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面食い王子の回顧録  作者: 無虚無虚
面食い王子の回顧録
12/17

弑逆

 謹慎を命じられて、自室で悶々としていた。

 自分は両親からは見限られた。ジェレミーも味方になってくれないだろう。自分の予備(スペア)だったせいで苦労したはずだ。もはや王宮には味方はいないだろう。

 父が要請したからといって、ワーズ公が国王の地位を引き受けるだろうか。メール公のように王室とは距離を置いて、帝国に新たな繋がりを求めるのではないだろうか。

 いや、楽観は禁物だ。このまま部屋に籠もって大人しく沙汰を待っていていいのだろうか? 自分の預かり知らないところで自分の運命が決められるのかと思うと、恐ろしくなった。

 父と話したい。真剣にそう思った。もう手遅れかもしれない。たぶん手遅れだろう。だが腹を割って話せば、なにか変わるかもしれない。運命が変わらなくても、自分が変わるかもしれない。納得して運命を受け入れられるかもしれない。とにかく今の不安から逃れたかった。

 そう思ったら止まらなかった。すでに夜になっていた。父は寝所で休んでいる時間だ。こんな時間に押しかけるべきではないと分かっていた。それでも今すぐ不安から逃れたかった。

 大急ぎで身支度をする。そのとき隠してあった護身用の短剣が偶然目に入った。万が一、暗殺者に襲われたときに使うためのものだった。不安にかられていた自分は特に深く考えず、ないよりマシと思って短剣を腰に差した。

 王宮の中を移動するときに誰かに会ったら、明日にするようにと止められるかもしれない。それは嫌だった。とにかく不安を一刻でも早く解消したかった。だから誰にも見られないように、王族しか知らない秘密の脱出路を使うことにした。王族の寝所から王宮の外に出るためのもので、複数の寝所に繋がる通路が途中で合流している。合流点まで行って引き返せば、誰にも見られず寝所の間を移動できる。

 そうやって自分の寝所から父の寝所へ移動した。だが父の寝所に入ったところで、記憶が途切れた。


 気がついたら見知らぬ部屋にいた。装飾らしいものは何も無い、無骨な部屋だ。

 体を動かそうとしたが動けない。自分の体を見下ろしてみると、椅子に座らされていた。だが両手は後ろで縛られているようだ。両足も椅子の脚に縛られている。

 なんとか拘束から逃れようともがいていると、正面の扉が開いて三人の人物が入ってきた。両親と弟だった──違った。母かと思ったのは、母のガウンを羽織ったリリアンヌだった。

 帝国に行ったはずのリリアンヌがなぜ父と弟と一緒にいるのか? 理由(わけ)がわからず戸惑っていると、リリアンヌが口を開いた。

「殿下は私の姿を見て混乱しているようです。従伯父(じゅうはくふ)様、私から説明してもよろしいでしょうか」

 リリアンヌがそう言うと、父は無言で頷いた。

「殿下は私が作った防犯魔法に引っかかったのです」

「防犯魔法?」

「王族の寝所に武器を持った暴漢が押し入ったら、暴漢を一時的に昏倒させ、そのことを必要部署に通知する魔法です」

 言われて思い出した。確かにそういう説明を受けていた。

「私は暴漢ではない!」

 そう反論すると、リリアンヌはどこからか短剣を取り出した。自分が腰に差していた短剣だ。リリアンヌは短剣を鞘から抜いてみせた。

「これは立派な武器です。しかも刃に毒が塗ってあります。暗殺のための凶器です」

 そう言われてようやく思い出した。暗殺者を確実に返り討ちにして自身の安全を確保するため、寝所の短剣には毒が塗ってあったのだ。

「違う! それは私の寝所にあった護身用の武器だ!」

「王族しか知らない秘密の通路を通るのに、なぜ護身用の武器が必要なのです?」

 その質問には答えられなかった。自分でもなぜあの短剣を持ち出したのか、分からなくなった。

 今度はジェレミーが口を開いた。

「兄上、ご自分が恥ずかしくないのですか? 報せを聞いた母上はショックで引き付けを起こして、ベッドの上から動けなくなり、侍医や侍女たちから介抱を受けてます」

「……ご、誤解だ! 自分はそんなつもりはなかった。ただ父上と話がしたかっただけだ!」

「口ではなく毒の短剣でどんな話をするというのです」

「……」

「昼に父上から王位をワーズ公に譲ると聞いて、その夜にコレですよ。誰が兄上の話を信じると思うのですか」

「……」

「兄上はご自分がどれだけ家族や姉上……失礼、リリアンヌ様や周囲に迷惑をかけたか、まだ分かっていないのですか? せめて最期は王族らしく振る舞ってください」

「……最期?」

「国王を、父親を殺してその地位を手に入れようとした大罪を犯したのです。未遂とはいえ弑逆の大罪には死罪しかありえません」

「ま、待て! 本当に父上を殺すつもりなどなかった!」

「いい加減にしろ!」

 今まで聞いたことがない大声で父が怒鳴った。

「おまえの真意など、もはやどうでもよい。事態は抜き差しならぬところまで来ているのだ。リリアンヌがなぜここにいるのか、不思議に思わぬか?」

 確かにそうだ。

「……思います」

 再びリリアンヌが説明を始めた。

「さきほどの防犯魔法の説明で必要部署に通知すると言いましたが、その中には筆頭宮廷魔導士も入っていたのです。有事の際には私がすぐに現場に駆けつけられるようにしてあったのです」

 それを聞いて以前の話と繋がった。

「転移魔法か?」

「はい。転移魔法が自動的に発動して、ここまで飛ばされてしまったのです。急に私が姿を消したことで、帝国では騒ぎになっているでしょう。しかも転移魔法は帝国も利用しています。私がここへ飛ばされたことは、帝国もすぐに突き止めるでしょう」

 それが何を意味するかを自分で考える前に、父が先を話しだした。

「人質が勝手に母国に戻ってしまったのだ。ロニオンは帝国に叛意ありとみなされるのは必至だ。誤解を解くためには、それなりの犠牲が必要だ。おまえの首で足りなければ、儂の首も差し出すことになるだろう」

「そ、そんな……」

「相手はコレガの王族を皆殺しにした帝国だぞ。エリザとジェレミーの首も必要になるかもしれん」

「それでも足りなければ、私の首も差し出しましょう」

「リリアンヌ、すまぬ」

「従伯父様のためではありません。祖国のためです」

 泣き声や嗚咽は上げなかったが、父は両目から涙を溢れさせた。ジェレミーもそうだった。リリアンヌは涙を流していなかったが、今まで見たことがないほどの、血の気が失せた白い顔をしていた。

「ファビアン、おまえも王族としての最後の務めを果たせ。国のために命を捧げろ」

 父はそう言い残すと、入ってきた扉を逆にくぐって部屋から出ていった。ジェレミーもそれに続く。そしてリリアンヌも。

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