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第14話


「知らない未来だ」


 目が覚めた。頭が痛かった。未来は最悪だった。

 オレは未来視の頭痛にベッドをはね転がってみたが、クソ過ぎる光景が消えることはなかった。


「……どうなっている」


 ルルアの死に場所は、魔王城のはずだろう。見知った天井を眺めて、ポツリと呟く。

 だが、何をどう見てもアレは。『英雄の守り人』のギルド内だった。まさか、ほんの瞬きのうちに未来が変わってしまったとでも言うだろうか。


 となれば、近い未来に、勇者様暗殺事件が起きるわけで。


「バカな。相手はあの青い悪魔だぞ」


 殺害手段がまるで見えない。頭を抱えてベッドに固まる。

 しかしただ一つ分かることと言えば、それは、実行犯が相当な手練れであるということだ。


 オレはルルアの元へと駆け込んだ。


「おい、ルルア! 今日からお前は風呂もメシも寝るのもぜんぶオレと一緒だ!! 良いな!!」

「か、勝手にボクの部屋入ろうとしないでっ!!」


 お前ら散々オレの家に侵入しているんだからお相子様だろ!!

 そのはずなのに、最後の防壁であるルルアの寮の玄関扉を巡って、拮抗する両者の力である。


「し、師匠! 助けて!!」

「どうやらとうとうその正体を現したようだね」


 どっから現れやがった!


