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第12話

 

 雷を纏ったその拳は、オレの肺を圧壊し、世界から空気というものを奪い去った。


「が……ぁ……!?!?」


 両手で胸を抑えながら、かひゅかひゅと掠れ声を鳴らして後退るオレである。


 痛っっってぇぇぇ~~~!!

 でもこれがカスねぇに一目惚れしたがための症状ではなく、単にグーパンを決められた結果なのだから、純粋に酷い。

 

「おおっと、いきなり決まったー! 『《b》詐欺師《/b》』ウィッカの一撃だー!!」


 なにか、化けの皮の剥がれた二つ名が聞こえたのだが、気のせいだろうか。

 ようやく呼吸の自由も戻って涙目で息をぜぇはぁしていると、カスねぇは右手のステッキをくるくる手遊びした。


「こんな格好しているから、魔術師かと思ったのかな? でも残念、お姉さん優秀だからなんでもできちゃうんだ」


 本当に酷過ぎる。姿格好で対戦相手を騙しにくるとか。やはりカスだ。

 いつだって正々堂々生きている(ただし未来視は使う)オレに対して不誠実だとは思わないのか!!


「だから、これがお姉さんの誠意だよ。いつもは今ので終わらせるんだけど……今日は少年に胸を貸してあげてるからね。サービスってわけさ」

「才能一点集中型の世界が許せねぇ……!」


 どうしてオレには未来視なんてクソ能力しか与えられなかったのか。世界のクソったれな天才どもの才能をほんの少しずつオレに分けてくれれば、世界はもっと良くなるだろうに。


「シアン選手は余裕の様子だァー! 前回のような逆転劇を期待しているぞー!!」


 はぁ~~~……右目が痛くなるのは嫌だが、このままだとカスねぇにボコされてもっと痛くなるのが確定してしまったので、未来視を使うことにする。

 ウィッカさんの健脚が、頭上から叩き落とされる一秒後の光景。オレは覗き見て、半身に躱しながら裏拳。カスねぇの額を叩き割る。


「おっ、少年もやるねぇ。さすがはギルド長のお墨付きなだけはある」

「余裕ぶってる暇……あんのかよッ!」


 まるで堪えた様子のないウィッカさんに、クソデカ舌打ちを鳴らす。

 ぶつかり合う拳と拳。交錯する脚と脚。魔力強化し合った一撃は、闘技場に衝撃波を重く響かせる。


「お姉さんは魔力量ゴミカスな少年と違って、こういうこともできるんだよ」


 互角かと思われた攻防だったが、気がつくとオレは地面から隆起した岩壁に空へと吹き飛ばされていた。

 近接戦闘できる癖に魔法戦闘もできるとか。これもう魔法を使えないオレに対する冒涜だろ。

 そーんな悲惨な未来を右眼に映してしまったので、足払いを止めて退却。直後、オレとウィッカさんを挟むように断崖が隆起し、崩れる。


「へぇ……今のを躱すんだ」


 若干、重い瞼を持ち上げて感嘆を洩らすウィッカさんである。


「でも残念、そこには罠が」

「見えている」

「すごい勘だね。本命はこっちだけど」


 オレは意気揚々と電撃を躱したと言うのに、風魔法で高速に打ち出された岩片に背中をいわされてしまった。

 背中の痛みのあまり溢れる涙を堪えて、突風に加速しながらウィッカさんの肋骨を横蹴りに吹き飛ばす。


「……こ、これはスゴイ! どちらも一歩も譲らない攻防だぞー!!」


 審判は本当にうるさい。なんか。間違って攻撃してもいいのだろうか。

 ウィッカさんは魔法に優れ、折れた肋骨を自ら回復魔法で癒す。対するオレは魔法に嫌われ、絶賛痛みをかみ殺している。


 格差社会が過ぎやしないだろうか。


「こうやって身体を動かすのも、柄にもなく楽しいものだね」

「少しは気分転換になっているといいんだが」

「ふふ。少年、今日のお姉さんはちょっと激しくいくよ」


 生まれる世界を間違えたのかってぐらい、えげつい魔法がバンバン飛んできた。

 巨大な氷柱に、太陽みたいな火球に雷当然の電撃に……少しは加減しろ! オレは魔力量ゴミカスのクソザコスライムなんだぞ!!


