第15話
幼馴染が死ぬ未来を見た。幼馴染はコミュ障だった。しかも虐められていた。
クソデカ爆弾を三つも投げ渡されたオレは導火線を消す間もなく爆散してしまい、現在、講義室の机に突っ伏して魂を彷徨わせていた。
「分身だ。分身が欲しい。具体的に言うとオレが八人ぐらいになりたい」
「八人になって君はなにをするつもりなんだい?」
オレの苦労はいざ知らず、隣の席で頬杖を突くシリウスである。
「一人はルルアの相手を、一人は過激な教室内の情勢調査を。そして残りの六人は自堕落だな」
「なるほど。君一人で事足りる問題だ」
「なんだと!」
自堕落を地でいくオレにこの精神を捨てろと言うのか!!
あまりに酷過ぎる一言に、オレは講義の最中だというのに立ち上がって声を荒げた。
「そこ、講義を邪魔するなら出て行ってくれ」
そしてオレ達は講義妨害として講義室を追い出され、「またなんかやっちゃいましたか?」なオレに、最上位クラスの怖ーい女の子様からキッと鋭い視線を浴びせられる始末である。
「君はまた厄介な子に目を付けられたね」
「さっきの青髪か?」
黒い宝石のペンダントを下げたあの女子生徒は、妙にオレを嫌っているのだ。
オレは日々を誠実に生きているだけで彼女に何かをしたというわけでもないのに、不思議な話である。
「なにもしていないことはないよ。彼女、自分より目立つ人間が嫌いって知ってるかい?」
「思えばそんなことを言っていた気がする」
「候補生ランク一位、アイシャ。サキュバスと人族のハーフだよ。以前は大人しい子だったみたいだけど、最近、刺々しくなったらしい」
石造りのアーチを潜りながら相槌を打つ。
「よく知っているな」
「僕は人の内側ことはよく見えるからね」
情報通だ。しかしお喋りな情報通ほど恐ろしい者はいない。
オレはニコニコと笑うシリウスの口を両手で塞ぎに、あっ、遅かった。
「支配的な性格になりつつあるのは、サキュバスの血の影響かな?」
中庭で落ち着く幾人かが、キッと、絶対零度の視線を浴びせた。
「お前なぁ……」
「なに、僕だってちゃんと周りを見て発言ぐらいするよ」
「この状況で爆弾発言をフルスイングできる精神性を教えて欲しい」
一般的に、魔族の血が流れる者は、本能的な部分が濃く出やすい傾向にある。
しかしあくまで傾向。誰にでも当てはまるわけではない。そして、そんな自分を嫌に思う魔族は多い。
ここまで一般常識である。
だというのに、人魔の混じる『英雄の守り人』でケロッと吐くとは……コイツ、本当にイイ性格しているな。
「せっかく一位で選抜されたのに、ほら、キミやルルア嬢はギルド長直々の推薦で入ってきただろう? だから気に喰わないんだろうね」
「まさか……アイツが虐めの主犯格なのか?」
「おぉっと、僕が君の一友人として自然にできる手助けはここまでだよ」
知っているのなら教えて欲しいのだが。
思ったところで鐘の音。時間切れか。聞きたいのは山々だが、次は地獄の実践式講義で汗水を垂らさなきゃならん。
「早くなんとかして欲しいな。すごく不便な生活なんだ」
シリウスは右手をひらひらとさせて、別な講義室へ向かった。
♦♦♦
放課後に講義室を訪れると、今日も一人取り残されているルルアの背中を見つけた。
その傍に、古びたローブ姿はない。どうやらカスねぇは時給分(カスねぇ基準)働いてどこかに消えた様子。
本当にカスだが、まぁ、そんな気はしていたからな、きちんと迎えに来てよかった。
「おい、ルルア」
「……! シアン!!」
声を掛けた途端、バシュンと勢いよく席から立ち上がる青い悪魔である。
講義室に残っているのは、オレとルルアだけか。せっかくなので単刀直入に聞いてみる。
「お前、なんでクラスの中で浮いている」
「うぇっ」
蒼穹の瞳からハイライトが失われた。
コイツ、分かりやすいな……。ルルアは口を半端に開いたまま、天井へ視線を泳がせる。
「……ボク、ウイテナイヨ? ミンナと、ナカヨシ」
「嘘へた過ぎないか」
どんどんと情けなくなる青い魔王様に涙を禁じ得ない。
真実を看破すべく可憐な顔を覗き込もうとするも、ルルアは必死に首を振ってオレと目を合わせなかった。
仕方なく、クソデカため息を吐いて空き席に座り込むと、ビクリと怯えたように華奢な身体が震える。
そして。
「……シアンには、知られたくなかったもん」
あ~~~~! めんどくせぇぇぇぇええッ!!
