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第19話


 酷く、右眼が痛かったことを覚えている。

 

 ソレは脳を侵すように、或いは心を蝕むように、オレの右眼を貪り食っていた。


「ぁ˝……ぐぅぅ˝ぁぁ……! あ˝ぁ……ッ!!」


 右眼の赤が止まらない。剥き出しの神経をやすりで削られるような痛みに、喉が引き攣る。

 やがてオレの眼窩を抉るナニカは右眼と成り代わり、歓喜の産声を上げた。

 オレは鎖に繋がれたたままのた打ち回り、手を、伸ばす。


「せんぜい゛……! 『先˝生』っ!! だすけでッッ!!」


 ここは深い、深い深い地の底。


 遥か地上の村に暮らす者は、生涯知ることのないだろう実験場。

 黒い結晶に覆われた部屋で絶叫するオレの頬を、うっとりと、撫でる人影がある。


「愛しい愛しい私の子。吞まれては、駄目よ。まだその時ではないのよ」


 紫色の肌をした、妖艶な女。『先生』だ。捨て子のオレを拾って、大きなお屋敷で育ててくれた、『先生』だ。

 その瞳は爬虫類のように冷たく魅惑的で、オレの頬に滴る血を、ぺろりと青ざめた舌に舐めとる。


「頑張りなさい。あなたはあのお方の依り代。この世で誰よりも大切な、私の人柱」


 それは、オレの知る『先生』からの愛情だった。


 変わり果てたオレの右眼を見て、研究者たちは苦い顔で目を背ける。

 それでも、『先生』だけはちゃんとオレを見てくれるから、オレは痛くても、ぜんぶ呑み込めた。

 

