11:00-2
譲青年が「ごちそうさまでした」と手を合わせる頃、圭の掃除も完了した。
綺麗だ。
あのどんよりとして薄暗かったリビングが、輝いて見える。
「圭君、掃除が上手なんだね」
「別に特別上手ってことはないと思うけど」
少し照れているようだ。こういう、ちょっとしたことに対する誉め言葉に、慣れていないのかもしれない。
「春日君、もう大丈夫かい?」
「はい。もう、動けると思います」
「じゃあ、譲。結界」
フロアワイパーを元の場所に戻しながら、圭が言う。さっきまで倒れていた人間に対して、なかなかにぞんざいだ。
だが、譲青年は特に何も気にする様子もなく、こっくりと頷いた。
両の掌を合わせ、指と指を絡め、ぎゅ、と握り締める。神様に祈るように。
ぎゅっと一度強く握りしめたのち、ゆっくりと両の手を開いていく。内側にいたものが大きくなっていくかのように、ふわ、と中のものを開放するかのように。
中身は、何もないけれど。
良くは分からないが、圭が「結界」といったのだから、もしかすると結界というものが入っているのかもしれない。それが、譲青年が手を開くと広がっていく、のかもしれない。
かもしれない、ばかり連ねてしまうのは、正解が分からないから予測するしかないからだ。何をしているのか尋ねるのは野暮だし、むしろ尋ねても答えてもらえるかもわからない。
圭に聞いたとしても、鼻で笑いながら「見て分からない?」くらいは言われそうな気がする。
いや、ちょっと面倒くさそうな顔をして、教えてくれるかもしれないけれども。
いずれにしても、圭君が「結界」と言ったのだから、結界なのだろう。もう、そういう事にする。
「桂木、遮断できた」
「分かった。じゃあ、やるか」
譲青年の言葉に、圭が真顔で返す。
カーテンを開けて掃除をし、綺麗になった部屋。おかゆを食べて元気になった譲青年。結界とやらを張り、準備万端となったのだろう。
圭はパン、と強く柏手を打つ。
「ここは清浄なる気を巡らすなり。風が渦となり、上から下へと流れてゆく。終着点は、この場所となる」
パンパン、と更に柏手を打つ。
「上より下へと流れゆけ。清浄なる気は上から下へ。渦巻き流れ、ここへ行き着く」
圭はそう言うと、ふう、と息を大きく吐いた。柏手を打った手は、合わせたまま離れていない。
未だ、圭がやっている何かは終わっていないのだ。
暫くすると、とん、と階段の方から音がした。
とん、とん、とゆっくりではあるものの、階段を下りる音がする。音の小ささから、はるかの足音だと分かる。
「下りてきてくれたんだね」
小さな声で、私は呟いた。
彼女が厄禍となっていると聞いても、私にはまだ幼い子供にしか思えなかった。
もちろん、圭と譲青年が対処に当たらなくてはならない、大変な事態を引き起こしたということは分かっている。
だが、それでも、まだ十歳の子どもなのだ。
小学校に通い、友達と他愛のない話で盛り上がり、大人に甘えたり反発したりして、これからどんどん成長していくだけの、守られるべき存在なのだ。
だからこそ、二階に逃げ込んで下りられなくなったであろうはるかが、階段を下りてきてくれるだけで、なんだかほっとしてしまった。
きっと圭と譲青年がなんとかしてくれるに違いない。