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#4 ベン・シャルルの依頼

新聞に書かれている地図を頼りに、足を進める。

地図に従い、歩いてきたけれど、人通りが段々と少なくなっていき、本当に合っているのだろうかと不安になってきた。曲がるところを間違えたかもしれないと来た道を引き換えそうとした時、ちょうど目の前に「テ・レデオ」という看板が見えた。


「ここか…」


三年前、それこそ大戦の時は、大通りに面したところに立っていたが、それは今やひっそりと佇んでいた。

あの時はこの会社の名前を聞かない日はなかったものだ。


ドアを押して中に入ると、カランカランとベルの音がする。

受付の前に行くと、奥から金髪の髪をまとめて、すらっとした若い青年がやって来た。


「こんにちは。葬儀のご依頼ですか、それとも身元不明の遺体の情報提供ですか?」


私の息子と同い年くらいだろうか?それなのに、人懐っこい笑顔を浮かべて印象の良い青年だ。


「いや…、そうではなく」

「ん?そうではない?と、すると…」

「寿命を。私の寿命を見てほしいんだ」


半信半疑だった。

テ・レデオには、人の寿命を見ることができる人がいるということを風の噂で耳にしたのだ。

最初は、誰かが面白半分で流した冗談だろうと思った。冗談にしては人が悪いが。

それでも、私はこの噂が本当であることに賭けにきた。何アホなこと言ってるんだと思われてもいい。

そしたら、笑って誤魔化してここを出るまでだ。


青年は私の目をじっと見つめる。


「……わかりました」


青年から先ほどまでの溌剌とした様子は消え、私は奥の部屋に案内された。


「ここで待っていてください」


そう声をかけられ、私はアンティーク調のソファに腰をかける。

どうやら、寿命を見てもらう依頼は、葬儀や身元不明遺体とは、違う特別な扱いになるらしい。それもそうか。


部屋の窓からは、光に反射して穏やかに波打つ海が見える。

こうやって何もしない時間を穏やかに過ごすのは、まだ慣れないものだ。

座ってられず、思わず立ち上がり、部屋の中を見渡しながらふらふらと歩いていた。


すると、暫くして、少し遠くからコツコツとヒールの音が聞こえてきて、彼女が目の前に現れた。


私は思わず息を呑んだ。人を見て美しいと思うのはいつぶりだろうか。

晴れた日の雪のように幻想的な髪が毛先まで綺麗にまっすぐと伸びている。


そして、静かな夜の海を思わせる蒼色の瞳。

右目は深く落ち着いた色だが、左目はまるで宝石のように輝いている。日の光の当たり具合で違うように見えるのかと思ったが、どうやら本当に左右で瞳の彩度が違うらしい。


「お待たせしました」

「あ…、はい」


年甲斐もなく見惚れていたため、急に話しかけられて動揺してしまった。


「ルナ・シュヴァリエと申します」

「ベン・シャルルです」


どうぞと促され、私はソファに腰が抜けるように腰掛ける。


「…どうかしましたか?」


彼女の瞳をじっと見つめていると声をかけられた。


「すいません。つい綺麗な色の瞳をしているなって」


私は彼女の左目を見つめる。

すると彼女は左目を押さえて

「よく言われます。まるで作り物みたいに綺麗だと」

そう言う彼女はどこか寂しそうに笑った。


確かに、そう言われると、美しすぎて、人工的に作られたもののように見えてくる。

もはや、芸術品のような。


「では、本題に入ります」


その言葉と同時に、私は気を引き締めるように座り直す。


「ご依頼は、あなたの寿命を見ること。間違いないですか?」

「はい」

「その理由をお伺いしても?」

「私、実は病にかかっていて。医者は死に至るものではないから、まだ生きられると言うのですが、なんとなくこういうのって自分でわかるじゃないですか」

「…?」

「もう長くはないと。だから、私にあと、どれだけ命が残されているのか知りたいんです」

「後悔はしませんか?」

「え?」

「知らない方が幸せなこともこの世にはあります」


これはきっと、寿命を見てもらううえでの通過儀礼なのだろうと察した。

ここで怯んではいけないと、彼女の目を見て迷わず答える。


その瞳を見ると綺麗なあまり、自分のことを見透かされているような気がして、目を逸らしたくなる思いに駆られる。


「私には、やり残していることがあるんです。だから、あとどれだけ自分に残されているのか、猶予を知っておきたい」


彼女はゆっくり頷いて、彼女の手を守るように、はめていた白い手袋を脱ぐ。


「触ってもいいですか?」

「あ、はい」


両手を差し出すと、彼女は、血が通っていないかのような真っ白な手で、私の手を包み込むように掴み、じっと顔を見つめてくる。彼女の深く蒼い瞳が迫ってきて、時が止まったかのような感覚を覚えた。


「一年です」

「え?」


おそらく、たったの五秒にも満たない時間だっただろう。

それでも、彼女のどこまでも深い、底のなさを感じさせる右目に吸い込まれるかのような時間は、とても長く感じた。


「一年ですか…。なんだか微妙な数字ですね。覚悟をしていた分、長くもないし、短くもない」


むしろ、あと一年もあるのかと驚いた。

あの大戦から生きて帰ってきて、今の時間は、神様に与えられた特別な猶予だと思っていたからだ。

それならば、与えられた残りの一年で唯一の心残りを解決するしかない。

きっと、そのために、“運良く”生き延びられたのだ。


「あ、ちなみに死因はやはり病気ですか?」

「そこまではわかりません。私が見えるのはどれくらい命が残されているか、それだけです」

「いや、死因が事故とかだったら、気を付ければ回避できそうだなとか思いまして」

「死は、どうやたって回避できません」


間髪を入れずに、冷たく言いきられてしまう。


「…そんな都合の良い話はないか」


しかし、彼女は自分で残酷な言葉を口にしながら、その言葉に自分自身が傷ついているようだった。


「あ、あとこちら」


私は、鞄から謝礼として、用意してきた、いくらかのお金を入れた封筒を差し出す。

こんな人間離れした不思議な力を利用して、これだけの金額で足りるのかはわからないが…。


「いただきません」

「え?」

「これは、あくまでテ・レデオ社がではなく、私が勝手にやっていることなので」

「いや、でも、貰ってくれないと…」

「代わりに、お伺いしたいことがあります」

「お伺いしたいこと…?」

「漆黒の髪に、翡翠色の瞳、身長は180cm、年齢は24歳ほどの軍人だった男性をご存知でしょうか」

「それは…?」

「人探しです。謝礼は心当たりのある人がいたら、その情報をいただくこと、それだけです」

「…ああ、その特徴に当てはまる人なら、知ってます」

「え?」


芸術品のように綺麗な笑顔を浮かべていた彼女の表情が揺らいだ瞬間だった。



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