 はずなのに。


「…………ぁ…………」


 右眼が安定すると、見えるようになったよくわからない景色。

 親子で道を歩く姿。雄大な山脈の果てに見る世界。愛を謳い、愛を謳われる男女──。


 そして、オレは思い知った。



 オレは、愛されてなんていなかったんだ。



「じ、実験体が脱走したぞ! ぜったいに捕まえろ!! 我々が殺され──」


 痛かった。右眼が。心が。


 痛くて痛くて、だから、痛いのはもう嫌だったんだ。


 なりふり構わず地下から逃げ出す。爆発する石ころを携えて。

 右眼は、村に待ち伏せする研究員をたくさん映した。だから、何も知らない人が逃げ惑う村の中にばくだん石を投げ入れた。


 爆撃音が鳴り響く。黒い煙が上がる。猛る炎に、家屋が崩れていく。


 オレを見て涙する者。異常な右眼に恐怖する者。オレは隠れるように、森へとやせ細った身体を引き摺る。

 這い寄る闇から逃げ出すために。だけども、歩いた道に血ともっと暗い闇を残して。


 だからきっと。


「あ……悪魔だ! 村を……作物を……あれは悪魔だッ!!」


 これは、せいぎとあくのものがたりなのだ。



 ♦♦♦



「落ち着け、ミナちゃん!」

「止めるなァァァッッ、ギルド長ッッ!! オレはァ!! コイツをッッ!!」


 なーんてクソみたいな過去のせいで、あわや『銀狼』に殺されそうになった現在。


 師匠に取り押さえられながらも、鬼の形相でオレへと藻掻く『銀狼』のミナ。そんな異常事態に、当然、説明会は途中で中断となる。

 詳しい話は各クラスで後日行う形で、解散。オレ達候補生はいつもの日常へと回帰、



 できるわけないんだよなぁ。



「虹眼のアイツ……ミナさんの故郷を壊したんだってな」

「アタシはそういう奴だと思ってたよ。あの右眼も気持ち悪いし、最初から胡散臭かったもん」

「聞いたか? アイツ村を燃やしたどころか、そこに住んでた人間も一人一人嬲り殺したらしいぜ」

「酷すぎる。一体オレがなにをしたというのか」


 まぁ、村を燃やしたのだが。無差別殺人を行ったのだが。


 事情はどうであれ報いは受けなければならない。

 しかし恐ろしいことに、オレが敵に回してしまったのは要塞都市ネオ・フロンティアで大人気ヒーローな『銀狼』。

 お陰であることないこと囁かれ、日に日にギルドでの肩身が狭くなっていく毎日である。


「そのうち空間に押し潰されるんじゃないだろうか」


 今日も嫌われ者としての一日を終え、周囲の冷たい視線を浴びながら寮へと足を伸ばす。

 少し前まで人気者だった事実が嘘のようだ。人の噂も七十五日とはよく言うが、七十六日目にはもっと酷くなってこの街を追いやられている未来しか見えんぞ。


「オレは暫く引き籠った方がいいのかもしれない」


 そうすれば人々はオレという存在を忘れ去ることができて、オレも引き籠り自堕落生活を堂々と行うことが出来て、つまりは世界はハッピーエンドに終わるのである。


「よし。そうしようそうしよう」


 そうと決まれば、オレはさっそく家の扉を開いて。


「……オレの聖域を侵す者の気配がするぞ」


 なんか、家の借主より先に部屋に上がってる足跡があるんだが……。


 樹齢千年常識忘却系師匠が同意なく合鍵を作成してからというもの、オレのお家は完全に青い悪魔やカスねぇの遊び場と化している。

 これはもはや同棲を押しかけられていると言ってもいい。


「やれやれ、既成事実を作ろうと企む乙女はこれだから困るぜ」


 いったい誰が誰に恋をしているのかという問題は脇に置いておく。


 さて、足跡を見る限り、侵入したのは青い悪魔か。足跡に従って廊下を辿り、オレの寝室兼作業場に到達する。

 姿はない。怪しいのはクローゼットか。半端に閉まったそこを睨む。


 はぁ~~~~、一体何年一緒に過ごしてきたと思っているのか。オレはお前のことなら死期まで分かるんだぞ。


 ということで、オレは堂々とクローゼットを開いて。


「そこにいるんだろ、ルルア!」


 いなかった。普通に服が入ってるだけだった。


「……」


……なんか、一人で大声上げるのって恥ずかしいよね。

 うん。ちょっとはずい。よし、一旦未来物産でも作って、心を落ち着かせよう。

 オレは机に向かい合って椅子を引き。


「ばぁっ!!」


……???


「ボクはこっちでしたー!」

「……こっちもそっちもクソもあるか! 不法侵入者めっ!!」


 オレは青い悪魔を送還するべく、その華奢な背中を押して玄関口へと追い出した。

 はずなのだが、魔力強化で踏ん張るルルアは一ミリも動かず、一人息を切らしたオレを見てケラケラと笑っていた。


「シアンも強くなったけど、ボクも強くなったからやっぱり弱っちいね!!」


 キャッキャとオレの前でだけは、ナチュラル煽りモンスターであることを止めない幼馴染である。

 だがそれがいい。違う。クソッ! オレは既に青い悪魔に性癖を破壊されてしまった悲しき魔王候補である。


 なーんていつもの茶番劇を楽しんでいると、ホッと、ルルアはその手を平たい胸に置いて嘆息した。


「……よかった。シアン、元気そうで」

「なんだ、急に」


 お前、そんな落ち着いた感じの笑顔で人の心配なんてする人間じゃなかっただろ。

 なんだかんだと言って、成長しているルルアである。


「やっぱり最近さ、ちょっとアレじゃん。だから驚かして元気にしてあげよって思ったの」

「オレはお前の思考回路がイマイチ理解し切れないんだが」

「え?」

「え?」


 前言撤回である。やはり青い悪魔はどこまでいっても青い悪魔なのだ。

 オレが驚く=元気になるとかどういう思考演算してんだコイツ。お互いに首を傾げ合っていると、なんか、そっと手を取られる。


「でも……忘れないでね。ボクはシアンの味方だよ?」


……そうじゃなかったらオレは生きていく意味を見失うぞ。


 思わず見つめていると、ルルアの雪のように真っ白な頬は瞬く間に赤く染まる。

 やがてはアタフタと両手が踊り始めた。なんだ、奇妙なダンスでオレのことを笑わせようとしてくれているのだろうか。


「だ、だって……ほら! ボクのこともたくさん助けてくれるし……だ、だから困ったことあったらボクのことも頼って欲しいなってだけで! うん!! バイバイまた明日ねシアンっ!!」


