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面食い王子の回顧録  作者: 無虚無虚
悪役令嬢の回想
16/17

婚約者同士の会食?

 翌朝の朝食は皇帝に招かれた。

 私が食堂に案内されたときは、皇帝はすでに食事を始めていた。

「おはようございます、陛下」

 挨拶をする私を見て、皇帝は思ったことを口にした。

「昨日と同じ服装だな」

「着替えや身の回りのものは、男爵様と一緒に行方不明になりましたので」

「そうか……それは使えるな」

 皇帝はいわゆる悪い顔をした。

「あのチンピラどもの処分の話だ。君の私物を盗んだということにすれば、堂々と俺が処分できる」

 このとき私の目は点になっていたと思う。

「あいつはドーベルク辺境伯の寄り子だから、それ相応の大義名分がないと、皇帝の俺でも手が出せないからな」

 昨日は綱紀粛正を徹底するとか、言ってなかったっけ?

「……処分は辺境伯様にお任せしては?」

「ザルで水が(すく)えるか?」

『上には色々と顔が利く』って、そういうことだったのね。

「ところで、私は何をしたらよいのでしょう?」

 皇帝は不思議そうな顔をした。

「給仕をすればよいのでしょうか?」

「なぜそうなる?」

「席につく許可をいただけませんので」

「席についてよい……そういうことは先に言え」

 言われなければ分からない方が問題ですよ、陛下。


 ───◇───


 オスヴィ帝が即位したのは二ヵ月前。父親の先帝が急病で崩御したとき、皇太子だった兄を押しのけて帝位を継いだ。どうしてそうなったのかは闇の中だ。

 オスヴィ帝は即位するために、あちこちに相当な借りを作ったらしい。国内の貴族の取りまとめに苦労しているという話は国外にも伝わってきた。

……ここまでが、風聞で事前に知ったデスハイム帝国の情報だ。では今日までに分かったことで答え合わせをしましょう。


 まず皇帝は、自分の命令に背いた一代限りの男爵を処分するのにも、寄り親の辺境伯の顔色を窺わなければならないようだ。貴族が好き勝手やっているのに抑えられないというのは本当らしい。

 短い時間だが実際に接してみると、皇帝は年齢の割に幼いところがあり、皇族としての常識に欠けるところがある。陰謀を巡らせて皇太子だった兄を追い落とせるタイプに見えない。やろうとしても失敗しそうなタイプだ。周囲(つまり国内の有力貴族)に乗せられて皇帝になったと考える方がしっくりする。

 有力貴族が新たな君主に皇太子ではなくオスヴィ皇子を担いだのは、やはり転移魔法が理由だろう。転移魔法があれば、戦争は圧倒的に有利に戦える。コレガ王国はその検証兼デモンストレーションのために、犠牲になったのだろう。

 転移魔法が使えるのに幼いところがある皇子は、貴族たちから見れば傀儡(かいらい)にするにはちょうどいい存在というわけだ。

 メンヒェン男爵が私を殺そうとしたのは、ドーベルク辺境伯の指示の可能性が高い。せっかく操縦しやすそうなお子様皇帝を擁立したのだから、外国から賢そうな(きさき)なんか迎えたくないでしょう。できれば自分の娘か孫娘を嫁がせたいところでしょう。


……うん、暗い未来しか見えない。個人的にも、国際社会的にも。


 ───◇───


 私が席につくと、給仕係が私の前に皿を並べた。メニューは皇帝と同じもののようだ。有り難くいただく。

 食卓には皇帝と私の二人しかいない。確か即位したばかりの皇帝には、まだ正妃はいない。

「陛下、私の他に側妃はいないのですか?」

「いないが、なぜそんなことを訊く?」

「私のように、恭順を示した国から姫君を人質として迎えるのかと思いまして」

 皇帝の顔が不機嫌になった。

「人質など不要だ。俺はいつでも敵の不意を突けるのだぞ。他国のすべての国民が人質同然なのだ」

 ふーん。ハーレム目的じゃなかったんだ。

「なるほど……ではなぜ私を側妃として召し上げたのですか?」

「君が俺に匹敵する魔導士だからだ。敵に回したくないから、手元において味方にした」

 まだ味方をすると決めたわけじゃないんですけど。

「それにだ。あの君の元婚約者を見て思ったよ。あんな愚物には君はもったいない。国王もそうだが、あいつらは君の価値が分かっていない。『豚に真珠』というやつだ」

 ファビアン王子が愚物というのはそのとおりだけど、私から見れば皇帝(あなた)もかなりのポンコツなんですが。魔法の腕と顔面に極振りした残念系イケメンなんですけど。でもいい機会だから取引(ビジネス)の話をしましょう。

