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オーバーフロー

作者: 琉稀.

都心の高層ビルの隙間に

ぽつんと取り残されたような古いホテルがあった。

外壁はリニューアルされているのに

入口の床は不思議なくらい湿っている。


タモツ「うわー

……ほんまにここなん?めっちゃ安いやん」


カメラを構えたタモツがふざけた調子で天井を撮る。


シュン「やめろ、客入ってきたら映るやろ」

リーダーのシュンが小声で注意する。


タカシ「それより湿気、やばくない?」

とタカシが眉をひそめる。


ロビーの時計の下では誰もいないはずなのに

どこかでぽた…ぽた…と水が滴る音がしていた。


夜十時を回ったばかりの廊下は

どこか異様に静かだった。


壁の明かりは薄暗く

カーペットの上にうっすらと湿った跡が続いている。


タカシ「なあ、これ……水漏れでもしてんのかな」


タカシがしゃがみ込み

足跡をなぞるように見つめる。


シュン「やめろって、そういうの言うなや」


シュンは平静を装いながらも

カメラを握る手に汗をかいていた。


タモツ「いいやん!映えそうやん!」


タモツは笑って、足跡を踏むように歩いていく。




タモツ「どうもー!ミッドナイトグレイでーす!」


スマホ越しの生配信で

タモツの元気な声がロビーに響いた。


タモツ「今日はなんと!

都心の激安ホテルで一泊検証します!」


シュン「ちょ…声デカいって……」

タカシ「そもそもここ普通に営業してる場所やぞ。」


ふたりの静止をよそに

視聴者からのコメントが流れていく。


――その中のひとつにシュンは一瞬、眉をひそめた。


《床、濡れてない?》


シュン「……え?」


スマホを構えたまま

シュンはロビーのカーペットを見下ろした。

視聴者のコメントに釣られて目を凝らすと

確かに足元がほんのり光を反射している。


タモツ「おいおい、やめろよ。

そんなコメント拾うなって」


タモツが笑い飛ばすように言いながら

しゃがみこんだ。


タモツ「でもこれ……濡れてるよな?

なんか、ほら、足跡……みたいじゃね?」


 

その言葉にタカシも歩み寄り眉間にしわを寄せた。


タカシ「……水漏れか?清掃入ったばっかとか」

シュン「いや、でも、これ……」


シュンは飲み込みかけた言葉をそのまま吐き出した。


シュン「俺ら…誰もここ通ってないよな?」


足跡は三人のものではなかった。

細い足がじっとりとした跡を点々と残している。


しかも──廊下の奥へ向かってまだ続いていた。


タモツ「ちょ、これ……行ってみようぜ!」


タモツが足跡を追って笑う。


シュン「いや、やめとけって……!」


シュンが声を荒げると

カメラを持つ手がわずかに震えていた。


タカシ「シュン、落ち着け。

なにかあるなら撮るのが俺たちの目的だろ」


タカシは冷静に言ったが

その瞳の奥にもわずかな動揺が見える。


カメラの先、足跡の終点は──

立入禁止と書かれた屋上への扉の前だった。


足跡は扉の前で途切れていた。

まるでその先へ消えてしまったように。


シュン「……ここ、立入禁止やん」


シュンが低くつぶやく。

張り紙は日焼けして文字がかすれているが、

“屋上関係者以外立入禁止”と読めた。


タモツ「いや、こっから上がったってことやろ?」


ドアノブに手をかける。

ひんやりした鉄の感触に

思わず「冷てっ」と声を漏らした。


タカシ「やめとけ。勝手に開けたら怒られる」


タカシが制するが

タモツは肩をすくめてカメラに向かって笑う。


タモツ「みんな気になるやろ?

この先なにがあんのか」


そのときロビーから

ずっと見ていた視聴者のコメント欄が

一気に流速を上げた。


《水音してない?》

《今、後ろ通ったよな?》

《ねえ、そこ開けちゃだめ》


シュン「……は?」


シュンが画面を覗き込む。

ライブの音声に混じって

ぽた……ぽた……と水が滴る音が入り込んでいた。

それはマイクの不調じゃない。

明らかに近くで響いている。


タモツ「……なぁ、これ、上からやない?」


タモツが扉の向こうを見上げるように呟いた。


確かに──

屋上のほうから

水があふれ落ちるような音がしていた。

遠いのに妙にはっきりと。


シュン「……タカシ、これ……」

タカシ「……行くのか、シュン」


タカシの冷静な声にシュンは言葉を詰まらせた。

だがカメラを握り直したその手が

決意を宿したように見えた。


シュン「行くしかないやろ……!

このまま終わらせられるか!」


シュンの声は震えていたが力強かった。


タモツ「よっしゃああ!ホンマに出たらバズるぞ!」


タモツが無邪気に笑いドアノブをひねる。


ギィィ……と音を立てて、扉がわずかに開いた瞬間─


冷たい水滴が一粒、シュンの頬を打った。


扉を開けた先には狭い階段があった。

薄暗い非常灯がかろうじて灯っているだけで

上の様子は見えない。


その階段の途中

ところどころに……水がたまっていた。


タモツ「おい、なんやこれ……雨?