「極彩の魔法を躱す躱す躱すー! だが躱しているだけではいけないぞー!!」


 そんなことは言われなくとも分かっているが。

 なので。オレは魔法のカオスを薄皮一枚ぐらいは犠牲にしながら躱す。そして未来視使って、カスねぇの隙を穿とうとして。



 《《カスねぇが》》、《《消えた》》。



「は」


 一秒後の未来には、既にカスねぇの姿はなかった。

……な、なにを言っているのか分からないと思うが、オレにもなにが起こったのか──痛ッッッ!?!? 

 

 重き衝撃が、腹部を貫く。

 きっとカスねぇだ。まずい。軽度の未来視ではやられてしまう──。


「これで、終わりだよ」


──見えた。


 未来視を右眼の激痛と引き換えに強化したオレは、《b》二秒先の未来《/b》に、オレの首へ恐ろしく早い手刀を振り下ろすウィッカさんを捉えた。

 その軌道からなんとか逃れる。腹部を押さえながら咽び泣くオレを他所に、カスねぇは怪訝そうにヤサグレ目元をオレへと向ける。


「……おかしいな。確実に止めのつもりだったんだけど」


 今のはマジで危なかったぞ。《《未来視は三秒が限界》》なんだ。


「勘がいいという言葉では足りないような気がするね。なにかタネがあるのかな?」

「まさか。魔力量ゴミカスな代わりに、人よりちょっとばかし勘がいいだけさ」

「ふーん。少年はそういう生意気な態度をとるんだ。これはお姉さんによるお仕置きが必要だね」

「馬鹿言え。勝つのはオレだ」


 やれやれ。遠近両対応魔術師もどきお姉さんにこのまま無手で挑むのは、かなり骨が折れるのでな。

 手札をもう一つ、切ることにしよう。


 魔力を、右腕に集約する。


 薄く、力強く。腕を覆うように伸ばし、しかし決して身体からは分離させない。ソレは両刃の剣のごとく、オレの右腕を纏う。


 やがてオレは、腕から伸びた紫色の魔力を──ひゅんと振るって。


「……魔力の刃」


 カスねぇが放った岩礫を、一刀両断した。



 ♦♦♦



 魔力の刃。


 魔力を剣に喩え、薄く鋭利に右腕へ構築する未来の魔力技術。

 あ~~~~、これでまた一つオレの武器が世間にオープンされちまったぜ。責任取ってくれよな。


「決戦といかしてもらうぞ」

「望むところさ」


 ウィッカさんは全身に雷魔法を纏い、雷光そのものみたいなぶっ壊れ速度でオレへと肉薄する。

 棒術に振るわれるステッキ。オレは合わせるように右腕に纏った魔力の刃を振るい──火花を散らす、散らす、散らす。

 オレの汗水も絶え間なく散って、気分は最低である。


 小競り合いの続く現状に。時を同じくして飽きがくるのはやはり似た者同士というやつだ。

 オレとカスねぇは鍔迫り合いから大きく後方へ弾け飛び、一撃に、すべてを込める。一寸の違いもなく、前へと飛び出した。


「──これでッッ!!」

「うぉぉおおおッッ!!」


 裂帛の雄叫びが──交錯する。

 背中合わせに人影が二つ、武器を振るったまま立ち尽くした。


 パキリと、魔力の刃にヒビが入る。


 が──勝負はまだ、終わっていない。オレとウィッカさんは同時に振り返る。ダメ押しのみねうちを決めるために。

 そしてオレ達は、武器を相手の首筋へ振るって。


 ステッキが、半ばから砕けた。


「お姉さんの、負けかぁ……」


 すべてを出し尽くしたような汗だくの笑みで、カスねぇは自らの首筋にあてがわれた魔力の刃を見下ろす。

 つまり、その結果が意味するところは。


「ま……またまたやってくれました! 勝者、虹眼のシアンッ!!」


 歓声が──轟く。

 円形の闘技場を崩さんばかりの声量が、殴打跡にズキズキと痛む臓腑を響き渡る。


