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第11話


「師匠師匠~。或いは人間の常識も忘れてしまった森の枯れ木さま、今お時間ありますか?」

「そうだね。シアンくんに礼儀が身に付いた頃には、私の時間はできると思うよ」


 それだと百年経っても時間が来ないのだが。

 オレはギルド長室を丁寧にノックして正しく上位者への対話を要求したというのに、風魔法という名の暴力によって廊下へ吹き飛ばされてしまった。


 そのまま扉の鍵を閉めるという大人げのなさ過ぎる対応に扉前でギャン泣きしていると、秘書さんは微妙そうな顔をしながら扉を開いてくれる。

 フッ、勝ったな。魔女とのコミュニケーション能力が高すぎるオレに乾杯だぜ。


「それで、一体なんの用かな? 私はこう見えても、忙しいんだ」

「やはり老体になると活動時間が短くなるんですね」


 今度のオレは外に放り出されることはなかったが、本棚に囲まれた執務室で芋虫みたいに這いつくばる結果となった。ティナさんは金色の長髪を細い指先で払いながら、しっとりとした唇に息を吐く。


「まったく……どうして私の弟子は被虐趣味に走ってしまったのか」

「断じて否定するが、仮にそうならそれは百パーセントで師匠のせいですね」


 残りの百パーセントは青い悪魔だ。コイツらは幼少期のオレをねじ壊してきた紛れもない悪である。あんなに屈辱に塗れた幼き日はいま思い出しても涙を禁じ得ない。

 そんな閉鎖的な村に嫌気が差して街に飛び出したというのに、そこもまた魔女の支配下であったのだから、もうオレの平穏は生涯訪れることがないのだろう。


 まぁ……街の支配者が近くにいるというのは、悪いことばかりではないが。


「単刀直入に言うと、ギルド長特権でランク戦を組んで欲しい相手がいる」


 机に山積みの書類にサインする師匠の手が止まった。赤い瞳を瞬かせて、パタリと、ペンを落とす。


「キミが、自らランク戦を……? 将来はルルアちゃんとギルドの看板になってもらうつもりだから私は構わないが……明日はこの世の終わりなのか……?」


 うるさいぞ! 除草剤ぶちまけてやろうか!! 女装だけにな(笑)。と言わなかったオレの我慢を褒めて欲しいものである。

 そしてなにやら魔女の危険すぎる思想が露見した気がしたが、ここでは聞かなかったことにする。


「相手は誰かな」

「ウィッカさんです」

「やっぱりキミは彼女が気になるのかい?」

「力になってあげたいと思いました」


 基本的に大陸でいっっっっちばん汗水を垂らすのが嫌いなオレであるが、今回はルルアの未来とか関係なしに、彼女を助けたいと思う。

 だって似てるからね、オレたち。知る知らないの差はあれど、不可能としか思えない未来に抗ってる点が。

 苦しみを共有できる仲間は大事にしたいものである。これは一人だと苦しみに耐えられなくなるオレのか弱すぎる事実の裏返しでもある。


「彼女は固く自分を持っている子だ。助けられないかもしれないよ?」

「それでも、諦めることはしたくない」


 オレの真摯な瞳(欲望と保身まみれ)を見てなにを思ったのか、長く生きすぎたあまり目が節穴になってしまった師匠は、フッと微笑んだ。


「いい眼差しだ。セッティングしておこう」



 ♦♦♦



「え? 普通にやだよお姉さん? ランク戦とかそういう面倒なことは」

「……えっ」


 ポイと果たし状を投げ捨てたウィッカさんを前に、誕生日プレゼントをサプライズしたみたいなオレの得意げな顔は真冬に凍り付いた。

……ルルアと同じ反応で同レベルの思考している? ハッ、オレをあの馬鹿と一緒にしないで欲しいな。 


