要素は一つもない。
未来視では未来の偉人との差に劣等感を負わされ、現実では、ナチュラル煽りモンスターことルルアに煽り散らかされ、オレの自尊心と呼ぶべきものはもう決して元には戻らぬほどにぐっにゃぐにゃに破壊されている。
「はい、今日もボクの勝ち~」
「クソッ! オレはこんな惨めな思いをする為に生きているんじゃないぞ!!」
気が付くとオレは地面に這いつくばっていて、白いラベンダーみたく揺れる髪を見上げている。
おかしい。オレはとある未来では『魔王』として大陸を恐怖に陥れているはずなのだ。どうしてこうも魔法も剣もダメなのだろうか。
というか、いよいよ魔王な未来のオレはどうやって魔王足れるほどの力を手に入れたのだろう。
「ほれ、シアンくん。回復魔法」
土に顔を埋めてうーうー唸っていると、模擬戦の審判を務める魔女に声を掛けられた。
温かい光に包まれて、先程まで存分に痛めつけられていた身体は嘘みたいに軽くなる。
服に付いた土埃を払うオレを見て、魔女ことティナさんは金糸の長髪を払いながら、生温かい目を向けてくる。
「子供は無理が出来て羨ましい限りだよ」
「やはりその年になると、散歩も一苦労なのですか」
「ルルアちゃん、もう少し出力を上げてやっていいぞ」
「やったー!」
直後、魔力強化により身体能力化け物となったルルアは再びオレをぶちのめした。遠慮というものを知ってくれ。これでまだ勇者じゃないのだから、未来の魔王とはどれほど強い存在なのか恐ろしくなる。
「シアンの負けだからお菓子貰うね!」
「ついでに私は明日のオヤツを頂こうかな」
「舐め腐りやがって……!!」
それはそれとして、力だけを持て余して冗長する魔王を許すことはできない。♂の癖に美少女面した魔女も同罪だ。
木刀片手にきゃっきゃと飛び跳ねる諸悪の根源へ、オレは右手のひらを向ける。
「これでも喰らえッ!!」
ボッ! と、右手から魔力が素早く飛び出した。
それは不正の塊だ。『未来視』の力を最大限利用して、遠い未来で利用される高度な魔法技術による一撃を再現したのである。勝ったな。ガハハハッ!!
「わっ! びっくした!!」
間の抜けた一言と共にルルアは木刀を振り下ろして、オレの渾身の魔力の弾丸を一刀両断した。
「……」
もう二度と、魔法は使わないでおこう。
オレは固い意志を以て、今日から引き籠り生活へ舞い戻ることに決めた(通算100回目)。
齢11歳にして魔力の核をぶった切るとかどうなってるんですかねオレの幼馴染は。
そのうち大地を裂いて空をも穿つ一撃でも生み出しそうだ。
手のひらサイズの魔法を構築するので息ぜぇぜぇなオレは、こんな化け物と並び立たなければならないのである。は~。無理だろ無理。止めだ。解散。
ぬっと、魔女の影が聖域への帰路を阻んだ。
「おい、シアンくん。なんだ今のは」
「オレの編み出した門外不出の魔術ですが」
嘘である。
偶々未来視に垣間見た、魔力量ゴミカスなオレでも使えそうな魔法を練る間も惜しんで習得したのである。
「何が門外不出だ。恐らくは魔力を撃ち出しただけだろう」
「あぁ。ティナさんも老眼鏡が必要な時期が来ましたか」
たったの一目で魔力弾の表層を解するとは、やはり長く生きているだけはある。
でも素直に認めるのは癪だったのでオレは言葉を売った。次の瞬間、オレは打ち上げられた魚のように大地をはねていた。
「シアンくん。もう一度やってくれるだろうか」
「後一発も撃てば魔力量ゴミカスなオレはぶっ倒れてしまうんだが」
「構わん。私がやれと言っているんだ」
11歳児に重労働を強いねばならぬことになるとは、年を食うというのは恐ろしいものである。
「…………ふむ。中々どうして面白いことを考えたな、キミは」
本来、魔法というのは大気中に溢れる属性魔素と己の体内にある魔力を結合させて構築する。
じゃあさ、魔力だけを圧縮して撃ち出すことで、魔法適性のない人間でもそれっぽいものが使えるんじゃね~? なんて発想から生まれたのかそうでないのか、オレの利用する魔力技術はいつかの未来に生きる偉人が考案したモノだ。
「正直に言うと、シアンくんには才能の欠片もないと思っていたのだけれど」
「それが夢と希望に溢れたガキに掛ける言葉なのか」
オレがただのガキだったら絶望と共に一カ月は家に引き籠っているぞ。なお、その間にも我が幼馴染は勝手に部屋へ侵入してくるものとする。
閑話休題。魔力の枯渇による眩暈の中で、ティナさんを見上げる。
「どうやらキミは武には見放されども、知には愛されているらしい」
オレに与えられたのはクソッたれな『未来視』だけどな。
「適当に留めておこうと思ったが、止めだ。ルルアちゃんと同じく、本格的に鍛えてあげよう」
「そこの魔王と違ってオレは汗水垂らしたくないです」
「シアンー! 蝶々つかまえた!!」
村を囲む森から飛んできた蝶を捕まえるためだけに、捕縛用の風魔法を人差し指一つで作るような奴だぞ。こんな奴に追いつけるか!! オレは部屋に帰らせてもらうぞ!!
「それでも、強くなりたいんだろう?」
「……」
この世の絶望と苦しみを噛み砕いたような顔をしたオレである。
返事の言葉など聞くまでもないだろう。
「ふふ。良い返事だ」
その赤い瞳の流し目はやめてくれ。あ~~……頭がバグる。クソ! 相手は年増性別擬態者だぞ!!
「一年後、良いモノを渡してあげよう。それまでせいぜいルルアちゃんの背中に齧り付くんだな」