 勝手に自滅して勝手に手を振って、勝手にバタンと玄関を閉めて行った。

……ふぅ。危ないところだったぜ。ちょっと熱くなった頬を両手で押さえながら居間へと足を向ける。


 そこには当然、重い瞼の下で琥珀色の流し目を向けてくるカスなお姉さんがいる。


「恋する少女は可愛いねぇ? 少年」

「この際その発言は認めてもいいが、おい、それはオレの秘蔵のプリンだぞ」

「おっ、遂に認めたね。というか、この冷蔵庫はお姉さんと少年の共用だろう?」

「冷蔵庫どころか既に家まで支配されてしまっているんだが」


 椅子に座ってスプーンをゆらゆらとさせる野生のカスねぇがオレの部屋に住みついているのはもはや日常(異常)なので今更なにをどうと言うことはない。

 だが、さすがに楽しみにとって置いたデザートを無断で食われるのは訳が違った。


「許せん。いくら野良猫が可愛くても限度ってものがある」

「おや、お姉さん今からなにされちゃうのかな?」


 両手で自分の身体を抱きしめるカスねぇである。

 決まってるだろ。如何にカスねぇのだらしない格好とプロポーションが年頃の男の子に刺激的であるかを教えてやるのだ。


「まぁ、そうなると思って、代わりにケーキを二つ買ってきてあげたよ」

「さすがですねウィッカさん。今日だけは見逃してあげましょう」


 結局のところ、食べ盛りの男の子はたらふく食べられればなんでもいいのである。

 オレはウキウキとカスねぇの隣に座り、買ってきてもらった(オレのお小遣いだった)ケーキを頬張った。


「少年、辛くなったら偶には吐き出しなよ。幼馴染とは違うやり方で、お姉さんも少年を慰めてあげるからさ」


 とかなんとか言って、いつもは晩飯とお風呂まで粘って極限まで他人の家で節約するカスねぇはサッサとオレの家から退散する。

 

「……なんだ、なんなんだ」


 今日は厄日なのか。

 どこか余所余所しい二人の対応にオレがソワソワし始めたところ、隣に枯れ木の影が伸びた。


「なに、キミは愛されているからね。色んな人が心配してくれているんだよ」

「だったら不法侵入しないで欲しいんだが。あっ、年ボケで自分の家を間違えただけですか(笑)」


 と、いつもなら軽口を叩いたのだが、今日は違う。


 オレの行き過ぎた噂の火消しに日々奔走している魔女様に、今ばかりはオレも素直に頭を下げざるを得ないのだ。


「すみません、師匠。せっかく推薦してくれた人間がこんな有様で」

「いや、気にしていないよ。私はキミの師だからね」


 いつもの軽口みたいなテンポで言葉を贈られ、ポンと、そのぜぇぇぇぇっっったいに♂ではない細さの手で頭を撫でられる。


「むしろ、シアンくんが落ち込んでいないかだけが心配だった」


 師匠、好きです。


「ヒェッ。今日は魔女までオレに優しいぞ。明日は(あられ)でも降るんだろうか」

「キミが心の底でそんなことを思っていたとは、非常に残念だね。明日と言わず今日から悪天候にしてあげよう」


 しまった。心の声と本音が真逆になってしまった。

 街中に落雷警報の鐘が鳴り響いた頃にはもう遅く、オレは自宅の床に黒焦げとなって痙攣する羽目となる。

 腰の弱っている超絶美少女老婆が椅子に足を組んだところで、オレは床に這いつくばりながらそのほっそい足に縋りついた。


「し、師匠……お願いがあります」

「なにかな」

「次の魔物討伐訓練、オレを『銀狼』のパーティーに入れてください」


 これは、オレが決着をつけるべき物語だから。


「彼女は良い子だけど、直情的だ。きっと危ないことになるよ。それは承知のことかな?」

「オレはコミュニケーション力の鬼ですからね。ミナさんとも仲良くなってみせますよ」


 師匠は金糸の触角を指先で捩じり、やがて頷いた。


「まぁ、キミはやると言ったらやるところが魅力的だ。準備しておくよ」



 ♦♦♦



 そういうわけで、魔物討伐演習の当日。


 オレは割り当て先の用紙を片手に、屋外演習場に集合する候補生たちの合間を抜ける。

 やがては、背中に巨大な大剣を背負った獣人の影が、背後に屈強な仲間を従えているところに辿り着く。


 鉛色の瞳が、大きく見開いた。


「へェ……まさか……テメェがオレのとこに来るとはなァ」


 ニヤリと、激情と獰猛に笑うミナさんである。

 オレは友好の意味を込めて、右手を差し出した。


「まぁ、そういう運命だったんでしょう。今日は仲良くやりましょうか、『銀狼』のミナさん」

「おう。今日だけはな」


 意外にも、前向きな返事だ。


 これは関係性の修復も見込めるんじゃないだろうか。ミナさんは左手でオレの握手に応え。


「仲良くやろうぜェ……『虹眼』のシアン」


 八重歯を剥き出しにした豪快な笑みと共に、ぐしゃりと、オレの右手を握り潰した。


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