 まぁ、このオレが汗水を垂らしたにしては、あまりに少なすぎる労いの声だな。

 なにせ、今宵のエールは、オレへと向けられていないのだから。


「どっちも凄かったぞー!!」

「全然落ちぶれてねぇ! 見直したぜ、『詐欺師』のウィッカ!!」

「またパーティ組んで魔物討伐行こうぜっ!!」

「ランク戦勝ち逃げしやがってよー! 今度は俺と組めや!!」


 ポカンと、顔を上げるウィッカさん。

 オレはボロボロローブを纏った肩を叩き、最後の仕事を詰める。


「これは、すべてウィッカさんに向けられた称賛だぜ」

「私に……?」

「そうだ。他者から得られる賛美と評価ってのも、悪くないだろ?」


 カスねぇは導かれるように大歓声の闘技場を見回した。

 溢れる賞賛と肯定の声に、その端正な面立ちが仄かに赤く染まる。それでも、カスねぇは思い直したように、大きく首を横に振る。


「でも……こんなの、まやかしだ……私が欲しいものじゃ……!!」


 そうだ。一番欲しいものがある者達にとって、それ以外は有象無象だ。まやかしに過ぎない、一夜の夢なんだ。


 けれど。


「まやかしだって、良いじゃないか」


 オレはそれを救いだと思う。誰かが肯定してくれるほんの一時の泡沫は、確かに、人に活力を与えてくれるのだ。

 それは薬物などよりも遥かに、温かく、深く。

 オレはウィッカさんの両肩にポンと手のひらを乗せて、笑い掛けてやる。


「生きる理由は、自分を刻む為だけじゃない。人の温もりも、数あるうちの一つなんだ」


 そのまやかしで誤魔化しながら、また少しずつ歩くんだ。


「そんでいつか目標を達して、最後の最後に世界へ高笑いしてやればいい。そうだろ?」


 決してブレなかった琥珀色の瞳が、微かに揺らぐ。


「大丈夫だ。人の温もりがなくなることは恐れなくていい。この先なにがあっても、オレだけはアンタの頑張りを肯定してやる」

「私、を……?」

「だから、道を踏み外さないでくれ」


 仲間がいなくなるのは、寂しいから。

 肩に乗せた両手をそっと背中に回すと、柔く突き放された。ちょっと調子に乗り過ぎたらしい。


 観客席からは拍手喝采。なぜだか青い悪魔の強烈な魔力が背中越しにビシバシと伝わってくるが……ウン、キノセイダヨ、キット。


 カスねぇは少し困ったように、ヤサグレ目元を掻いた。


「ははっ……少年って……魔王みたいな男の子だね」

「青い悪魔と仲良くしてるので」


 ウィッカさんは一歩、オレへと詰め寄る。


「お姉さんの胸を貸してあげるつもりだったけど……ごめんね」


「ちょっと、胸を借りるよ」


 胸元が温かかった。観客が湧いた。

 直後、オレは青い悪魔のミドルキックを背中に喰らった。



 ♦♦♦



「クックック……勇者よ、仲間に刺されるのは意外だったか?」


 背中から腹部を貫かれた勇者が、ぼやりと映る。

 薄暗い黒闇の城は──魔王城。勇者は負傷。だが、魔王との戦いは、まだ始まっていない。

 

 魔王は王座で傲慢に足を組んだまま──ニヤリと、嗤う。

 

「だが──いつから裏切り者が一人しかいないと?」

「……ッ!?!?」


 巨大な雷が、勇者の肉体を貫いた。

 勇者は蒼穹色の瞳を見開いて膝をつく。魔王はその様を見下しながら、指先に──白い粉の入った袋を、揺らす。

 悪意だけが滲んだ豪鬼の瞳は、ローブを纏った女性を、捉えていた。


「俺たちの持つコレが欲しいのだろう? ウィッカ・クルークハイトよ」 


 病的に頬のこけた魔術師は、琥珀色の瞳に勇者を映して、頼りなく笑う。



 ♦♦♦



 あっっっっぶねぇ!! カスねぇ助けといてマジで良かったぁぁぁぁぁ!!!