 作業場の倉庫から立ち去ろうとするカスねぇの足元に、オレはすかさずすがり付いた。それはさながら、領主に懇願する貧民のような有り様だった。


「そこをなんとかお願いしますウィッカさん。もう闘技場の予約も済んでいるんです」

「必死だね……」


 嘆願など気にも止めずオレを振り払おうとする姿はやはりカスだったが、オレの魔力強化全開な縋りように、面倒臭そうな顔で立ち止まってくれた。

 どうしてオレがこんな目に遭わなければならないのか。これだからオレは自堕落に引き籠っていたくなるんだ。


「少年は見かけによらず強引な手段を取るんだ」

「青い悪魔が幼馴染であるがゆえ」

「なるほど」


 あのナチュラル煽りモンスター+年齢不詳魔女が相手だったんだ。恥を忍んででも強引な手段を厭わない性格になったのは成長とも言えるし、魔王になれたはずのオレが弱体化させられた結果であるともいえる。


「まっ、良いや。たらふく食べさせてくれたお礼に、余剰エネルギー分ぐらいは相手してあげるよ」


 そういうわけでカスねぇから承諾を得たので、早速ネオ・フロンティアのど真ん中に聳える魔法石製の黒い円形闘技場に向かう。

 今は受付を済ませて洞窟みたいな通路を辿りながら控室へ歩いているが、外から聞こえてくる歓声からして、夜も夜なのに満員御礼の様子である。


「決闘とか面倒臭くなってきたな……帰ろっかな……」


 控室で服を脱ぎ脱ぎして戦闘用ウェアに着替えていると、だんだんとオレの自堕落な部分が目を覚ましてきた。

 思えばオレはどうして、こんな汗水垂らす方法を利用しようとしたのか。カスねぇも嫌がってたろ。ウィッカさんは知識肌なのだから、別の未来技術を提供するとかで気持ちを紛らわせてあげればよかったんじゃないだろうか。


「……うん。そうだ。そうに違いない」


 一人でこくこくと頷く。よし、今日の決闘はおやすみだな。

 そうと決まれば、控室のロッカーにでも身を潜めてオレは失踪したことに。


「《b》ばぁっ!!《/b》」


……???


 反射的にロッカーの扉を叩き締める。そのままオレは慌ただしく縄を持ってきて、ロッカーをぐるぐる巻きに厳重封鎖した。


「よし、これで当代の魔王は封印されたな」

「ボク魔王じゃないもん! 勇者になるもん!!」


 ホッと息を整えた途端、隣にはぷんすかしたルルアが立っていた。

 おかしい。オレは未来視によって得た最も丈夫なロープの括り方を参考にしたはずなのだが、青い悪魔の理不尽チート才能にはなんの役にも立たずに引き裂かれてしまったようだ。


「シアンが面白いことするって、師匠から聞いたよ!」

「それはさておき、なんでオレの控室にいる」

「駄目なの?」

「駄目だろ」

「え?」

「え?」


 オレの生着替えシーンとかなに勝手に覗いているんだという話である。

 コイツはオレを丸腰で家の中を徘徊しているペットか何かと同じぐらいの目線で見ているのだろうか。お互いに向けている感情の重さに巨石と鳥の羽ぐらいの如実な差があって悲しいものである。


 もうどういう感情でいて良いか分からなくて決闘どころの心行きではなくなっていたところ、ルルアは控室のベンチに座ったオレの隣にずいと座った。そしてオレの方へとスライドした。オレは身体ごと押されてしまった。

……なんだ、その距離感。ジトッと蒼穹の瞳を細めて、ぷくりと真っ白な頬を膨らませる青い悪魔である。


「シアンが自分からランク戦するなんて……ボク分かったもんねー、シアンはウィッカさんのこと好きなんだー」

「あの人はオレとよく似ているからな。困っているなら助けたくもなる」


 いきなり訳の分からないことを宣われたので真顔で返すと、えいえいっ、とそのままルルアは身体ごとオレにすり寄ってきた。その柔らかい肌に反して力はあまりに強烈で、オレは呆気なくベンチから蹴落とされてしまった。


