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外見は冷徹、内心は尊死!? ギャップ全開の侯爵夫人、ざまぁも愛も母発です!

作者: 葛葉 灯花

 私は執務室にて、静かに魔道具を覗いていた。

 そこに写るのは王城での、舞踏会の映像。

 とあるド派手な衣装の令嬢が自らドレスの裾を踏み、階段から派手に転げ落ちていった。

 床に転げ落ちた令嬢は、壁際にいた質素な服装の女性を指さし、泣き叫ぶ。


『お姉様に押されましたの~!』


 会場にいた貴族たちが、一斉にざわめいた。

 第二王子は、すぐさまド派手な令嬢の元へと駆け寄り慰める。

 それから事実確認もせず、親の敵とでも言いたそうな表情で、地味な令嬢めがけて罵声を浴びせた。


「この陰険陰湿女には、もううんざりだ!直ちに牢にぶち込んでおけ!」


 と。


「……愚かしい。」


 無意識に独り言をつぶやいた。

 映像に映る廷臣たちは、誰一人真実を見ようとせず、王子に同調して質素な女性を責め立てる。


「こんなのが婚約者だとか、あり得ない!破棄だ!破棄!」


 ――まるで腐敗を凝縮したかのような光景。


 だが、その中でただ一人、質素な女性を背にかばい、真っ向から対立する少年がいた。


『殿下、エリーゼ伯爵令嬢は無実です。』


『はあ?おまえは何を見ている!俺が犯人だと言えば、そいつは犯人なんだよ!』


『これだけ離れた距離で、彼女がどうやって背中を押すんですか?』


『……』


 激高する王子に対し、あくまでも無表情に冷静に対応する少年。

 だが、王子は彼の言葉に、全く耳を傾ける気はないらしい。

 それどころか衛兵を呼んで、質素な女性共々取り押さえようとしていた。


『私が命を懸けても、貴女をお守りいたします!』


 少年は、その彫刻のように美しい表情を変えることなく、令嬢に向けて言い放った。

 ギロリと王子へ視線を向ければ、彼は怯えたように後ずさる。


『失礼!』


 少年は小さな声でそう言うと、怯えて震える彼女に近づき、すぐさまお姫様抱っこをする。

 それから、取り押さえようとやってくる衛兵たちを華麗に交わしていく少年。

 気がつけば、すでに舞踏会会場からは、姿を消していた。

 後に残されたのは、呆ける傍観者たちと、衛兵につばを飛ばしながら指示を出す王子、そして何やら悔しそうにハンカチの裾をかんでいる、ド派手な令嬢であった。


「茶番ね……。」


 私は魔道具を見つめたまま、静かに瞼を閉じた。


「……あの子らしい。」


 冷ややかに言葉を落とす。

 表情には一切の揺らぎはない。

 ただ。

 ほんのわずかに、口角が上がってしまっていることに気がつかないまま……。



 数刻後、邸の門が開く音がした。

 急ぎ駆けつけると、あの質素な令嬢がうつむいて立っていた。

 その隣では、美しき銀髪の少年が、自分の上着を着せた令嬢の肩を抱きつつも、やってきた家令に指示を出している。


『頼もしい子ですこと。まったく、誰に似たのかしら?』


 私は毅然と姿勢を正し、切れ長の瞳で二人を射抜く。


「何事です。」


 この屋敷の女主らしく、取り乱すことなく冷静に、切れ長の瞳で令嬢を見据える。


「ファザードが女性を連れて帰るなんて。――どちらの泥棒猫ちゃんかしら?」


 広間は水を打ったように静まり返った。

 家臣たちは息を呑み、こちらを伺うような目を向けている。

 令嬢はただうつむいたまま、その場でブルブルと震えていた。

 そんな中。

 ファザードが、まっすぐに私を見る。


「母上!こちらの令嬢は、私の客人です!言葉をお慎みください!」


 いつもは無言の息子が反論したことに対し、一瞬だけ、口元が緩んだ。


 ……大丈夫、扇で私の口元は隠れているし。


 「コホン……。」


 短い咳払いをし、私は表情を変えることなく命じた。


「詳しい事情は、のちに聞きましょう。まずは客人に休息を。早く温かい湯に浸からせて差し上げなさい。」