 オレは朝っぱらから幼馴染の聖域をこじ開けようとしただけ(重罪)だというのに、気が付くと玄関前に叩きつけられていた。

 高級寮への不法侵入者は魔女に首根っこを掴まれて、牢獄(ギルド長室)でお縄に掛けられる始末である。

 一体何のつもりだというのか。


「この前の売人について、追加で話しておくことができてね」


 ティナさんは上等な革製の椅子に座って頬を撫でる金糸の触角を払いながら、赤い瞳を鋭く細めた。


「どうやら私が想定していた以上に、彼らは狡猾にこの街に根付いているらしい」


 そりゃあ、相手は魔王の息が掛かっているだろう闇のギャングだからな。


「一応言っておくけど、これからは怪しい人を見つけても妙なことをしてはいけないよ」

「オレはそうやって汗水垂らすことが大嫌いなんだが……」


 もう十年近くは共に過ごしているのに、師匠はオレに対する解釈が浅かった。或いは年を食うあまり、記憶が怪しくなってしまったのだろう。

 師匠はふと、執務室の窓枠に青空を見上げる。


「キミは、キミにとって一番大切な人を守ることだけを、考えるんだよ」

「……師匠」

「……すまない。ちょっとした愚痴だ。気にしないでくれ」

「……師匠は自分の理想を大切に守り抜き過ぎでは(笑)。だからずっとおひとり様、」


 このまま湿っぽい空気に突入するのは気まずい。オレは初めて師匠と志を同じくして、風魔法によりギルドの庭へと送還された。

 僧侶の癖に剣とか風魔法の方が得意な事実は、一旦脇に置いておく。


「ふぅ。良い年こいて照れ隠しが暴力的な師匠は困るぜ」


 空から降り落ちて頭から地面にめり込んだオレを見て、周囲の人間はそっと距離を取るばかりだ。

 クソデカため息を吐き出すオレも、憐憫と納得の混じった衆人の視線も、まるでいつもと変わらないギルドの有り様である。


 そんな日常の世界に、勇者様殺害事件録が刻まれる気配はない。

 だけども被害者も殺人犯もこの街のどこかに居て、エキストラな観客役は既にたくさん集っている。


「やれやれ、オレは物語の探偵じゃあないんだがな」


 誰が勇者を殺したか。


 オレは一介の未来視持ちやれやれ系主人公なのだから、事件が起きる前にサクッと解決してしまおう。



 ♦♦♦



 ということでオレは早速クソみたいな未来を成敗しに出掛けたかったのだが、重大な問題が発生した。


 オレがあくせく事件解決に奔走している間、ルルアの安全を守る者がいなかった。

 魔女は忙しい。オレも忙しい。そうなるとオレは不安で犯人探しもままならないわけで、つまりはオレは信頼できる大人の住みつく倉庫へと足を運んだのだった。


「ウィッカさん。それとなくルルアの傍にいておいてください」

「藪から棒だね、少年。でもお姉さん忙しいんだ」


 あぁでもないこうでもないと、床に魔法陣を描いてはぐちゃぐちゃにしているカスねぇへ、T通貨の詰まった封筒を差し出す。


「報酬は弾みます」

「お姉さんと少年の仲じゃないか。当然、力を貸してあげるよ」


 途端に両手でオレの肩を掴み、ヤサグレ目元を緩めるカスねぇはやはりカスだった。


 お腰に付けたティナ通貨で野生のドラ猫を従え、講義室へ向かう。

 今日はレッシュとシリウスさえいないらしく、コミュ障な青い悪魔は一人オロオロと講義室を歩き回っていた。


「シアン……シアンどこ……」

「やぁ、ルルアちゃん」

「ウィッカさん!!」


 よし、これでルルアの安全は確保されたな。安心したのでクソッたれな未来視の光景を辿る。


「犯行現場はここだったと思うんだが……」


 訪れたのはクソデカギルド本部の北部。その四階。己の精神を静に集中し、体内の魔力を高めるために使われる個室群の並ぶ廊下。

 しかし、普通は己の中で高めた魔力を利用し、魔法やら魔力強化やらを行使することが多いのだから、この狭い個室はなにかと不便で訓練に使われることは少ない。


 個室について直近で耳にした噂と言えば、幽霊が出るという話である。

 なお、その正体はボッチ飯を決め込むルルアであり、青い悪魔の悲しき生態系が続々と判明する数日に涙を禁じ得ない。


「なにか罠が仕掛けられているわけではないか」


 個室を一つずつ丁寧に立ち入り、四つん這いになってまで上から下までを隈なく精査する。

 事前に罠があって無差別殺人犯がいるとかならまだクソの中でもマシな方のクソだったのだが。

 こうなってくると、やはりルルアは意図を以て何者かに命を絶たれていることになる。


「問題は犯人か」


 未来視で見る限り、犯人の姿は一室になかった。というか、凶刃となった武器はおろか、ルルアの身体には目立った傷さえなかった。

 未来視で分かったことと言えば、口から一筋の血を流していたことぐらいで……或いは背中側から刺されでもしたのか? しかしにしては血痕がなかったし……クソ、まるで役に立たないな。未来視拡張アップデートを入れて欲しいものである。


「目ぼしい収穫はなにもなかったか」

 

 当面のところは、青い悪魔の傍に張り付いて暗殺者の影を探り当てるしかないらしい。

 そんなん無理だろ。は~、止めだ止め。解散。


「どうしてオレばっかりが汗水を垂らさなければならないのか。やはり世界は間違っている。オレが魔王となって正しい方向へと導く必要があるな」

「頓狂な声が聞こえると思ったら、ここに居たか、シアン」


 振り返ると、そこにはツンツン赤髪なレッシュが居た。

 その両手にはトルティーヤが握られている。こんな個室で独り飯をかきこむとは、どうやらオレの友人は悲しきボッチしかいないようである。


「そうではない。貴様に話がある」


 オレ? 自らを指差しながら首を傾げると、トルティーヤを一つ投げ渡された。

 これがお話に付き合う対価ということだろうか。そしてオレとカスねぇは似た者同士であるので、つまりはトルティーヤを齧ることでレッシュの話に付き合うのは当然の帰結であった。


「おい。ちゃんと両手で持って食え。それが食事の礼節だ」

「そうだ……コイツはオレの母さんだった……」


 存在しない記憶が蘇る。伸び伸びと食事をする自由さえ奪われた世界にクソクソ心の中で唱えながら、オレはトルティーヤを丁寧に齧った。

 美味しい。流石は貴族様の選ぶ軽食である。


「話と言うのは、貴様の幼馴染のことだ」

「あぁ、実は友達のいなかった悲しき生物のことか」

「ようやく気が付いたか。アイツはあの性格だからな、クラスメイトには倦厭されている」


 レッシュは語った。青い悪魔はクラス内訓練の際、学友を打ちのめしては無邪気に笑ったことを。

 或いはときおり意味もなく、学友を驚かせては無邪気に笑ったことを。


「当然の帰結だろ……」


 思った以上に重症だった。

 なんで青い悪魔は青い悪魔に……ん? 思い返せば、オレと師匠がありのままのルルアを受け入れ過ぎたせいでは……?


 となると、我が幼馴染が周囲と協調できるようにフォローを入れるのは。


「オレの責任……なのか?」

「そこに疑問を持つな。貴様はアイツの期待に応え、将来を誓ったのだろう?」


 オレは名無しのシアンである。そこまで踏み込んだ言葉を口にしたことは、まだない。

 しかしまぁ、ルルアには将来的に責任を取ってもらうことは、オレの中では確定事項である。


「俺は貴族である以上、庶民のアイツと二人で深く関わることもできんから困っていた。アイツに嫌な被害が生まれんこともないだろう」

「なるほど。だからオレが最上位クラスに来るのを待っていたと」


 クソッ、ただでさえ状況が複雑なのに更なる面倒ごとを寄越してくれるな!! オレは魔力量ゴミカスなんだぞ!!


「この件ばかりはそれも言い訳にならん。近頃はアイツへの虐めもエスカレートしているように思うからな」

「おい待てやめろ。不穏過ぎる言葉が聞こえたぞ」


 もうお腹いっぱいだ。それ以上の厄ネタをオレに押し付け。


「どちらが悪いかと言えば空気の読めないルルアなのは確実だが、クラスの女子はとうとう一致団結してアイツを居ない者として扱うようになった。少々過激が過ぎる」

「」

「早めに手を打たんと、取り返しのつかんことになるかもしれん」


……。


 アァァァ~~~~!!!!


 オレはオレのキャパを越える汗水案件に廊下にのた打ち回った。


 


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