付け焼き刃の悪役令嬢ムーブはきつい
デスハイム帝国の侵攻とコレガ王国の降伏の報を、私は自宅で聞いた。
対策のためにすぐにでも王宮への参内を命じられるかと思ったが、なぜか自宅待機を命じられたのだ。今思えばここで王室の対応に不信感を持つべきだった。
筆頭宮廷魔導士を勤める私は一年のほとんどを王都で過ごしているが、父は領地と王都を往復している。このときはたまたま父は王都にいた。そこで父と善後策を相談した。
最終的には王室の意向に従うことになるが、私の方から婚約解消を申し出ることにした。帝国がなぜコレガ王国に侵攻したのか、なぜコレガの王族を皆殺しにしたのかは分からないが、コレガの王族の血を引いている私と縁付いていては、王室や国に迷惑がかかるかもしれないと思ったのだ。場合によっては婚約解消後に国を出奔して、どこかへ逃げることも考えていた。
そのような方針が決まったので、父と連名で陛下への謁見を願い出たところ、速やかに参内せよとの返事があった。そこで父と一緒に王宮へ参内したのだが……
「リリアンヌ・ワーズ、おまえとの婚約を破棄する!」
謁見の間に入ったとたん、これだ。婚約破棄されるのは、これが二回目だ。最初は初対面のときだったな。私の顔が気に入らなかったらしい。
今回は婚約を取り消されるのは想定内だったんだけど、この物言いはさすがに想定外だ。
「殿下、婚約の円満解消ではなく破棄ですか?」
前回会ったときまではファビアン様とファーストネームで呼んでいたけど、この雰囲気ではさすがに呼べない。円満な婚約解消と一方的な婚約破棄では天と地ほどの違いがある。今は緊急事態だけど、そこははっきりさせておきたい。
「そうだ。おまえには責任を取ってもらう」
「私になんの咎があると仰るのですか?」
「その顔だ!」
やはり私がコレガ王族の末裔なのが問題なのだろうか? 私はため息を吐きたくなったが飲み込んだ。謁見の間には陛下もいる。殿下の行動に何も言わないところをみると、陛下は殿下の行動を容認しているのだろう。全て予定通りなのかもしれない。
「殿下が円満な婚約解消を申し出て下されば、私は潔く身を引くつもりでおりましたのに」
自分でも柄じゃないと思うけど、非劇の令嬢ムーブをかましてみる。
「おまえのような醜女が殊勝なことを言っても空々しい」
あれ、コレガの血筋は関係ないの? 面食いは治っていなかったのか。
「だが喜べ。おまえのような醜女にも使い道があるぞ。国の役に立ってもらう」
醜女醜女ってうぜえな。それより嫌な予感しかしないんですけど。
「婚約破棄された傷物のおまえに、新しい婚約者を紹介してやる」
傷物にしたおまえにだけは言われたくねーよ。ていうか、新しい婚約者?
背後から音がする。私と父が入室したとき閉じたはずの扉がまた開く音、そしてガチャガチャという金属音。振り返ると、デスハイム帝国の鎧を着た集団が謁見の間に入って来る光景が目に映った。
「ほう、この顔は確かにコレガの王族に違いない」
鎧の集団の中の指揮官らしい人物が、私を見てそう言った。
「陛下、なぜデスハイムの兵がここにいるのです!」
父が叫ぶ。まあ、父も腹の中では察しているんだろうけど、言わずにはいられないよね。
「お父様、セルジル従伯父様は、祖国を帝国にお売りになったようです」
セルジル王を陛下と呼ばないのは、私なりの嫌味だ。
私は改めて謁見の間にいる面子を確認する。セルジル王とファビアン王子、内政のトップのルレアラス宰相、軍事のトップの両輪のルカヤン軍務卿とガニー総騎士団長、そしてメール公爵か。
謁見の間に入っていきなりファビアンに婚約破棄されたせいで、まだ挨拶していないのを思い出した。
「そういえばご挨拶がまだでしたね。ごきげんよう、売国奴の皆様」
私は壇上のセルジル王に向かって軽く会釈する。カーテシーをしないのも嫌味のつもりだ。
「儂は従姪に嫌われたようだな」
そう言うセルジル王は眼窩が落ち込み、目の下に隈ができている。相当な心労がうかがえるが、同情する気にはなれない。
「それに儂を王として認めるつもりもないようだ」
「今の従伯父様にその資格がお有りですか?」
「不敬であろう!」
ファビアン王子が吠える。
「よい。この場では何を発言しても一切を許す。リリアンヌにはそうする資格がある。儂と違ってな」
父親の自虐的な態度を見たせいか、ファビアン王子は黙った。
「分かってくれとは言わぬ。だがロニオンの民を守るには、こうするしかなかったのだ」
「帝国は軍隊を輸送できる大規模転移魔法を手に入れたのですね」
私がそう言ったら、壇上の人間は全員が驚いた表情を浮かべた。だが一番驚いた人物は私の後ろにいたようだ。
「なぜおまえがそれを知っている!?」
私を後ろを向いて、発言者に問うた。
「私は帝国のマナーに詳しくないのですが、帝国では殿方は名乗りもせずに婦人に話しかけるのが当たり前なのですか?」
指揮官らしい人物は一瞬迷ったようだが、私に名乗った。
「デスハイム帝国のメンヒェン男爵だ」
「あら、やはりドーベルク辺境伯の寄り子の方でしたか。身につけている鎧の紋章はドーベルク辺境伯家のものだったので、そうではないかと思ったのですが」
一代限りの男爵だという点は触れないでおいてあげた。私って優しくない?