コイツ、まさか自分が浮いていると知られたら、オレがそのまま離れていくとでも思ったのだろうか。
それとも、オレがお前を絶対視していることを自覚していて、だからこそ自分に欠点があることを恥じてでもいたのだろうか。
断じてあり得ない。
オレはなにがあってもコイツを見捨てることはないし、ルルアがナチュラル煽り鬼畜モンスターであることも承知の上だ。オレとお前の幼少期を思い出してみろ。普通だったら泣くぞ、あんなん。
恋は盲目とは言うが、いくらなんでもコイツの欠点が見えなくなるほど馬鹿じゃない。
いや、そのクソデカ欠点を差し引いてなおオレはコイツを選んでいるのだから、やっぱり盲目なのかもしれない。
ここまで心の声。そしてここからは実際の声。
いや、村に居た頃からオレ以外に友達いなかっただろ。
「…………あっ、そっか」
「諦めろ。お前はもうコミュ障の悲しき生物としてオレの中では認識されている。これが覆ることは生涯ない」
「そ、そんなぁ……!!」
「だからサッサと話してくれ。オレも自堕落するので忙しいんだ」
具体的には自堕落三割と暗殺者探し七割ぐらいの配分にしたいので、幼馴染コミュ障案件と虐められ問題は早急に解決したいのだ。
ズカズカと、乙女の心の扉をこじ開ける。
ルルアは白っぽい紫髪に顔を伏せて、ポツポツと呟く。
「……さっきシアンも言ったけどさ、ボクね、村の中じゃシアンしか友達いなかったでしょ?」
「そうだな」
「ギルドに入ったのはいいけど、友達の作り方、わかんなくて……でも、シアンの時とおんなじようにしたら、少なくても一人ぐらいはできるかなって……」
…………これはやっぱり、半分ぐらいはオレと師匠のせいなのかもしれない。
今更過去を悔いても致し方がないので今は捨て置く。いつかちゃんと森の魔女と一緒に菓子包みを渡そうと思う。
「なるほど。それでお前はその性格煽りカスモンスター性を発揮して、見事クラスメイトから嫌われたと」
「そ、そこまでハッキリ言わないでよ!!」
「回りくどいのは嫌いなので結論から言うが、ゼロヒャクでお前が悪い。擁護できないほど状況は詰んだ。もう最上級クラスやめろ」
「うぁぅ……!」
ルルアが机に突っ伏してしまった。
腕を真っ直ぐ伸ばして机に顔を貼り付けたまま、もぞもぞと身体を藻掻いている。情けなくも可愛い。いや違う。
……ん゛ん゛っ。少しイジメすぎてしまった気もするので、ルルアの大好きな飴ちゃんをやるとしよう。
「だが、これから作れるだろう人脈を諦めるのは話が違う。改善すべき点はいくつもある」
のそりと、机の隙間から蒼穹の瞳が覗いた。
「……ボク、まだなんとかなる?」
「物事を始めるに遅すぎるということはない。自分がどれだけ遅いと思おうとな。どうせお前の中ではそこがスタートラインにしかならないだろ」
ルルアは上体を起こした。切り替えが早くて助かる。
「どうすればいいかな」
「それを自分で考えられなければ二の舞だ」
こんなのすぐに答えが分かると思うのだが……さすがは魔王候補生である。ルルアは両手で頭を抱えていた。
「……人のことを煽らない?」
「そうだ」
「……驚かすのもダメ?」
「当たり前だろ」
「…………グイグイ行くのは?」
「時と場合によるが、お前の場合はアウトだ」
ルルアは今にも泣き出しそうにその小顔を歪めて、両手両足をジタバタした。
「ボクが~……ボクのアイデンティティが~~……!!」
「なんなんだコイツ……」
煽って驚かすのが性根とかカス過ぎないか。
オレの人生は根本的に間違いだらけだが、一番の間違いは。コイツのこと大好きになってしまったことなのかもしれない。
「ルルア。お前はもっと周りのことを考えろ。相手が望んで初めて行動を起こせ」
「そしたら、みんなと仲良くできる……?」
ちょっと涙目で覗いてくるのがズルい。すぐに視界から追いやって早口に返す。
「さぁな。だが、これからは教室の椅子に座ってお口チャックしてれば、少しはマシになるだろ」
「……ボク、頑張ってみる」
「本当に頼むぞ。オレは最近忙しいからな。お前の面倒ばっかりを見ていられないんだ」
それに……お前が困っているなら、もっと早くから力になりたかった。
俯くルルアの華奢な手の甲にそっと触れて、呟く。
「……幼馴染だろ。気兼ねなく相談しろ」
「……うん。ありがと、シアン」
♦♦♦
月日が流れるのは早いもので、一カ月。
オレは魔女(♂)に尻を叩かれて遅刻スレスレで教室に飛び込んだ矢先、広がる光景に面食らった。
「ルルアちゃんって普段はなにしてるの?」
「一緒に訓練しようぜ。ほら、推薦組の実力ってのも味わってみたいし」
「良かったら今日の帰り遊びに行こうよ」
「え、えへへ……」
「なるほど。これはオレの都合の良い夢だな」
クラスの男子に囲まれて、ちょっと困ったように頬を掻いて俯く白っぽい紫髪のお嬢様がそこに居たのである。
女子は未だシカトを決め込むルールは変わっていないらしいが、その大勢がチラチラと気になっていそうな視線をルルアに向ける始末。
オレはシリウスに頬を抓ってもらったのだが、普通に痛かった。
「バカな! 人類は目玉が節穴なのか!!」
「ルルア嬢は可愛らしい顔立ちをしているからね。深窓のお姫様になれば、その魅力に気が付く人は大勢さ」
「なんだと……」
詰まるところ、オレはオレしか知らなかったはずの幼馴染の魅力を発信してしまったらしい。
不味い。由々しき事態だぞ。両手で頭を抱えて机に肘をつく。
「……クソッ!!」
どけ!! オレは幼馴染だぞ!!!