 すると私の一言で、家臣たちが慌ただしく動き出す。

 私は振り返らずに、その場を後にした……。




 たどり着いた先は、私専用の執務室。

 後ろ手に扉を閉め、鍵をかけると、すぐに机へと向かう。

 机の上には、小さな蜂の形をした魔道具が、ちょこんと座っていた。


「……ルンルン、今日もいい子ね。」


 羽を震わせるそれは、私の相棒――〈見守ルンルン〉。

 長年の研究で作り上げた、私の誇りのひとつ。

 誰にも気づかれず、目に映るすべてを映し、音を拾ってくれる。

 その映像は、大型の<母の愛の水鏡>へ転送され、記録も可能。


「ふふ、“母の愛”って便利で尊いものですわね。」


 そう呟いて、小さな羽をそっと撫でる。


「……ちゃんと記録できていますの?」


 ブゥン(ぬかりはねぇ!姐さんの指示は命より重ぇ!)と、可愛らしい羽音が返る。

 思わず頬がゆるみかけ――慌てて咳払い。


「……当然ですわ。侯爵夫人たるもの、抜かりなどあるはずがありません!」


 窓を開けて、ルンルンを放つ。


「さあ、あの二人の様子を、母に報告なさい。」


 ブゥン!(合点承知の助!若旦那の恋路、きっちり見張ってきやすぜ!)

 小さな羽音を残して、ルンルンは暗闇の中に溶けていく。

 私は微笑みをこぼしながら、水鏡の前に歩み寄った。


 部屋にはエリーゼ伯爵令嬢が、ソファーの隅にちょこんと座っている。


『コンコン……。』


 ドアのノックと共に、令嬢の両肩が、ビクリ!と大きく波打つ。

 部屋に入ってきたのは、ティーセットを持ったファザードであった。


『母がすまない。普段、女性に縁のない私が突然貴女を連れて来たので、驚かれたのだと思う。』


『いえ、私こそ申し訳ございません。』


『まずは、暖まるといい。』


 湯気の立つ紅茶をティーカップに注いで、彼女の前に差し出した。


『ありがとうございます……。』


 彼女は、消え入りそうなか細い声でそう言うと、紅茶を一口含んだ。

 第二王子の元婚約者だけあって、見た目も所作もとても美しいご令嬢である。


『美味しい……。』


 彼女の表情が少しだけ、緩んだのが見て分かった。

 

『今日はゆっくり休むといい。その前に、お腹はすいていないだろうか?会場では何も口にしていなかったように、見受けられたのだが?』


 『ご心配くださりありがとうございます。それよりも、私なんかを匿ったら、ベルシュタイン侯爵家にご迷惑がかかるのでは?』


 瞳を揺らしながら、息子に問いかける。

 とても儚げで、全てを諦めているような、そんな表情をしていた。


『問題ない。貴女も私も、悪いことは何一つしていないのだから。』

 

『でもきっと、リュシエル様や、私の両親が……。』


 そう言って立ち上がる彼女の手に、息子は優しく自分の手を重ねると。


『貴女が心配することは何もない。それよりも疲れているのだろう。今日はゆっくり休むといい。』


 そう言って、彼女にソファーへ座るように促した。


『頼れる人がおらず、甘えてしまって……。申し訳ございません。』


『我が家へ、勝手に連れてきたのは私だ。君は大切な客人だ。何も気に病むことはない。湯浴みが済んだら、軽く何かを食べるといい、用意をさせておくから。』


 気がつけば、ドアのすぐそばにメイドが控えていた。

 どうやら湯浴みの準備ができたらしい。


 息子は、メイドに目配せをすると、そのまま部屋の外へと行ってしまった。


「……これは、いろいろと調べる必要がありそうですわね。」


 舞踏会でのあの扱いといい、今の会話といい……。

 元々、リュシエル第二王子は、あまり賢くないともっぱらの噂だ。

 取り巻きのヨイショで、勘違いしている節がある。

 王都ではやりのドレスや、きらびやかな宝石で身を固めている妹も、おかしい。

 姉であるエリーゼ嬢は、宝石一つ身につけてはいない。

 それに身につけているドレスも、とても質素で伯爵令嬢とは思えないものである。

 

