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第18話


 女神歴526年。


 空の青さを知る人は、ずっと、ずーっとむかしに、死んでしまった。


 国は途絶え、緑は腐れ、魔物が蔓延り、百年。

 勇者が破れ、魔瘴に覆われた世界は──二度と陽の目を見ることのない絶望に包まれてしまったのだ。


「けれど、それは愚かな人間にとって、とても幸せなことだったのです」


 ここは孤児院。

 屋根が傾き、床は剥がれて土が露出し、それでも孤児院。


 真っ白な修道服を着たシスターが、ボロ布を纏った子供たちにものがたりを言い聞かせる。

 子供たちはやせ細った頬を輝かせて、シスターのお話をよく聞いている。


「いいですか、可愛い可愛い私の子達よ」

「「はいっ! 『先生』!!」」


『先生』は右手に青目な少女の人形を、そして左手に、雄大な角を持った異形の人形を嵌める。


「女神などというまやかしに踊らされ、世界に過剰な光をもたらそうとした勇者は?」

「「わるもの!!」」

「世界から危険な光を取り除くため、西の果てより降臨なさった我らが魔王様は?」

「「せいぎのみかた!!」」


『先生』は満足げに頷き、魔王の人形で少女の首を引き千切った。


「はい。よくできました。それでは今日のお勉強はおしまいです」

「じゃあおしごとー?」

「そうですよ。さて、みんなで労働に出掛けましょうか」


 食事は満足に得られない。睡眠時間は短い。遊戯の時間すら魔王を崇めるために存在し、幼少期から肉体労働を強要される始末。

 だのに、子供たちはふらふらとした足取りで、今日も懸命に働く。


 だって、彼らの目には、せいぎとあくのものがたりが輝いているから。


「偉大なる魔王様へ尽くすために、愚かな人間は生かして貰えているんですからね」

「「はぁーい!!」」


 光が潰えて早百年。人間の語り継ぐ力は、魔王の手によって捻じ伏せられてしまった。


 もはや、彼らが真なる物語を知る日は来ないだろう。


 紫色の肌をした『先生』は、ねっとりと、嫌に嗤った。



 ♦♦♦



「オレのなけなしの努力の範疇を越える未来を見せてくるのはやめて欲しいんだが」


 どうしようもないからただ胸クソ悪いだけだろ、クソが。


 朝から最低な気分にブツクサ言いながら、痛む頭を抑えてベッドから起き上がる。

 そのまま朝食を手早く作り、お弁当作成。キッチンにお弁当を置いて家を出れば、いつの間にかお代替わりに木の葉が数枚置かれていく怪奇現象が起こる寮なのだから、そのうちお祓いが必要なのだと思う。


 その正体がドラ(カスねぇ)であることは、いまさら語るに及ばないことである。


「まぁ、ルルアが死んだらそういう悲惨な未来が待っているということか」


 やれやれ、世界の期待が両肩に圧し掛かって地面にめり込む毎日だぜ。

 仕方がないので青い悪魔を救う道すがらに、未来でかつてのオレみたいな悲しき状態に陥っている子供たちも軌道修正やることにしよう。

 朝っぱらからギルドのだだっ広い屋外訓練場で、使えもしない魔法の行使方法からボフボフ練習(失敗)する。


「えっと、風魔法はボクも師匠に教えてもらったんだけどね、こうやってぐるぐる風の魔素をかき混ぜる感じで──」

「ルルアちゃんすごーいっ!」


 オレが汗水垂らしている傍らで、アッサリと上級魔法を使用し、周囲の視線をキャッキャと一身に集めるルルアである。


 なんて酷い世界なんだ。

 オレは迷わず屈辱の幼少期を共に乗り越えた木刀を握った。


「シリウス。オレはこれより修羅となる」

「藪から棒にどうしたんだい」


 同じく朝っぱらから魔法の鍛錬をしている我が友シリウスである。

 コイツらはカメとウサギの逸話を知らないのだろうか。才能ある連中がゆっくりしている間にオレみたいな魔力ゴミカス野郎が頑張るのだから、せめて朝練ぐらいはオレ以外の全人類に謹慎して欲しいものである。


「おいルルア! 今日と言う今日は許さんぞ!!」

「鬼さん鬼さんここまでおいで~っ!」


 オレは青い魔王を倒すべく歩みを進めたはずが、風魔法の壁のような突風に行く手を阻まれ、訓練場の彼方へ吹き飛んだ。


 忘れていた。オレは魔力量ゴミカスなんだった。

 結局、いつものトレーニングに落ち着く。体内の魔力を素早く循環し、圧縮して魔力強化の強度と密度を高める。

 加えて単純な肉体鍛錬。オレが息をぜえはぁと切らしたところで、ようやく響く朝の鐘。


「……おかしいな。もうオレは一日にお腹いっぱいなんだが」


 今すぐにシャワーを浴びてベッドに寝そべりたい気分だというのに、森の魔女にすっかり調教されてしまった身体は、月に一度あるホームルームへと勝手に向かってしまう。


 今日は大きな屋内訓練場での集合だ。

 屋内訓練場に集められたのは、最下級から最上位までの候補生総員。あれだけ大きな訓練場が制服だらけになってしまうのだから、三大ギルドが一つ『英雄の守り人』がどれだけのクソデカなのかがよく分かる。


 さて、今日のホームルームは特別だ。

 示すように、壇上にはキッチリと校務服を纏い、胸に金の紋章をあしらえた金髪ポニーテールの魔女が立っている。


「こうやってキミたちの前に立つのは、選抜式以来かな」


 オレは毎日のように顔を合わせて虐め抜かれているが。


「改めて言うまでもないことだけれど、私が『英雄の守り人』のギルド長、ティナだ」


 うそを吐け! 多分その正体は推しに女装した拗らせ魔女だろ!!


