教師
あれをきっかけに、自分の教育係が代わった。以前は優しく指導してくれたコニー夫人という女性だったが、アルベール・ジョルジュという男性になった。
初顔合わせでコニー夫人はどうしたのかとアルベールに訊いたら、こんな返事が返ってきた。
「コニー夫人は殿下の教育に失敗したとみなされて、辞めさせられたのです」
自分はコニー夫人が好きだった。さすがにこのときは、コニー夫人に対して罪悪感が湧いた。
アルベールはコニー夫人と違って厳しかった。といっても体罰を受けたわけではない。理詰めで論破されまくったのだ。
「よろしいですか、殿下の妃にふさわしいのは、リリアンヌ嬢しかいないのです」
「なぜだ?」
「まずは血筋です。リリアンヌ嬢の父君のワーズ公は陛下の従弟です」
「マリーもこうしゃくれいじょうだぞ」
「ええ、クレマリア嬢の父君のメール公は陛下の再兄従弟です。ですがリリアンヌ嬢はそれだけではありません。コレガ王国の王族の血を引いているのです。二つの王族の血が流れている令嬢は、今の我が国にはリリアンヌ嬢しかいないのです」
コレガ王国は隣国の隣国だ。我がロニオン王国とコレガ王国の間にはデスハイム帝国という大国がある。周辺の国々にたびたび武力による侵攻を繰り返しているならず者国家だ。デスハイム帝国を牽制するために、周辺国同士で政略結婚を行っている。リリアンヌの血筋の話もそうしたケースのひとつなのだろう。
さすがに当時の自分も血統の重要性は理解していた。それを否定してしまったら、自分の地位もなくなってしまうからだ。それでもなんとか反論しようとして幼い頭をひねった。
「……あのしこめはほんとうにワーズこうのこどもか? ぜんぜんにてなかったぞ!」
「醜女などと言ってはなりません。リリアンヌ嬢はご両親ではなく、お祖母様に似ているのです」
「おばあさま?」
「リリアンヌ嬢の母君のワーズ公爵夫人のそのまた母君は、コレガ王国の第三王女なのです。リリアンヌ嬢のあの容貌こそ、高貴な血筋の証なのです」
そう言われても当時の自分にはピンとこなかった。コレガ王国の王族はブサイク揃いなのかと思っただけだった。
アルベールは軽く咳払いをすると、リリアンヌのアピールを続けた。
「リリアンヌ嬢の素晴らしさは血筋だけではありません。魔法の才もです」
「さい?」
「才能のことです」
魔法は誰でも使えるわけではない。魔法が使えるのは十人に一人と言われている。そのほとんどは竈門に火を点けることができるとか、手を洗う水が出せるとか、日常生活をちょっと便利にする程度のことしかできない。
「まほうがつかえることがそんなにすごいのか?」
「単に魔法が使えるというのではありません。リリアンヌ嬢は三歳で王立魔導学院に入学し、五歳で魔導博士号を取得、つい一月前に大賢者の称号を授けられたのです」
王立魔導学院に入学できるのは一万人に一人、魔導博士号を取得できるのは十年に一人、大賢者は百年に一人いるかいないかだ。
「ほんとうか?」
「本当でございます」
「しこめがずるをしたのではないか?」
「醜女などと言ってはいけません。審査には大勢の魔導士が関わっています。不正の余地などありません」
「ならしこめをおうきゅうでめしかかえればいいだろう」
「殿下、これ以上リリアンヌ嬢を醜女呼ばわりなさるのなら、陛下に報告しなければなりません」
「すきにするがいい」
「ではそうさせていただきます。リリアンヌ嬢は歴史上稀に見る天才なのです。決して外国に流出させてはいけない人材です。その血を王家に取り込むことができれば僥倖なのです」
そう言われて、自分は家畜なのかと思った。今ではある意味そうなのだと理解できるが。
「ボクはたねうまではない!」
「では人と家畜の違いは何なのかをよくお考えください」
コニー夫人と違い、アルベールは本当に父に報告した。その日の夜、父は初めて自分に手を上げた。