「陛下は私に何を求めるのですか?」

「何って……協力だが」

「ですから、その内容を具体的に仰ってください」

 そう言われると、皇帝は口ごもった。

「まさか、何の考えもなしに私を召し上げたのですか」

「いや、敵に回したくなかったら、とりあえず味方にするのがセオリーだろ」

「では陛下のお望みは、私が敵対しないことですね」

「……うん、間違ってはいない」

「それでしたら話は簡単です。私には、帝国の側妃としての最低限の生活を保障してください」

「それは当然だろう。それで君は俺に何をしてくれるんだ?」

「何もしません」

「は?」

「陛下に不利になる行動はしませんが、それ以外は自由に行動します」

「ちょっと待て。それはおかしいだろう!」

「おかしいでしょうか。『敵に回したくない』『手元におきたい』という陛下のご希望通りです」

「それはそうだが……君は俺の妻になるんだぞ!」

「では側妃ではなく正妃にしてください。私に妻としての責任を求めるのなら、正式な妻にしてください」

 皇帝は顔を真赤にした。「ぐぬぬ」とかいう心の声が聞こえてきそうな表情だ。国内の貴族がこぞって反対するからそんなことはできない、その程度は理解できるようだ。

「側妃には側妃の務めがあるだろう」

「では速やかに正妃を迎えてください。正妃の席が空いたままでは、側妃の立場のままで正妃の役割を押し付けられてしまいます。そのような責任と報酬が釣り合わない職場はごめんです」

 皇帝はまた「ぐぬぬ」モードに突入した。自分の娘や孫娘を正妃にしたい国内貴族はゴマンといるだろう。正妃選びには相当な時間と労力を必要とすることも、理解できているらしい。

「……君は人質なんだぞ」

 私は立ち上がった。勢いで座っていた椅子がひっくり返って、大きな音を立てた。驚いている皇帝に向かって言い放つ。

「私は人質ですが、奴隷ではありません。私を奴隷のように扱うというのであれば、私自身の尊厳をかけて闘うのみです」

「闘う?」

「陛下と私で、魔導士の一騎打ちをしましょう!」

「待て。誤解を招いたようだ。言い方が悪かった。君にはもう少し協力してほしいと言いたかったのだ」

 本気(ガチ)で闘えばどうなるかは皇帝も予想できたらしい。魔法は生活をちょっと便利にするもの、という認識しかない平民には想像できないだろうけど、私たちの様に大陸でも上位数人のレベルの魔導士が暴れたら、少なく見積もっても帝都の半分は吹き飛ぶでしょうね。本当にそんなことをやったら、魔女狩りならぬ魔導士狩りが起きかねないから、普通はやらないけれど。

「でも協力の内容は具体的には決まっていませんよね」

「……」

「具体的な案件が発生してから相談してください。その都度、協力の内容と対価を話し合って決めましょう」

「対価を要求するのか?」

「オプションに別料金が掛かるのは常識です。定額(サブスク)契約はお断りします」

 定額サービスが成立するのは、量が変わってもサービスを提供する側のコストが変わらない場合だけだ。

「……」

「王侯貴族の婚姻は、損得勘定に基づく契約です。それは陛下もご存知でしょう」

「……」

「ご不満なら、別の側妃や魔導士を探してください。陛下には契約相手を選べる自由があります。人質として後宮に連れてこられた私にはございませんが」

 自分で言うのもなんだけど、私に比肩する魔導士は大陸じゅうを探しても見つからないだろう。私や皇帝のレベルになると実質的な独占状態だが、私が悪いわけじゃない。力が及ばない他の魔導士たちが悪い。

 皇帝は席を立った。

「お食事はもういいのですか?」

「……胸焼けがする」

「治癒魔法をお掛けしましょうか?」

「自分でできるからいい」

 立ち去ろうとする皇帝に、私は更に声をかけた。

「まだ話は終わっていません」

「なんだ?」

「陛下が仰るチンピラに盗まれた私の荷物の件です」

「……」

「責任は盗まれた私ではなく、あのような者たちに護衛の任務を任せた帝国側にあります」

「わかった。皇室の予算で賠償を行う。必要なものは今すぐ揃えさせる。それでよいな?」

「はい。ただ……」

「ただ?」

「謝罪と(いたわ)りのお言葉をいただければ幸いかと」

「……すまなかった。今後はこのようなことがないよう努力する」

「ありがとうございます」

 私は皇帝が食堂を出るまで、頭を下げて謝意を示した。

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