「ギルドの……延いては私の名を大陸中に轟かせてくれる未来の若人たちよ、この場に集められた理由は、もう分かっているだろう?」


……まぁ、ある程度は。


 候補生となって、かれこれもうすぐ一年。時期感から見て、そろそろ恒例のアレが行われるはずだ。

 アレというのはアレだ。ギルド員という奴隷を酷使し、自分の名を世界に刻まんとする魔女の恐ろしい企みである。


「そうだ。とうとうキミたちには──街の外で、魔物の討伐演習を行ってもらう」


 ごくりと、候補生たちの間で生唾を吞む音が響いた。


 魔物──それは人に牙を剥く危険な野生生物。

 その特徴と言えば、大陸西部に向かえば向かうほどに濃くなる魔瘴によって脅威を増す点。つまりは、人類最西端の要塞都市ネオ・フロンティア近辺の魔物は恐ろしい。


 緊迫に静まり返った候補生たちをぐるりと眺め、年齢性別不詳魔女は嫋やかに唇を緩めた。

 みんな! 騙されるなよ、コイツは枯れ木なんだ!! 


「だ、駄目だよシアン!!」 


 オレは遂に声を大にして世界の真実を大公開しようとしたのだが、傍に居た青い悪魔に口元を抑え込まれ、フガフガと家畜の鳴きマネをする結末に終わった。

 空気読めない筆頭だったルルアに咎められるとは、オレも落ちたものである。


「まぁ、適度に肩の力を抜くと良い。今回の仮任務では──正規員と共に行動してもらうからね」


 バッと、師匠はその右手を力強く振るった。

 合わせて訓練場後方の扉が開き──歴戦の覇気を放つ老若男女。

 彼らは個性的な見た目で、しかし心に確かな規律を以て、魔女の待つ壇上へと行進する。


 その中にはカスねぇの姿まで見える。しっかりと三角帽子なんか被っちゃって、オレの部屋では散々カスなところを晒しているというのに今更なにを格好つけているのだろうというのが所感である。


「彼らが、キミたち候補生のお手伝いをしてくれる正規員だよ」


 どうやらフィールドワークは、候補生の複数名と正規員のパーティーが一組となって活動するようだ。組み合わせは後日発表で、課外講義は二週間後を目安に開始するとのことである。


 これにて本日のホームルームは終了。

 となれば、オレは早速寮に戻って自堕落でも。


「そして今日は──珍しく、彼女が街に帰って来ている」


 ざわりと、候補生の群れがどよめいた。

 なんだ。スペシャルゲストが来ているのか。


「『英雄の守り人』の若き英雄──『銀狼』のミナだ」


 師匠の合図と共に──訓練場の扉は、開かれない。

 その名高い異名を聞いて一斉に振り返った候補生たちは、おや? と首を傾げる。


 そして。


 人影が、天井ガラスより差し込んだ。


「……へ?」


 それはまるで、大空を羽ばたく怪鳥だ。

 その影はみるみるうちに大きく、濃くなり──やがてガシャンと、拳で天井を叩き割る。


「に、逃げろ!」


 候補生たちは大慌てで場所を開け、直後、訓練場の床が大きく陥没した。


「は、ハチャメチャな人だね……」

「お前が言うな」


 思わず零しているうちに、舞い上がる土煙のベールが剥がれ落ちていく。


 ピョコリと、煙の中から動く──狼の耳。揺れる尻尾。そしてボサボサの銀髪。

 見るからに狼の獣人な『銀狼』は、ざわつく候補生に向けて、ニカッと八重歯を覗かせた。


「おう! オレがミナだぜ!! 候補生のガキ共、元気にしのぎを削り合っていたか!!」


 青い悪魔に負けないクソデカボイスである。


 まぁ、そのあけすけした態度から分かるように、彼女はとてもとてもいいやつだ。

 真っ直ぐで情熱的で、街の子供にも優しい人気者。その真っ直ぐすぎる点は玉に瑕だが、それはご愛嬌というやつである。


 その証拠に、ほら、『銀狼』は豪快な笑みで候補生を見回して。


「英雄だなんて呼ばれちまってるが、オレはそんな大した奴じゃねェ! 困ったことがあったらなんでも──」


──その笑顔が、強張った。


 鈍色の瞳にオレを映して。


「……」


 先ほどまでの大声が、静寂に、残響した。



 それは嵐の前の静けさだ。

 これから巻き起こる大厄災を告げる、沈黙の前触れだ。


 あぁ……とうとうこのクソ過ぎる未来が始まってしまうのか。具体的に言えば、オレという一個人にとっての正念場が始まろうとしている。


「……まて。テメェだ……とっくに分かってんだろ……?」


 逃げることは許されない。スタコラサッサと背中を向けるも、あまりに熱く冷え切った声に捕まってしまった。

 さっきまでナハハと豪胆に笑っていた『銀狼』は、その顔を鬼神のごとく歪めた。


「やっとだ……やっと見つけたぜ……!!」


 銀色の尾が、激しく逆立つ。


 彼女の肉体を中心に、膨大な魔力の渦が訓練場を吹き荒れる。


「その白い髪……虹色の右眼……忘れもしねェ……ッ!!」


……そうだ。つまりはこれは。


「テメェだな……オレの故郷を壊しやがったのはァッッ!!」


 せいぎとあくの、ものがたりなのだ。




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