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二階にて

――なんなの、あの人。


 はるかは必死になって、階段を駆け上がる。


 昨日来てくれたおにいちゃんは優しい人で、そばに行っても怒らなくて、でも危ないから離れて見るだけにしてねって言ってくれたのに。

 何をしているかはよく分からなかったけど、なんだかいろんなところで手を合わせたり、よくわからない言葉を呟いたり、不思議なポーズを決めていたりしていた。「それは何?」って聞いても、曖昧に笑っていたっけ。

 でも、やっぱり優しくて。傍にいると心地よくて。ここ最近、嫌なことが続いていたから、優しいおにいちゃんがいてくれるだけで、嬉しくって。

 ずっとこの家にいてくれたらいいのにって思って。


「ずっといてってお願いしただけなのに」


 階段を上り終え、はるかはいったん足を止める。じわ、と目に涙が浮かぶ。


「よくわからないけど、一緒にいてくれて。隣に座ってくれて。ずっと一緒にいてくれるって思ったのに」


 どういう風に話したか、どういう風にお願いしたか、はるかはよく覚えていない。だが、気付いたら隣に「おにいちゃん」は座っていて、はるかについていてくれた。

 ぼんやりとした頭に浮かぶのは、そばにいる「おにいちゃん」のぬくもり。優しい優しいおにいちゃん。


「いったい、なんなの? あの人」


 気づいたら、目の前に怖い人が立っていた。私はおにいちゃんと一緒にいて幸せだったのに、怖い人がいつの間にか家に入ってきて、おにいちゃんを奪った。

 パシン、パシン、という、怖い人が出す手の音が耳についている。あの音を聞くと、体の奥底から震えがくる。


――殺される。


 実際、何らかの刃物を持っていたわけでもく、襲ってきたわけでもなく、ただ手を叩いていただけだ。

 おにいちゃんと同じく、よくわからない言葉を口にしていたけれど、直接的に攻撃してきたわけではない。

 それでも、はるかは直観的に思ったのだ。


 殺される、と。


「こわい……」


 ぽつり、と呟き、はるかはとぼとぼと歩き始める。

 おにいちゃんと一緒にいることに夢中で、いつの間にかお父さんとお母さんがいないことに気づかなかった。どこかに出かけるとか、会社に行くとか、買い物に行くとか……そういう外に出る用事を聞いていないのだから、家の中にいるはずだ。

 寝室にいるかも、とはるかは両親の寝室へと向かう。念のためにノックしてから、中に入る。

 両親は、そこに眠っていた。ベッドの上で、二人横になって。


「なあんだ、寝てたんだ……」


 ダブルベッドの上で、二人はよく眠っていた。普段、たくさん働いているから、疲れているのかもしれない。

 話をしようとしても「忙しい」とか「しんどい」とか「後で」とか、両親から同じように言われていた。時々、本当に聞いてくれることもあったけれど、大体はそのままなかったことになってしまっていた。

 寂しかったし、聞いてほしかったけれど、両親は自分の為に忙しくしているのだと思ったら、その事を咎めにくかった。小さい頃は、それでも泣き喚いたりしていたのだけれど。


――もう、小学生でしょう。

――分かるだろう、忙しいって。


 両親からそう諭され、時に怒鳴られ、はるかは理解をしてきた。

 両親は忙しいから、時々相手してくれるだけでも、ありがたいって思わないと、と。

 それでもやっぱり寂しい事には変わりがないし、両親と話したい気持ちも変わらないから、諦めずに話しかけることもしているけれど。


 今一度、はるかは両親を見る。

 本当に、よく眠っている。微妙に胸の辺りが動いているし、すうすうという呼吸が聞こえるから、生きていることは間違いない。


「お父さんとお母さんの間に、潜っちゃおうかな」


 ぽつり、とはるかは呟く。

 小さい頃、寝ている二人の間にこっそり入って、驚かせたっけ。二人とも笑いながら「もう」と言って、抱きしめてくれたっけ……。

 だけど、いつからかは分からないけれど、同じようにしようとしたら眉間にしわを寄せられ、怒られた。

「寝ているのに邪魔しないで」と。


――もう大きくなったんだから、一人で朝ごはんでも食べたら?

――疲れているんだから、休みの日くらいゆっくり寝かせてくれ。


 口々に言う両親を思い浮かべ、はるかは二人のベッドに潜り込むのを諦め、寝室から出ることにする。起こさないように、そうっと。

 下に怖い人が来ているけれど、両親に言ったらまた怒られるかもしれない。それが、何よりも怖い。


「どうしよう」


 はるかは両親の寝室から出て、自分の部屋に入る。

 勉強机と、ベッドと、本棚と、おもちゃ箱のある部屋。

 はるかはベッドに置いているウサギのぬいぐるみを、ぎゅう、と抱きしめる。

 小さい頃、両親に買ってもらったふわふわのウサギ。抱きしめすぎて、中綿が少なくなってしまっているけれど、代わらず大好きなぬいぐるみ。


「怖いよぅ」


 呟き、ぎゅう、とよりいっそう抱きしめる。

 背中が、ぞわ、と、撫でられるような感覚を、気付かないふりをして。

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