第16話
──ぬかった。しくじった。気を抜いていた──。
「わっ……なんだ?」
人で溢れ返るギルドの廊下を、駆ける、駆ける、駆ける。
談笑する男女の背中を潜り抜ける。時には、並んで歩く仲良し三人組を押し退けることさえする。
オレは息ぜぇぜはぁと切らすことも承知の上で、一心不乱に青い幽霊が出没する四階を目指す。
「……クソッ!」
少し考えれば分かることだろ。アイツはオレの中のルルア理想像に叶うよう、ボッチな事実を隠蔽するようなドアホだぞ。
オレ以外の男子とご飯食べたら嫌がるかな? とかいらん気遣いぐらいしてもおかしくないだろう。
想像力が欠如していた。暗闇を無視して突っ込むか? 闇に敵が複数潜んでいたらどうする? そういう怠慢が、あの未来の結末に──。
「──後悔は後にしろッ!!」
右眼をほじくり返したくなるような反吐を今だけはグッと喉奥に呑み込む。体内で乱れた魔力を集中し、疾駆へ集中する。
四階の階段が見えた。踊り場を蹴り上げて一気に跳び乗る。曲がり角を急旋回して現場へ急行し、あった、個室だ。
「──ルルアッ!!」
乱暴に扉を叩く。返事はない。鍵が掛かっている。だからどうした。
魔力の弾丸で無理やり錠を破壊する。
そしてオレは、扉を思い切り開いて。
ギコリ、ギコリと、開いた窓から流れる微風に、安楽椅子が揺れている。
安楽椅子にもたれたルルアは──穏やかに瞼を閉ざして、寝息を立てていた。
「間に合った……か……」
あっぶねぇ~~~~! ギリギリセーフだった……!!
ドッと、今になって全身から汗が流れ落ちる。オレは両膝から床に崩れ落ちる。
よーし、どうにかなったらしい。オレはこのままルルアと共に教室へ帰らせてもらうぞ。
「起きろ。風邪ひくぞ」
食べかけのクッキーを放置したまま、気持ちよさそうに眠りこける青い悪魔である。本来ならオレがそうやって自堕落したいのに、未来視とか言うクソ能力のせいでひぃひぃ言わせられる日々は本当にクソだ。
「おい、お前が三度の飯より眠るなんてどうした」
肩を揺すっても、青い悪魔は目を覚まさない。どうやら随分と深く眠り込んでいるらしい。
仕方がないので、ルルアの隣でお互い肩を預け合って、幼馴染同士仲良くおねんねしようかと思ったところ。
キラリと、鋭利なナニカが、窓辺に映る向かいの建物から飛来した。
「──なにッ!?!?」
それは間違いなく、ルルアの首筋を狙った軌道をしていた。
そして、眠り惚けるルルアにその凶刃を躱す術はない。
未来視なんて使わなくても本当に嫌な予感しかしないので、オレは右腕を伸ばして射線を覆い隠す。
直後、右腕に小さな針が突き刺さった。ジワリと致命的な激痛が、腕から心臓へとせり上がる。
「──ッ!!」
……毒殺かよ。それは反則だろ。
クソ過ぎる犯行手段に気が付いてからのオレの行動は早かった。左腕に魔力の刃を構築し──己が右腕を、肩からたった斬る。
「ぐ……おぉ……!!」
ア~~~~!! 久々に身体を欠損する痛みを味わったよ~~~~、エンエンエン!!
とか心の中で言ってないとやってられないぐらいに尋常ではない汗が全身から吹き出した。ブシャリと血飛沫が一室を彩り、何かの芸術作品かな? オレは右肩を抑え込んで部屋の中に蹲る。
切り離された右腕は猛毒に侵されて黒ずみ、灰となったように微風に消える。
「こ、今度は……魔王の右腕でも、継接ぎされるんだろうか……!」
なんかもう、痛いとかいう領域を突き抜けている。右肩は爆熱ヒャッハーだよ。
オレは表情を引き攣りながら左手で制服のポケットをまさぐり、あった。以前にルルアが講義で作った回復魔石を取り出す。
魔石を砕き割ると、身体は山吹色の温かさに包まれ右腕は全快した。
「ふぅ……回復魔石を常備しておいてよかった」
なるほど、オレが見た『オレが右腕を失っている』光景は、ここだったか。
汗水ダラッダラの顔で制服が破けて肌の見えた右腕をぐっぱと握り、だが、今はそんなことをしている場合ではない。
「やはり、何者かがルルアを狙っている」
第二の毒針を打ち込まれてはいよいよどうしようもなくなる。眠ったまま起きないルルアを抱えて個室を発ち、窓のない廊下でひとまずの安全を確保した。
とそこで、青い悪魔はオレの腕の中で目元をゴシゴシと擦る。
「……し、あん……? おはよ……なんか、寝ちゃってた……」
ふわぁだなんてその性根とは裏腹に可愛い欠伸なんかしちゃって、実に呑気な幼馴染である。はぁ~~~~……オレの苦労を察して欲しいとは思わないが、もうちょっと、こう、なんというか……まぁ、合法的に抱き締められたので、今日のところはよしとしてやろう。
「……あれ? なんか、ヘン……」
チッ。まだお目目がとろんとしている青い悪魔も、さすがにオレに横抱きされている現状に首を傾げるようになってしまった。限界か。
ルルアはゆっくりと立ち上がろうとして、けれど、パタリ。オレの方へと倒れてくる。オレのこと大好きじゃん。
冗談はさておき、なるほど。どうやら昏睡のあまり、身体の平衡感覚が効かないらしい。だが、どうしてそれほどの眠りを……?