「さあ、ルンルンたち、お仕事ですわよ。」


 そして目の前に、大量のルンルンを置き、それぞれに指示を出していく。

 ルンルンたちは、ブゥン(へいへい、任せときな!お仕事だお仕事!)、とかわいらしい羽音を立てると、静かに窓から飛び去っていった。


「おや、仕事ですか?」


 気がつけば、すぐ後ろに息子とよく似た、長身の美しい青年が立っていた。


「お、お帰りなさいませ旦那様。申し訳ございません。気がつきませんでしたわ。」


「かまいませんよ、客人の件でしょう?いろいろと伺いましたよ。」


 そう言うと、旦那様はいつも通り、私の額に軽く唇を当てた。


「相変わらず、お耳のよろしいこと。」


「かわいい私たちの息子のことですからね。でも今は、私にかまってほしいのですが。」


 そう言って、旦那様は私をお姫様抱っこした。


「あとは、明日でもよろしいのでは?」


 彼は耳元にて、艶めいた甘い声でつぶやく。

 そして、彼の腕の中で、長い夜は静かに更けていった。





「……さて、今日も状況の整理をいたしましょうか。」


 私は机の上に広げた地図の上に、小さなピンを次々と打ち込みながら呟いた。

 あれから毎日のように、我が家は襲撃を受けている。

 今朝は城からの追っ手が三手に分かれてこちらへ向かっていた。

 予想どおりの動きだ。


「まったく……我が家に刺客を送るとは、命知らずにもほどがありますわ。」


 そのとき、周囲を囲むように羽音が鳴った。

 金の小蜂――〈見守ルンルン〉たちである。


「皆、ご苦労様。今日も一日、よろしくね。」


 ブゥン!(へい!姐さん!任せときな!)

 元気のいい返事と共に、ルンルンたちは一斉に飛び立った。

 机の上に静寂が戻ると同時に、水鏡が淡く光を放つ。

 そこに映るのは、息子と令嬢が過ごす温室の映像。

 ガラス越しの陽光が差し込み、薔薇の香りが満ちる中、二人は向かい合って紅茶をたしなんでいた。


(まあ……まあまあまあっ!この距離感!尊いですわ!ムスコたん、ガンバ!)


 私は両手を握りしめ、こっそり机の下で足をばたつかせる。

 興奮気味に水鏡を再度覗けば、令嬢を見たファザードが、ふと表情を曇らせた。


『……すみません。あの、少し休まれた方がよいかと。』


 ファザードがそっと立ち上がると、彼女は首を振った。


『お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ。』


 確かに。

 心なしか、無理して笑っているような……。


『いえ、無理をしてはなりません。』


 そう言うや否や、息子はひょい、と彼女を抱き上げた。


(む、ムスコたん?いつの間にそんな、流れるように……?)


『っ!? ファザード様!?』


『どうかなさいましたか?』


『……え? あ、あの……』


『父がいつも母にしているのですが……違いましたか?』


『え?あの……ありがとうございます……。』


 エリーゼ嬢は、真っ赤になってうつむいてしまった。

 ファザードを見れば、そんな令嬢を不思議そうに眺めている。


(ムスコたん~~~!?ちょっと待って!それ、あなたのお父様限定行動ですのよ!?それにしても。父が母にするのを参考にしてくれたの~!うれし~い!素敵~!かっこいい~!尊い~!)


 私は胸を押さえ、机の下で足をバタバタさせながら、どうにか声を殺して転げ回る。


「ルンルン!今の映像は──永久保存といたしますわ!!」


 ルンルンが羽を鳴らす。

 ブゥン!(へいへい、こりゃ永久保存モンだな!尊死フォルダ入りっと!)


 しばらくして、息子は令嬢をベッドに優しく降ろし、毛布をかけている。

 その慎重で不器用な動きに、母としての誇りと愛しさが入り混じる。


(ああ……あなたは本当に、あの人の子ですわね……。誠実で、真っ直ぐで、少し不器用で……尊すぎて母は息ができませんわぁ~!)