狼に囲まれたルルアに不安と我慢が限界を迎えてしまった。オレは己が手に幼馴染を取り戻すためであれば、野次馬を掻き分けるという汗水を垂らす行為さえ厭わないのだ。
やがて人の輪に終わりが見えてきて──しかし、ルルアが席にいない。
「……ん?」
ついさっきまで、座っていたはずなんだがな。
ちょんと、優しく肩を叩かれる。知らない叩かれ方だ。だからオレは油断して振り返り。
「…………ばぁ」
アァァァ~~~~~~ッ!!
なんだ今のは! あんな控え目な笑顔と小声で言われる「ばぁ」なんて知らないぞ!! クソッ、あだまがごわれるッッ!!!!
頭を抱えて奇声を上げながら教室のど真ん中に転がるオレを前に、若干後退る男児どもである。
フッ、これでルルアの周りから狼の魔物は消えたな。計画通りだぜ。
ただし、このまま教室に残ってもオレの不利状況に変わりはないことが痛みを忍んで使用した未来視で明らかになったため、そそくさと廊下へ退散する。
禁断症状を抑えられない青い悪魔は恐ろしいものである。
「危なかった。あのままだと社会的に殺されるところだった」
「アタシがアンタを殺してやってもいいのよ」
振り向くと、黒い宝石のペンダントを下げたアイシャとかいうクラスメイトが居た。
彼女は分かり易く眉間に皺を寄せて、舌を鳴らす。
「アンタがあの子に入れ知恵したんでしょ」
「その方がクラスが平和になると思われたがゆえ」
「ふん。そのお節介のせいで、またあの子が目立ち始めたじゃない」
つまりはどう足掻いてもルルアは目立つ存在なんじゃないだろうか。
そういうわけで、そろそろ虐めから手を引いてくれませんかね。
なんて気持ちを遠回しに伝えてみたが、フンと鼻であしらわれた。クソザコスライムへの対応である。
「これ以上アタシの邪魔するなら、アンタから消してもいいのよ」
「ということが昨日にあったんです師匠」
「事情は理解したけど、前半の惚気は必要だったかな?」
「当然ですが。だって師匠、そういう甘酸っぱい思いをしたことがないじゃないですか(笑)。だからオレが代わりに青春を、」
気が付くと、いつものやつであった。
オレはギルド長室の床で大の字になって痙攣しながら、さらりと金糸の触角を払うティナさんを見上げる。
「し、師匠。たとえオレが死んでしまったとしても、仮にいじめがエスカレートするようなら介入をお願いします」
「私は手加減したからキミが死ぬことはないけれど、その献身に免じて、気に留めて置いてあげよう」
よし、これで虐め問題にも手も打った。あまりに順調すぎてオレの手腕が怖い。
オレが膝を震わせて立ち上がる中、師匠は窓辺の青空を、遠い目で眺める。
「しかし……集団無視、か。若者はまだまだ感情のコントロールが効かない時期だからね。そういう厄介なこともあるんだろう」
「感情のコントロールが効かないのは樹齢千年の師匠も同じでは」
「西の果てで魔王出現の監視役をやりたいとは、見上げた根性だね」
「本当に申し訳ございませんでした」
オレは立ち上がる両膝を床に突いて平服した。
魔王出現の監視役なんて、絶対殉死ルートを開拓するわけにはいかなかったのだ。
靴をぺろぺろすることでなんとか森の魔女から許しを得て、ギルド長室から命からがら脱出した。
「どうして人と会話するだけで命を握られる街に生きなければならないのか」
理不尽すぎる街で今日も呼吸をしているオレを褒めて欲しい。
昼休みとなり候補生の行き交う廊下を歩きながら、ブツクサ呟く。
さて、近頃はルルアにお近づきになろうとする馬鹿共も増えたからな。一緒にランチとか言って、それはもう悪い虫がたくさんくっ付いていることだろう。
だからオレが共に昼食をとらなければならない。
と思って教室の扉を勢いよく開けたのだが……ルルアがいないぞ。
「レッシュ。ルルアはどこへ行った」
「……思えば見かけんな」
行儀よく背筋を伸ばして昼食を食べるレッシュは、ふと言った。
「また独りで昼食を摂ることにしたんだろう」
オレは教室のドアを破って未来の殺人現場へ駆けた。