「ぷんっ! もうシアンのことなんか知らないもんっっ!!」


 なんてオレの背骨を砕き割るという鬼のような所業を行いながら、プンスカ可愛らしく頬を膨らませたルルアに食べ物を一週間も献上し続けることでなんとか許しをいただき、翌日。


 どうして他人の人生を救ったオレがこんな理不尽な目に遭わなければならないのかは甚だ分からなかったし、やはり世の中も未来視もクソだという結論に至るのはいつものことであったが、オレは候補生としての一日で寝落ちした時に、とんでもない未来を垣間見てしまった。


「そんな大事なことはもっと早く教えてくれよな」


 事後報告はできちゃった婚ぐらいにしてほしいものである。


 コントロールできない未来視というのはやはりクソだ。

 一歩間違えれば絶望の未来だった事実に心臓がばっくばくしているオレには休息が必要と判断したため、聖域たる我が家へ帰る。


「やぁ。お帰り、少年」


 右手にエプロン、左手にバスタオルを用意したカスねぇがそこに居た。


……おかしいな。オレは自分の部屋番号を確かめて入ったはずなのだが。伸びきって色々見え掛けているだらしない服を着たウィッカさんはニコニコと言う。


「さて、少年はお姉さんの背中を流してくれるかな? あるいはお姉さんのご飯を作ってくれるかな? そ れ と も、お姉さんのベッドメイキングをしてくれるのかな?」

「この流れでオレが一切得をしないのは本当に意味が分からない」


 近所に住んでいるカスなお姉さん仕様に魔改造された常套句が草葉の陰で涙を流しているぞ。

 他人に寄生することしか考えていない人間のクズを「あぅぅ……」とか言わせながら無理やり腕で押し退けて廊下の扉を開く。

 するとそこには、青い悪魔がナイフとフォークを握り締めてお行儀よく食卓に座っている。


「ボクもシアンのご飯食べたーいっ!!」

「……そろそろ説明が欲しいんだが」


 なんでコイツらは、自分の家みたいにオレの部屋でくつろいでいるんだ。


「師匠が合鍵作ってくれたの!」


 はぁ~~~~……これだから夢小説を読み過ぎて自らが女装男子になってしまった系師匠は困る。

 男女をひとつ屋根の下にぶち込めば、当然なにも起きるわけ、とか思ってんだろうか。


 オレはこの部屋の正式な借主として二人の不法侵入者へ退去を求めたのだが、気が付くと玄関から放り出されてバタンッ! ガチャッ!! と鍵を閉められてしまった。


「許さない。もう二度と家には帰らない」


 オレは今日からカスねぇの縄張りである公園で生活することを誓った。

 あまりの風の冷たさにベンチでガクブル膝を抱える夜を過ごしていると、遂には森の在り処さえ忘れて深夜徘徊に公園まで来るようになったボケ魔女に出会った。


「おっ、こんなところに居たのか、人たらしの癖に踏ん切りの足りない我が弟子よ」

「誰にも相手されずに枯れた人にだけは言われたくないですね」

「キミは踏み入ってはいけない一線を易々と越えてくるな」


 先にオレの聖域を侵したのは師匠のはずなのに、オレは人間椅子となって師匠の尻の下に敷かれていた。

 あ~~~~もう我慢の限界だ。その♂とは思えん柔らかさのケツを揉みしだいてやろうか。


「で、キミの言っていた売人についてだが」

「この状態で続けるんですか」

「淑女に対する配慮のできないキミが悪い」


 すこーし真面目な話のようなので、諦めて四つん這いになりながら聞くことにする。


「いつの間に、あんなネズミが私の国に潜り込んだのかな。必ず元凶から根絶やしにするよ」

「ヒエ……」


 あくまでも聖女様が治める世界の統治の一部を王権神授的に委任されているだけの分際なのに、まるで一国の主であるかのような発言である。

 流石は森の魔女だ。人間の常識を知らない。


 だが、ここに来て未来視により魔王とお薬の関係性まで見えてきた始末。

 きっとアレは危ない組織だ。ここ魔女の支配下では、商売を諦めてもらうことにしよう。


「よろしくお願いします」

「うむ」


 師匠はようやくその重い腰を上げてくれた。

 自由を取り戻したオレは涙をし、いや、それよりオレの部屋を占拠した乱暴者どもをなんとかしてくれませんか。


「あぁ、それと」


 ずいと、上等な紙を渡される。


「これ、請求書だよ」

「……ん?」


 オレはこんなゼロがいくつも付くような借用をした覚えはないが……?


「シアンくん、路地裏を破壊しただろう? その修繕費さ」

「……なるほど」


 オレは家に帰って青い悪魔とカスねぇに泣き付いた。



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