「ほう、ずいぶん詳しいな」
「ええ、当然ですわ。だってデスハイム帝国はロニオン王国の仮想敵でしたから」
過去形の部分を強調して言ってみた。
「こっちは質問に答えた。今度はそっちが質問に答える番だ」
「知っていたわけではありません。簡単な推理です。コレガ王国でのデスハイム軍の異常な進撃速度は、ロニオン王国にも伝わっていました。それにドーベルク辺境伯の領地はコレガ王国との国境にありますね。その領軍はコレガ王国侵攻の一翼を担ったはず。先ほど男爵様は私の顔を見てコレガの王族の顔だと仰いましたから、男爵様もその一員だったのでしょう。コレガ王国が降伏してから三日しか経っていませんが、ここまで移動するのに普通なら二週間以上かかるはずです。魔法でも使ったと考えなければ説明がつきません」
私は平気なふりをしてそう言ったけど、これはとんでもないパラダイムシフトだ。帝国はどこでも好きな場所に即座に軍隊を送り込むことができる。国境を守るだけでは帝国から国を守ることはできなくなったのだ。セルジル王が帝国に恭順を示すのも無理はない。
「ふん、小賢しい女だ」
「賢しい女はお嫌いですか? 私は男爵様に感謝していますのよ」
「感謝?」
「はい。先ほど申したのは私の推理、つまり憶測です。でも男爵様のおかげで、それが事実だと確認できたのですから」
メンヒェン男爵の顔が真っ赤になった。自分が軍事機密を漏らしたことに、ようやく気づいたようだ。
「おい、約束通りこの女はもらっていくぞ」
やっぱりそうなるのね。でも男爵風情が国王に取る態度とは思えないわね。属国になるというのは、こういうことなのね。
「リリアンヌ、すまぬ。デスハイム帝国に人質として行ってくれ」
すまないと思っているのは本当だろうけど、普通は自分の子供か妻を人質に出すでしょう。王位継承権もない従弟の娘を出すってどうなのよ?
「帝国での私の立場はどのようなものになるのでしょう?」
人質は生きているから価値がある。行っていきなり殺されるようなことはないだろうけど、待遇は気になるわ。
「とりあえずは皇帝陛下の側妃として迎えられる」
新しい婚約者って皇帝のことだったのか。ならず者国家でも形式と体面は気にするみたいね。そこから国内の貴族に褒美として下賜されたりするのかしら? それとも恭順を示した国の姫君を、片っ端から後宮に囲うつもり? 皇帝はとんでもないハーレム野郎なのかも。
「左様ですか。皇帝陛下は礼節と体面を分かっておられるようで、安心しました」
その場にいた全員が顔をしかめた。どうやら嫌味は通じたみたい。
「従伯父様、機会があればまたお会いしましょう……その時は、私は宗主国の皇后になっているかもしれませんね」
そう言ったら、壇上の人々の顔色が更に悪くなった。その可能性は十分あると思っているみたい。ていうか、今までその可能性に気づかなかったの? 実際にそうなるとは思えないけど、向こうがそう思っている間は、私の家族に無体なことはしないでしょう。
私は右手をメンヒェン男爵に差し出した。
「男爵様、エスコートをお願いしてもよろしくて?」
メンヒェン男爵は仏頂面をしたが、私の手をとった。