11:00-1
ことことと、おかゆが土鍋で出来上がっていく音が響く。
「譲、動けるか?」
「いや、まだ駄目だ。悪いな」
圭の問いかけに、弱々しく目を覚ました譲青年が答える。圭は「ちっ」と小さく舌打ちをし、フロアワイパーを動かす。
「そっち、まだ埃がある」
「気付いたんなら、譲がすればいいじゃん」
「悪いが、動けない」
圭は「フーン」と冷めたように言い、譲青年が指した床をワイパーでこすった。
「あの……手伝おうか?」
「おっさんは、早くおかゆを完成させてほしい」
「そうだな、そうしてくれれば、俺も手伝えるようになるかもしれない」
2人に言われ、私は土鍋と向き合う。
掃除をする圭と、指示する譲青年、おかゆを炊く私。
遠くから見れば、仲のよい家族の風景かもしれない。この家の主は一人としていないが。
この空間を、はるかにとって苦手そうな場所にする、と宣言したのち、圭はおもむろに掃除を始めた。
開け放たれたカーテンに、磨かれる部屋の中。諸事情で窓は開けられないとのことだが、確実に明るく清潔な空間へと変わって行っている。
圭曰く、厄だまりができないためには掃除をすればいいとのこと。あとは、笑う、か。
私は口元だけで笑むように意識しつつ、冷蔵庫を開ける。卵があったので頂戴し、割りほぐして土鍋に投入する。
「おっさん、何にやにやしてんの?」
圭が突っ込む。にやにや……微笑んでいるつもりだったのだが。
「もしかして、できたとか?」
「あと少しかな」
「うわあ、食べたい!」
圭が一番に応える。おかしい、譲青年の為に作ったのだが。
「なんか、すいません」
ソファの上から、譲青年が声をかけてくる。
「いえ、さすがに寝起きからの豚骨大盛りはきついでしょうし」
「豚骨大盛り……?」
「カップラーメンです。もしかして、寝起きに行けるタイプでしたか?」
私が尋ねると、譲青年はちらりと圭を見てから、ゆっくりと首を振った。
「おかしいな、俺、いけるんだけど」
圭が首をひねる。
良かった、譲青年は私と同じ、寝起きにカップラーメンがきついタイプだった。
食器棚を物色し、ちょうど良さそうなお椀とスプーン、ついでにコップを取り出す。お茶は見つからなかったので、水でもいいだろう。
「おっさん、俺、丼がいい」
「圭君、これはあくまでも春日君のためのものだから」
私は窘めつつ、お椀におかゆをいれる。とろ、と入っていく様子を見るに、なかなかうまくできたと思う。
「あ、アレルギーとかなかったかな?」
完成しておいてなんだが、念のために尋ねる。譲青年が頷いたので、ほっと息を吐いた。
アレルギーは危ないから、先に聞くべきだった。アレルギーがなくて、本当に良かった。
譲青年のところに、お粥の入ったおわんとレンゲを持って行く。それを見た圭は、少し慌てたようにフロアワイパーを片付け、手を洗いに行っている。
律儀な子だ。
その様子がなんだかおかしくて、心持ち多めに圭の分のお粥をお椀に入れた。
「いただきます」
譲青年は手を合わせ、お粥に手を付ける。ふうふうと冷ましながら口へと入れていく。
「うまい……」
よかった。
「いっただきまーす。……うん、おっさん、うまいうまい」
あふあふと圭がお粥を口へと運ぶ。もうちょっとゆっくり食べればいいのに。
それでも、こうして自分が作ったものを美味しいと言って食べてくれるのは、嬉しい。ちょっと料理に目覚めてしまいそうだ。
私が作れるものと言えば、お粥と湯豆腐くらいしかない。一応、レシピを見ながらならば作れないこともないが、慣れていないので時間もかかるし、本当に美味しいかどうか自信がない。
「おかわり!」
「ちょ、ちょっと待って。もしかしたら、はるかちゃんやご両親も食べるかもしれないし」
私は慌てて圭を止める。圭は「えー」と不満そうだ。
「あ、でも春日君は食べたいなら食べた方がいい。おかわり、入れようか?」
「あ、お願いします」
「いいなぁ、譲」
「圭君は、昨日からしっかり食べているだろう?」
窘めると、圭は口を尖らせる。本当に、子どもっぽい。
「じゃあさ、今度、鍋一杯に作って、それ全部食べさせて」
「そんなに気に入ったの?」
尋ねると、こっくりと圭が頷いた。
うわ……嬉しい。これは嬉しい。他の料理も頑張ってみたくなる。
私は譲青年のおかわりをつぐために、土鍋の蓋を開ける。ふわ、とだしの香りが広がる。
お椀につぎ、また蓋を閉めようとした瞬間、圭に「ちょっと待って」と声をかけられる。
「匂い、出させておいて。おびき寄せるから」
「おびき寄せ……え?」
「いい匂いで、二階からおりてきてもらおう」
「そんなので、おりてくるかな?」
「降りてくる。だって、美味しかった」
きっぱりという圭に、軽く不安を覚えつつ、土鍋の蓋は開けたままにする。
正直なところ、はるかにもお粥を食べてほしかった。
きっと、今は心も体も、寒いだろうから。