 しかし、その感動も束の間。

 執務机の端に赤い光が灯る。

 〈警告灯〉だ。


「……追っ手、来ましたわね。」


 表情を一瞬で引き締め。

 優雅な所作のまま、手を振る。


「侯爵家に手を出すなど、命知らずにもほどがありますわ。」


「――迎撃なさい。ただし致命は避けて。」


 ブゥン!(あいよ、姐さん!今日も華麗にやってやらぁ!)


 ――数分後、屋敷の外では黒装束たちが泡を吹いて倒れていた。

 ルンルンの針に仕込んだ麻痺毒が、少々強かったらしい。


「……母は、強いのです。」


(刺客が三人だなんて、今回は少なすぎません?もしかして、バカ王子と妹、今度は十人単位で送り込むつもりとか!?……やめて!我が家が刺客で、満員御礼になってしまいますわぁぁっ!)


 そして予感は的中する。

 その後も、城から何度も送り込まれる刺客。

 そのたびに。


「また刺客ですか。――捕らえなさい。無駄な殺生は不要です。」


 私は冷徹に命じた。

 だが胸の奥では悲鳴をあげていた。


(もう、三桁行きそうな勢いですわよ!? 我が家は刺客でお腹いっぱいですわぁぁ! )


「――今夜も捕虜部屋が不足しますわね。寝具と食糧を今すぐ増やしなさい。経費は私の決裁で。」


「記録と尋問は順次、抜かりなく。皆様、よろしくて?」


 しかし、それに伴う収穫も多々あり。

 飴と鞭を微妙に使い分け、捕らえた刺客を計画的に懐柔し、証言を残していく。


「雇い主は……第二王子殿下と妹君、そして時々、ご両親と。」


「すべてを記録なさい。」


 ブゥン!(へいへい、証拠、完了っと!)


(ふふっ、これで刺客返し準備万端ですわ! 母は全力で、ムスコたんとお義娘候補を守りますのわよぉ~。)


 王城では、旦那様が虎視眈々と証拠集めにいそしんでいらっしゃる。 

 すべてがそろう日も、そう遠くはないはず。

 それまで、彼女には申し訳ないが、心を強く持っていて欲しいものである。


 夜。

 怯えて眠れぬ令嬢をルンルン越しに見かける度に、温かい飲み物を持って訪れた。

 いつも謝る彼女に。


「謝る必要などございません。あなたはとても誠実なお方です。私が責任を持って、必ず証明してみせますわ。」


(昔の私も、この年の頃は不器用でしたもの。誰かが手を差し伸べてくれるだけで、どれほど救われたことか……。)


 言葉をかける度、彼女は安心するのか、涙を流し始める。

 そして、いつも。


「ありがとうございます。」


 そう言って、微笑んでくれるのだ。

 だが今日は、それだけではない。


「こちらこそ。いつもメイドたちのお手伝いをしてくれてありがとう。」


「お、お世話になってばかりですので、せめてもと……。」


「貴女は伯爵令嬢なのに、家事全般がとても手慣れているのね。メイド長が『お手本にしたい』と申しておりましたわ。」


「家ではいつも、私がしていましたので……。」


「家事全般がこなせて、教養もあり、所作も美しく完璧。貴女はどこに行っても恥じることのない、素敵なご令嬢よ?胸を張りなさい。」


「あり……がとうご……ざいま……す。」


 震える声でそう言うと、ポロポロと大粒の涙をこぼした。

 そんな姿を、表情を変えずに見守るのも、最近難しくなってきている。


(私の表情筋、ファイトですわ!それにしても尊い~~~っ……!もう我が家の嫁でよろしいのではなくて?)


