第13話
「やぁ、私の弟子が不登校になったと聞いて飛んできたよ」
朝、合法的な休日に部屋で自堕落していると、お節介な魔女に声を掛けられた。
「これだから一日中暇してる老人は困る」
聖域に不法侵入されたところを見るに、また合鍵を悪用されたようだ。この人たちはオレの家を公共施設か何かと勘違いしているのだろうか。
金糸の触角を払う魔女にも己が悪だという認識はあるようで、毎度事実を述べているだけなのに振るわれる暴力がオレを襲うことはなかった。
「それで、オレになんの用ですか。師匠は知らないかもしれないが、今日のオレには講義も訓練の予定もないんだ」
オレは昨日に講義をドチャクソ詰め込むことで、貴重な休みを作り出したのだから。
いや、自堕落したければ単にギルドから脱退すれば済む話なのだが、人間の常識が通用しない魔女は辞表を読むことができない。焚き火の燃料かなにかと勘違いして、そのまま炎魔法で燃やし尽くされることになる(経験談)。
そういうわけで、今日こそはオレの引き籠り生活を。
「キミが忘れているだけかもしれないが、今日は最上位クラスのホームルームがあるんだ」
「なんだと……」
終わった。
オレの汗水垂らさないためだけの自堕落ルーティーンは開始一時間で終了してしまった。
何を隠そう、オレはランク戦を頑張りすぎた弊害で、とうとう最上位クラスとかいう化け物の巣窟にぶち込まれる地獄が確定したのである。
そうと聞いた日には中級クラスの座席にしがみ付いて魔女に抗議したのだが、どうやら枯れ木と口を滑らせたのが不味かったらしく、晒し首のようにギルドの廊下を引き摺られた記憶は新しい。
そしてクラス単位でのホームルームは月に一度あり、今日はちょうどその日のようだ。
「そういうことだ、シアンくん。サッサと準備してギルドに向かうよ」
せっかく頑張って休みを作ったのに、こんな仕打ちはあんまりだよ~、エンエンエン!
なーんてオレの高度な嘘泣きに一切騙されない師匠は流石なものだ。
「キミは常日頃から突意味の分からないことをするけれど、これまた変なモノを作ったね」
「変なものとはなんだ。それは若者(未来の)に大流行の木製ハンドスピナーだぞ」
師匠はオレが机に並べた未来物産を手に取り、首を傾げた。
「こんな回転するだけの玩具のなにが楽しいんだか。年頃の子の感性は難しいね」
「あぁ(笑)、師匠もとうとう時流に取り残される年頃に、」
オレはまだ喋っている半ばだというのに、激情のような嵐の魔法に吹き飛ばされて最上位クラスの窓から教室へとぶち込まれた。
セリフの続きは最上位クラスのメンバーの前で目を回しながら自己紹介として機能し、オレの醜態を見て彼らは何が起こったのかを察したようだった。
「おかしい。明らかに理不尽な目に遭っている人間がここにいるというのに、どうして誰もオレのことを心配してくれないのか」
「それが君たち師弟の愛だって理解しているからじゃないかな?」
オレは年増男の娘系師匠の暴力的愛情なんて求めていないぞ!