「確かに……情けないところとかよく似てるかも」


 酷い。カスねぇとの共通点がカスなところとか、もう恥の多い生涯を送って来ましたものである。

 駄目駄目だし、すぐ涙目になるし……と納得したようにうんうん頷くルルアにオーバーキルされたところで、青い悪魔はいつもの満面の笑みを浮かべた。


「それよりさ、シアンすごいね! ウィッカさんに挑むなんて!」


 確かに、ウィッカさんは一応ギルド正規員だからな。候補生が正規員に挑むとか中々ないことなので、正面切って褒められるのもやぶさかでもなかったりする。

 でもまぁ、アレは所詮、近所に住んでいるカスなお姉さんだからな。別にランク戦ぐらいどうってこと──。


「だってウィッカさん、元ギルド内トップ10のすごい人だよ!」

「なんだそれは詳しく説明を要求する」


 まずい。オレの知らない情報がたったいま開示された気がする。空耳だと思いたいその単語が現実ならば想定外に事態は深刻だし、恐らく知っていて黙っていたのだろう森の魔女は住処ごと火炙りの刑にかけてやる所存である。


「ボクも又聞きしただけだからよく分かんない! 基本的になんでもできるけど、特に電撃魔法が得意なんだって!!」

「黒焦げになって終わりだろ……」

「シアンってよく燃えるもんね!!」


 こんな場所にいられるか! オレは寮に帰らせてもらうぞ!!


「シアン選手ー! そろそろ準備をお願いしますー!!」


 終わってしまった。

 オレを地獄へ導く審判が大手を振って呼び掛けてくる声に堪らず逃げ出そうとしたところ、青い悪魔はロッカーを縛り付けていたロープでオレをぐるぐる巻きに拘束し、オレを闘技場へと転がしやがった。


「おっと、本日の主役! 『虹眼(にじめ)』のシアン選手がユニークに登場だァー!!」


 ぜぇぇぇぇっっっったいにそれだけは止めて欲しい『異名』に情けなさすぎる登場にまたも素知らぬ顔でニコニコと手を振っている森の魔女に、もうツッコミが大渋滞していてオレのキャパオーバーである。


 それでも拗らせ童貞魔女にだけは大歓声の中で盛大な舌打ちを零してやると、魔女の耳は特別製だったようで、戦いを控えているというのにオレは暴風に目を回された。ただでさえ不利対面なのに逆ハンディキャップを与えてくるとか、うちの師匠はスパルタ過ぎて困る。


 なんて、とうの昔に友達はいなくなって年中寂しそうな師匠と戯れていると、正面には三角帽子にステッキを携えた、ボロボロローブのウィッカさんが現れた。

 カスねぇは観客席で過密に集った誰彼をぐるりと見上げている。


「ランク戦なんて久しぶりだよ。資金集めに奔走していた頃以来かな」

「なら、オレの大先輩ですね」

「そうだよ。今日はお姉さんのたわわな胸を借りるつもりで来ると良い」


 ドンと、これ見よがしに叩かれる大きな胸元。恐らくはオレという期待の新星に注目して過密状態な観客たちの目は一瞬で奪われた。

 なんか、青い悪魔さえもが自分の胸元を見下ろして、その両手を虚空に揉んでいる。


「ない……ない……」

「大丈夫だよルルアちゃん。キミはこれからさ」

 

 オレが汗水垂らして獲得した視線をプロポーションとかいう才能一つで奪い去ってくる世の中はやはり不公平だ。

 そして観客はともかく、青い悪魔までオレから奪うとはさすがに許容できない。カスねぇはどこからどう見ても魔術師タイプ。魔法を掻い潜って、レッシュみたいに一発ぶちかましてやるぜ!


「では、元トップ10ウィッカ・クルークハイトと『虹眼』のシアン、ランク戦開始ッッ!!」


 直後、雷拳がオレの鳩尾(みぞおち)にめり込んだ。



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