 七日間。

 私は刺客を退け、証拠を集め、令嬢を守り続けた。

 あとは旦那様と最終打ち合わせをし、最終決戦を残すのみとなった。


 そしてその夜。


「やれやれ、相変わらず我が家の外は、賑やかですね。」


 低く澄んだ声が、背後から響く。

 振り返ると、そこには麗しの――私の旦那様。


「お、お帰りなさいませ、旦那様……!」


「息子のことは、うちの影経由で聞きました。……私の真似をしているようですね。」


 そう言って、他人の前ではめったに崩さない表情を、いとも簡単にほころばせる。


「そ、それはっ!悪気はないんですの!純粋で、真面目で、ええと……。」


 旦那様は、ふっと微笑んだ。

 世の女性が、黄色い声を上げて気絶するという笑みを、私はいとも簡単に、しかも毎日見ることができる。


「――君が嬉しそうだったからでしょう。息子はよく見ています。」


 旦那様は、とてもうれしそうだった。


「~~~~っ!?///」


 私は耳まで真っ赤になる。


「やはり──私の妻は、誰より愛らしい。」


 そう言って、旦那様は私の額に唇を落とした。

 氷のように冷たいと周りに言われているその人の手も唇も、今日もとても温かい。


「……これからも、あの子の前でも、仲睦まじくしましょう。彼のいい手本になりますし。」


「……そ、そうですわね。」


(うううう、ムスコたんも将来、お嫁さんにこんなことをするのかしら?私以外の女性に?でも、お嫁さんだし……。でも、私のかわいいムスコたんだし……。)


 私の中で、尊死と母性が渦を巻く。

 そのとき窓辺で羽音が鳴る。


 ブゥン!(姐さん!若旦那、今夜もお姫様抱っこ中!)


「今日も我が家は平和ですわね。」


(うちにはスパダリしかいないのかしら?)


 そんなことを考えていると。


「ふふ、では――私たちも、負けてはいられませんね。」


 旦那様が耳元でにこやかに、そして艶めいた甘い声で囁いた。


「え?」


 次の瞬間、私は旦那様に抱き上げられていた。


「旦那様っ!?///」


「君が一番、尊いですよ。」


 侯爵邸に、ルンルンたちの粋な歓声がこだまする。


 こうして、夜は静かに更けていった――。



――朝靄の王都。――


 私は侯爵邸の執務室にて、静かに<母の愛の水鏡>を覗いていた。

 鏡の向こうでは、王城の大広間――。

 玉座の前には、麗しの私の旦那様、氷結の宰相レオン・ベルシュタインの姿がある。

 黒の正装に、銀糸の紋章が煌めく。

 あの冷静な眼差し。

 どれほどの重責を背負っていても、微動だにしない背筋。


(……やっぱり、世界で一番素敵ですわね、私の旦那様。)


 そう呟きかけて、私は慌てて頬を押さえた。

 冷静に。冷静に。今は恋する乙女ではなく、侯爵夫人。

 彼の右腕として、この国の安寧を陰で支える立場なのだから。

 水鏡の傍らでは、ルンルンたちがブゥン(任せときな姐さん!)と羽音を響かせている。

 百体以上の働き蜂が、王城の各所に潜伏し、音もなく情報を届けてくる。


「さて、皆。記録と中継、抜かりなくお願いね。」


「ブゥン!(任せな!)」


 頼もしい返事が響く。

 私は微笑み、水鏡の映像に視線を戻した。


「――第二王子リュシエル・ディルハルト。及びマリアナ伯爵令嬢。

 これより、侯爵家襲撃および虚偽断罪に関する尋問を行う。」


 国王陛下の声が響く。

 会場に緊張が走った。

 映像の中で、王子と妹は顔を青ざめさせている。

 彼らの背後には、彼らの両親である伯爵夫妻。


(あらあら。自業自得というものですわね……。)


 私は紅茶を一口すする。

 香ばしい茶葉の香りが、少しだけ張り詰めた心を和らげた。

 王の隣に立つ旦那様が、一歩前へ進み出る。

 鋭い刃物のような研ぎ澄まされた声が、広間を満たした。


「陛下。まずはこちらをご覧ください。」


 旦那様が掲げたのは、私がルンルンを通じて届けた魔道結晶。

 その光が水晶球のように浮かび上がり、会場中央に映像を投影する。

 そこに映るのは、舞踏会での真実。

 ド派手な妹が自ら裾を踏み、転げ落ち、姉を陥れる瞬間。

 そして、息子――ファザードが令嬢を抱き上げて逃げ出す場面。


 それだけではない。

 エリーゼ嬢が、今までどれだけ家族に虐げられてきたのか、そして使用人たちをどれだけ助けてきたのかという証言が、次々と語られる。

 城に勤める者たちからも。

 彼女がいかに優秀であり、どれだけ王子のわがままに振り回されていたかが証言された。


「ま、まさか……!」


「これは捏造だっ!」


 王子と伯爵夫妻の叫びが響く。


(ええ、いつもの台詞ですわね。でも残念。これはあなた方の“生中継”付き証拠映像ですのよ。)