左眼を黒の長い前髪で隠した我が友シリウスに喚く。
「というか、どうしてお前が最上位クラスに(以下略)」
「当然、僕もランク戦を勝ち上がったからに決まっているだろう?」
酷すぎる。
能ある鷹の爪隠しな友の存在に、オレは世界の理不尽さをほとほと突き付けられた。
♦♦♦
月に一度ある各クラスでのHRは、未来視で言うところの小学生みたいな一日である。
詰め込まれる実践講習。情けとばかりに与えられる五分休憩。未来の子供たちはこんな窮屈な生活を送っていると思うと空恐ろしい。
そしていま現在、オレは最上位クラスの学友に囲まれて、魔女様崇拝洗脳カリキュラムの合間に机にぐでーっと突っ伏していた。
「あなたが噂のシアンね、今日の模擬戦はわたしとどうかしら?」
「第七位と模擬戦とか努力確定だろ。絶対いやなんだが」
「良いよなぁ、『虹眼』なんて異名まで貰っちまって」
「欲しいんならやるぞ。この右眼ごとな」
「おっ、アイツが噂の候補生らしいぜ」
候補生だけに留まらず、ギルド正規員までオレを一目見にくる始末だ。
「やぁ、少女。お姉さん良いビジネスを知っているんだ。なんとお友達に商品を紹介するだけで──」
なお、その人混みに紛れて、なにかカス過ぎることをしているカスねぇは無視するものとする。
しかし、はぁ~~~~……世界はようやく、オレという人間の希少性にようやく気が付いたらしいな。
普段なら遅すぎるぞと声を荒げるところだが、まぁ、今は未来物産の販路拡大に向けた人脈形成を。
「やれやれ、人気者ってのは辛いもんだぜ」
「アンタ、これ以上目立たないでくれるかしら? ただでさえその右眼が気持ち悪いんだから」
なーんて伸びきったオレの鼻は、黒い宝石のペンダントを胸に下げた最上級クラスの女子様にブチへし折られた。
確かにオレの右眼は自然界のあぶれ者みたいな色合いをしているが、こんなバカ直球に刺してくるなんて、怖い女の子もいるものである。
「あぅ……あぅあぅあぅ……」
「人の言葉を話せなくなるなんて、僕の友は不可逆な傷を負ってしまったらしい」
ちょっとクラスメイトに毒を吐かれただけで、クソザコスライムなオレのメンタルは蒸発してしまった。
このままでは生きていけないので、ここは青い悪魔とでも話して気分を落ち着かせたいのだが──しまった。人気者になり過ぎたあまり、身動きが取れない。人混みの隙間から我が幼馴染の様子を覗き見て、精神の安寧を図る今日この頃である。
「○○ちゃ~ん!」
休み時間、ルルアは席を立って学友の元へ駆けた。
学友はルルアを避けるようにして、他のお友達とおしゃべりを始めた。
……ん?
「……△△ちゃ~ん!」
笑顔のまま固まったルルアは、めげずに別の女の子に話し掛けた。
また避けられた。
ルルアはどのグループにも入れて貰えず、教室の中途半端なところで突っ立っていた。
誰にも相手されず、教室でニコニコとしている悲しき生物の爆誕である。
「うそだろ……」
「いまさら気が付いたのかい? 彼女は君の前以外じゃあんな感じだよ」
アイツコミュ障だったのか……。
そりゃぁ、ことあるごとに生涯自分を見捨てることがないだろう幼馴染のところまで逃げ込んでくるわけである。
ときどき思い出したように学友へ話し掛けては、シカトされる青い悪魔。その不憫な姿は誰にも見えない幽霊のようで、仕方がないので折を見て助け舟を出すことにした。
「おい、ルルア」
「シアンっ!」
ぶわりと、白っぽい紫色の後ろ髪を揺らして振り返るルルアである。
そのあまりに凄まじい食い付きように、オレは今再び、コイツにガチで友達が居ないことを悟った。
「あ……そうだ! シアンが最上級クラスに来てくれたからさ、もうボクもランク戦始めて良いよね!」
「好きにしろと言いたいところだが……なんでそんな確認をオレに取る」
「え? だってシアン置いてけぼりにならない??」
「なんだァ? てめェ……」
どうしてこんなナチュラル煽りカスモンスターを手助けしようと思ったのか。
終礼の鐘が鳴るや否や、誰よりも早くオンボロ寮に戻る。そしてカスねぇが家に侵入していないことを入念に確認し、嘆息する。
「家の借主がビクビクしなきゃならん理由が分からないんだが」
ブツクサ言いながら未来物産の作成を再開する。
直近のところ、ヤバイ未来は待ち受けていない。問題が降りかかるのはもう少し後のことなので、今ばかりはかなりの余裕がある。
いや、ルルアを今後どうやってクラスに馴染ませてやるかという汗水案件が創出されたばかりではあるのだが、まぁ、最悪オレが隣に居てやればいいだろう。
それじゃあおやすみ、平和な世界。
オレはベッドに飛び込み、快適に寝静まった。
ぼやりと、視界に情景が浮かび上がる。
それは水底から溢れる泡のように、あるいは空を漂う綿毛のように、夢の世界に白っぽい紫髪を映し出す。
西日の差し込む一室。机に置かれた食べかけのクッキー。
自主錬用に造られた個室だろうか。窓の開いた小さな部屋に、ギコリ、ギコリと、安楽椅子が鳴る。
「……」
ギコリ、ギコリと、静かに、穏やかに。
少女はその口元から一筋の血を流して、永遠の眠りに揺れている。