いや今日降ってへんよな」


タモツが指先で床を触れる。

じっとり冷たい水が指を伝って落ちた。


シュン「やっぱやめとかん……」


シュンがカメラを構えながら、階段をにらむ。

その顔色が青白いのは

非常灯のせいだけではなかった。


タカシ「……でも行くんやろ?」


タカシが短く言うと

シュンは奥歯をかみしめた。


シュン「……行く。ここまで来たんやから」


ギシ、ギシ、と階段を踏むたびに湿った音が響く。

タモツはいつもの調子で

「これ絶対バズるやん!」と笑うが

シュンの耳にはその声が遠く感じられた。


やがて階段を上りきる。

そこには、夜風の匂いと

……圧倒的な水の気配があった。


屋上のコンクリート一面が水たまりで覆われている。

天井はないはずなのに夜空が水面に映り込み、

まるでそこにプールが

“まだ残っている”ように見えた。


タカシ「……うそやろ……」


タカシが低くつぶやく。


タモツ「見ろや!これ絶対動画にしよ!」


タモツがはしゃぐ声を上げる。

その足元を、小さな波紋がすっと走った。


シュン「……おい」


シュンがカメラを構えたまま、声を震わせる。

水面の向こう側。屋上のフェンスのそばに──


誰かが、立っていた。


長い髪が夜風に揺れている。

顔は、見えない。

けれど、その足元から絶え間なく水が滴り

屋上の水面に溶けていく。


シュン「なぁ……今、こっち見たよな……?」


シュンの問いかけに、誰も答えなかった。


ライブのコメント欄が急に荒れだす。


《おい誰?今の誰?》

《やばいやばいやばい》

《映ってるよ!増えてる!!》


タモツがゆっくりとシュンとタカシを見回す。

そして、カメラのモニターを指さした。


タモツ「……おい、三人しかおらんのに──

四つ…顔、映ってる。」


モニターに映った**“四つ目の顔”**から

三人は目を離せなかった。

屋上のフェンスのそば

夜風に髪を揺らす人影が確かにカメラに映っている。

けれど屋上には自分たち三人しかいないはずだった。


そのとき、屋上全体に低い水音が広がった。

ぽた……ぽた……と水が落ちる音が

やがてざわざわと波の立つ音に変わり

足元の水たまりが勝手に揺れ始める。

非常灯の光が水面に乱反射し暗闇にうねりが走った。


タモツ「シュン来てる!あれ……来てるって!!」

タモツが甲高い声を上げた。

フェンスのそばに立っていた“それ”が

ゆっくりとこちらに歩き出したのだ。

夜風に長い髪をなびかせ

裸足の足元から絶え間なく水を滴らせながら

一歩、一歩、音を立てて近づいてくる。


シュン「やめろ……!映すな!」


シュンはカメラを握りしめたまま

放り出すように下げた。


その瞬間レンズの向こう側から

冷たい水滴が飛んできたかのように

モニターが水に覆われたように曇り

映像が真っ白に滲んだ。




シュン「逃げろっ!!」


シュンが叫んだ次の瞬間

三人は一斉に背を向け階段へ駆け出していた。

非常灯だけの暗い階段を

靴底が水をはじく音を立てながら

息もつかずに一段飛ばしで駆け下りていく。



無我夢中で走り続け気づけば三人はロビーにいた。

シュンは荒い息を吐きタモツは床に座り込んでいた。

タカシがカメラを手に取り、録画を確認する。


――そこには、屋上の映像は一切残っていなかった。


ただ音だけがはっきりと記録されている。

ぽた、ぽた、と滴る水音。

そして、微かに笑うような女の声。


シュン「……これ、なんなんや……」


フロントに向かったシュンは意を決して尋ねた。


シュン「なあ、このホテル、昔なんかあったんか?」


受付の年配の男性が、一瞬だけ顔を曇らせた。

そして、静かに言った。


男性「……あんたら、屋上に行ったんか?」

シュン「……え、あ、ああ……」


受付は、低い声で続けた。


シュン「五年前や。

大雨の夜にあそこのプールで女の人がひとり

溺れて死んだ。原因は不明や。

誰も見てへんのに、監視カメラだけは

水面に誰かが立ってるって映してた。

それからや……夜になると水音がするって

言い出す客が増えて屋上は立入禁止にした。

誰も、行かへんようになった。」


フロントの奥

廊下のほうで──ぽた、ぽた、と水音が響いた。


男性「……お客さん、早よ帰りなはれ。

……もうあんたら三人しか泊まってへんのやから。」

ご覧いただきありがとうございました。

2作品目となるホラー作品。皆様を少しでも

恐怖の世界に誘えていたら嬉しいなと思います。

企画期間中にまたいくつか作品を投稿予定ですので

お待ちいただけると幸いです。

よろしくお願いします!!

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