 私は小声でつぶやき、ルンルンに合図を送る。

 即座に次の結晶が起動し、刺客たちの証言映像が連続で投影された。


『第二王子殿下の命令でした。』


『報酬はマリアナ様の従者経由で……!』


『伯爵夫妻が、報酬は城から出るからと……!』


 次々と白状する刺客たち。

 彼らはすがすがしいほどに、晴れやかな顔で証言している。

 中には、日に日に顔色がよくなり、肥えてきた者さえも……。


 旦那様は、ただ一言も発さず、静かにその映像を見守っていた。

 そして、すべてが終わった瞬間――。


「……これが事実です。」


 氷の刃のような静かな、そして鋭い声。

 広間の温度が、一瞬で氷点下となる。


「国家の名を騙り、罪なき者を貶め、我が家を襲撃した――。

 その罪、万死に値する。」


 王子と妹が震え、伯爵夫妻が膝をついた。

 国王はゆっくりと立ち上がり、重々しく言い渡す。


「第二王子リュシエル、及びその協力者マリアナ伯爵令嬢並びに伯爵夫妻。王家の名を汚した罪により、すべての爵位を剥奪し、領地を没収する。」


 その瞬間。

 水鏡の端で、ファザードが静かに安堵の息を吐き、エリーゼ嬢が小さく礼をした。


(……よく頑張りましたわね、お二人とも。)


 よく見れば、二人はお互いの手を強く握りしめている。

 そして自然と顔を見つめ合い、にっこりと微笑んだ。


(う、初々しいですわ。ずっとそのままでいてくださいまし~~!!)


 これが世に言う、尊死(とうとし)なのか……。


 私は鏡の前で、そっと胸に手を当てた。


(……終わりましたわね、旦那様。)


 水鏡の中で、旦那様は静かに玉座へ向かって頭を下げる。

 そして、退廷する前に――。

 ふと、ほんの一瞬だけこちらに視線を送って……いる?!

 茶目っ気たっぷりにウインクをし、声を出さず口だけ動かすと、また前を向いて静かに立ち去っていった。


(唇の動き……。え?“ア・イ・シ・テ・ル”って、旦那様~~~!!もうもうもう~~~!!)


 彼の、妻に対するねぎらいの言葉。

 そう、彼はすべて分かっている。

 自分の背後に誰が立ち、どんな想いで支えているのか。

 それでも私が表に出ることを望まないことも、 彼は尊重してくださる。


 ――だから、私は影でいい。


 すべてが終わり、夜。

 私は静かに水鏡を閉じ、ルンルンたちを労った。


「皆、よく働いてくれましたわ。これで、エリーゼ嬢の名誉も守られました。」


「ブゥン♪(お仕事完了でいっ!)」


 可愛い羽音が、部屋に響く。

 私はふっと笑みをこぼした。

 そんなとき、背後の扉が静かに開く。


「……やはり、ここにいましたね。」


 低く柔らかな声。

 振り向けば、レオンが立っていた。


「旦那様……お疲れさまでした。」


「……すべて、あなたのおかげですよ。ありがとう。」


 そう言って、彼は静かに私の手を取り、唇を落とす。


「公の場では申し上げられませんでしたが――あなたの支えあってこそ、私は宰相でいられるのです。」


 その言葉に、胸が熱くなった。


「……そんなこと、ありませんわ。私はただ、あなたと息子を見守っているだけですもの。」


「それが、何よりも強い支えです。」


 彼はそう囁き、そっと私を抱き寄せた。


「本日は、少々疲れました。ひとつ、ご褒美を頂いてもよろしいでしょうか。」


「え?」


「この後の時間を、すべて私にお預けくださいませ。」


 そう言うと旦那様は、私の唇に優しく自分のを重ねた。


 窓の外では、満月が煌めいている。

 ルンルンたちは静かに羽音を響かせ、

 水鏡の上に、温かな光の輪を描いた。


(今日も、我が家は平和ですわね。)


 私は彼の胸の中で、そっと微笑んだ。


――完。

息子と旦那様の尊さで日々尊死する侯爵夫人。

今夜も“母発ざまぁ”で国を救いました。

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