恐らくはなにも現状を理解していないだろうルルアは、宙を泳ぐようにパタパタと両手両足を動かす。
そして。
「……あっ!そうだシアンっ!!」
とてもとても嬉しそうにぱぁっと笑顔を咲かせて、残酷な事実を告げる。
「さっきね、アイシャちゃんがクッキーくれたの!!」
ガチリと、歯車のかみ合う音が聞こえた。
……やはりルルアは勇者ごっこか食べ物。クッキーに睡眠薬を盛ってコイツを毒殺する判断には、脱帽する。
だが。
「ねねっ、シアンシアン。これって……ボクとお近づきになりたいって印なのかな?」
初めてギルドでのお友達ができそうで、仄かに顔を赤らめているルルア。
コイツの心を裏切る行為は──絶対に、許せん。
「そのクッキーには恐らく睡眠薬が盛られていた」
「……えっ」
「残念だが、アイツはお前のことがよっぽど嫌いらしい。友好の証と見せかけてそんな『嫌がらせ』をするほどにな」
「……そっかぁ」
伝える事実は、あくまでも断片的に。少し悲しそうに微笑むルルアの頭をポンと叩き、オレはゆっくりと立ち上がる。
貧血だろうか。少し眩暈がした。だが、その程度で立ち止まる今のオレではない。胸の底は冷たく、腸は熱く煮えたぎっている。
「しばき倒しに行くぞ」
「……駄目だよ? そんなことしちゃ、」
「アイツは一線を越えた。ルルアを傷付ける奴は、野放しにはしない」
ルルア暗殺事件を決行したのだ。確実に、アイシャは潰さなければならない。
「ルルア、今から絶対にオレの傍を離れるなよ」
「……うんっ」
力強く、華奢な手を握り締める。ルルアは大人しく顔を伏せてコクリと頷いた。
コイツは本当に自由奔放だからな。暗殺者がどこに潜んでいるか分からぬ以上、首輪を掛けておくことに越したことはないだろう。
オレはルルアの手を引いて犯人の元へと直進し、だが、どうやらその必要はなかったらしいな。
「あらぁ──誰かと思えば、『虹眼』のシアンじゃない」
だって、犯人は必ず犯行現場に戻ってくるのだから。
♦♦♦
殺しても、構わないだろう。
オレはそれ言葉の持つ意味がいかなる重みを孕んでいるかを経験として認識したうえで、ギルド四階に現れた凶手を睨み付けた。
数歩距離を置いて余裕に青の長髪を払うは──候補生第一位、アイシャである。
「……奇遇だな、アイシャ。ちょうどお前に用があったんだ」
「へぇ。もしかして、アタシをお昼にでも誘ってくれるかしら」
白々しい会話である。オレはずいとルルアを覆い隠すように一歩前に出て、舌を鳴らす。
「そう見えるか? 見えんなら……その面貸せや……!!」
「……ふふっ。嫌いじゃないわよ、そういう強気な男の子」
まさに一触即発。爆竹ネズミも大慌て。そんな肌にヒリつく空気が、渡り廊下を充実する。
……いや、違う!
手のひらを口元へ上品に当てたアイシャを中心として、本当に周囲の空気が焼け焦げて──。
「だって──そのあと屈服させるのが、なにより楽しみだからッ!!」
紅蓮の嵐が、火竜の鉤爪のごとくオレの身体を引き裂いた。
なーんてクソみたいな未来を右眼に覗き見る。鼻っから一撃必殺とかほんとクソだな。オレにもそれぐらいの才能が欲しいもんだぜ。
赤く煮え滾りがちな頭を楽観で無理やり冷やしながら、オレは一歩後ろへ退く。紅蓮の嵐が吹き荒れた。
「ふーん。今のを躱されるなんてね」
文字通り、竜が暴れたような焼却痕が渡り廊下に斬り刻まれた。
闘技場や魔物の蔓延る外ならいざ知らず、ギルド内でぶっぱして良いってレベルの魔法ではない。少しは加減しろ!!
「っぱ黒か、テメェが」
あんなんまともに喰らったら大怪我間違いなしだ。しかもギルド内でこの暴挙なのだから、アイシャがルルアを殺そうと企んでいたことはもはや明確なことである。
候補生第一位が凶手で、それをオレが喰い止めろと? はぁ~~~~……可愛い子には旅をさせよとはよく言ったものだが、世界はオレが好きすぎるあまりちょいと厳し過ぎやしないだろうか。
「さぁ? 何のことかしら。アタシはただ結果を見にきただけなのに……その子、起きてるじゃない」
必ずコイツは叩きのめして、森の魔女(♂)のあらゆる意味できつ~い仕置きを受けさせてやる。
強く拳を握り締めたオレに対して、ルルアは茫然と突っ立ったまま、小さく唇を震わせる。
「アイシャ、ちゃん……? なんで……?」
アイシャはその紫色の瞳を、キッと鋭く細めた。
「ここまでされてまだ分からないの? そういうおバカなところも含めて、アンタってつくづく癇に障るわね」
あっ……それ以上はまずい。コミュ障の心にトドメが。
「お分かり? アタシはアンタみたいな、アタシより目立つ人間が大っっっ嫌いなのよ」
終わってしまった。
ふらりと後退るルルアのライフは既にゼロだ。これで青い悪魔は生涯オレ以外に友達を作れないトラウマを抱えたことになり、つまりは将来青い悪魔を手に入れるレースはオレの一人勝ちに決定したのである。
「ルルア、下がってろ」
完全に思考と肉体が固まってしまったルルアを置いて、オレは一気に体内の魔力を練り固める。
魔力量がゴミカスであるが故に、オレは体内で循環することで魔力を扱う練度だけをひたすらに鍛え上げた。この技術なら、天才どもにもそう引けは取らない……と思う、たぶん。
ゆっくりと、だが素早く着実に魔力を体内へ張り巡らせ──来た。
渡り廊下を抉り飛ばす。
「──これ以上テメェのお喋りに付き合ってやるつもりはない。潰す」
「第一位のアタシに勝てると思って?」
魔力を込めたオレの右拳が、アイシャの脳天を貫いた。
そのまま床をひび割り、四階を軽く震撼する。一撃を喰らったアイシャは、しかし気絶することなくゆらりと煙のように姿を霧散した。
「蜃気楼よ」
これだから才能のある奴は困る。炎の魔法で温度を操った幻覚による身代わりとか、ズル過ぎるだろ。実質オレの欲しかった分身じゃん。
周囲をぐるりと見回し──見つけた。一秒後の未来に火球を放つアイシャの居場所を見つけ、魔力の弾丸を早撃ちする。
「ッ!!」
血飛沫が、ただの廊下の景色ばかりが映るそこに走った。
ゆらりと、温度変化で擬態していたアイシャは、血を流した肩を抑えながら現れた。
「ふふ……流石に、やるわね」
「……その程度か。どうやらオレは、強くなり過ぎてしまったらしいな」
汗と涙の結晶が良い結果につながった事実は自堕落を愛するオレへの反証であり非常に心苦しいのだが、ギルドに入って以来ランク戦を重ね続けてきたオレにとって、今更候補生一位なんぞ相手にはならないらしい。
アイシャは確実に、オレに追い詰められている。
だのに、その薄ら笑いは消えない。
もっと取り乱せよ。情けなくルルアへ懺悔の言葉を告げろよ。オレは溢れ出す激情の赤に、眉間へ力を籠める。
「何が可笑しい。首席の称号に盲目にでもなったか?」
「もちろん、勝算があるからに決まってるじゃない」
やせ我慢だろう。右眼に映る一秒後の未来に、アイシャが攻撃してくる様子はない。ただその場に突っ立っているばかりだ。
つまりは万策は尽きたということである。ならばこんなクソ仕事はサッサと終わらせよう。
「男の子にはコレを使うのは、アタシの思想に反するんだけれど」
なにか言っているが、未来視でコイツが動かないのは見えているので、気にする必要はない。
オレは右拳に魔力を込める。そして再びアイシャとの距離を詰めようとして、瞬間。
「──『魅了』」
キラリと、紫色の瞳が妖しく光る。
「……ッ!?」
勢いよく飛び出したはずのオレの肉体は、ビタリと、石像のように固まった。




