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10:00-3

 ソファに倒れ込んだまま、譲青年は動かない。大丈夫だろうか?

 傍に行って確認したいが、譲青年には少女が縋りついたままだ。譲青年を必死で揺すっている。


「……いい加減にしろよ」


 低く、静かに、圭が言う。びくり、と少女が体を震わせた。


「お前が、山内 はるか、だな?」


 確認するように問うと、少女はゆっくりと圭に視線を移し、小さく頷いた。

 やはり、彼女がはるかなのだ。一見、どこにでもいる少女だ。ランドセルを背負って小学校に通う姿も、全く違和感がない。

 それなのに、今、はるかは圭に睨まれながら、譲青年に縋りついている。


「ひどい」


 小さな声で、はるかが言う。圭はそれを聞き「はぁ?」と言いながら笑う。


「何が?」

「おにいちゃんに、ひどい事をするなんて」

「ひどい事をしたのは、お前だろ?」

「あたし、してない!」


 はるかが叫ぶ。

 それを聞くと、圭は大声で笑った。楽しくて笑っているのではない。嘲笑しているのだ。


「馬鹿じゃねえの? 今の状況を見て、俺がひどい事をしているって? お前がひどい事をしていないって?」


 笑いながら、圭ははるかに詰め寄る。


「だって、おにいちゃんは、あたしを守ろうと」

「お前が勝手に守らせようとしただけだろ?」

「そうじゃない!」

「譲は譲の仕事をしようとしただけなのに、お前が遮り、お前が捕らえ、使えない結界を張るしかなくなる馬鹿にしたじゃねえか」


 言い方がひどい。


「してない!」

「自覚がないとは言わせねえぞ。お前が今の状況を作り上げたのは、間違いないんだから」


 圭はそう言うと、じりじりとはるかに近づく。はるかは譲青年をちらりと見て迷ったのち、勢いよくソファから立ち上がって走ってゆく。リビングの奥にある、階段へと向かって。


「……ひとまずは、良しとするか」


 ぱたぱたと階段を駆け上がる音を聞きながら、圭は一息つく。


「圭君、なかなか厳しいんだね」


 私が言うと、圭は嫌そうに「は?」と返す。


「全然。力づくでやってないんだから、大分優しいと思うけど?」


 ああ、圭の中ではそうなのだろう。


「譲、大丈夫か?」


 圭はそう言いながら、譲青年に近寄る。私もはっとし、譲青年の近くへと行く。呼吸をしているのが分かるので、命の危険はなさそうだが。


「救急車を呼んだ方がいいかな?」

「いや、多分電池切れだから、下手に救急車は呼ばない方がいい。それに、今、外に出られても困る」

「え、出てはだめなのか?」

「一度、外に出てしまうと、外に出れるという意識をはるかに与えてしまう。この家の中だけで終わりたい」


 なんだかよくわからないが、今は外に出ない方がいいらしい。


「電池切れ、といったけれど……春日君も圭君みたいに厄を喰らうのか?」

「まさか。普通に腹が減ったり疲れがたまっていたりするだけだ」

「お腹が空いているのか。何か買って来ればよかったな」

「……なんかねえの?」


 圭はそう言うと、台所の方へと進んでいく。他人の家なのに、容赦がない。

 私の驚きに気づいたらしく、圭が言い訳をするように「非常事態だから」と返した。

 まあ、人の命がかかっているかもしれないのだから、非常事態と言えなくもないか。

 冷蔵庫を開けたり、戸棚をあけたりしている圭を見て、私も台所へと向かう。


「これでいっか」


 圭がそう言って選んだのは、カップラーメン。豚骨大盛。


「……これは私見なんだけど、豚骨大盛カップラーメンは、寝起きには厳しいと思うよ」

「だって、他にないぜ? こういう、レトルトっぽいやつ」

「人様の台所と食糧事情に文句を言っても仕方がないだろうに」


 私はそう言いつつ、心の中で謝りながら冷蔵庫や戸棚を空けて見せていただいた。

 お米がある。だしパックもある。


「……おかゆでも作ろうか」

「え、おっさん、作れるの?」

「おかゆは割合簡単だと思うし……なんなら作り方を確認しながら作ればいいし」


 胃腸にも優しいだろうし。

 鍋がないかと探していると、土鍋を発見する。これで美味しいおかゆが作れる。

 今やおかゆは電子レンジや炊飯器で簡単に作れる。病気の時はそれでいいのだが、元気な時に何となくおかゆが食べたいときなどは、土鍋で生米から炊いている。その方が、おいしいような気がするからだ。

 ついでにだし汁で炊いてやると、味がついて美味しい。すでにおかゆではないような気もするが。


「俺も食べたい」


 おかゆを作る準備をしていると、圭がきっぱりという。


「お腹がすいているのか?」

「おかゆって、物足りないからあんまり食べないんだけど、おっさんが土鍋で作ろうとしているのを見たら、食べたくなった」


 まあ、圭には物足りない食べ物かもしれない。


「分かった。じゃあ、多めに作るから」


 そう言うと、圭はぱあっと顔を明るくし、機嫌よく「よっしゃ」と呟く。まだまだこういうところは、子どもだ。


「じゃあ、いっちょあいつをなんとかしようかな」

「あの……相手は子供だから」


 私が言うと、圭は「分かってるって」と返す。


「とりあえずさ、あいつは二階にいっただろ? だから、今のうちにこの空間をあいつの苦手そうな場所にしてやろうと思って」


「あいつって……はるかちゃんは、まだ子どもなんだから」

「違う、はるかじゃない。なんとかするのははるかだけど、正確にははるかについている厄だ」


 確かに。

 私が納得していると、圭は譲青年に近づく。そうして、ぱん、と柏手を打った。


「汝が意識は汝のものなり。他に惑わすものはなし」


――ぱんっ!


 一層強い音がし、圭は息を吐きだした。


「そういや、親を見ていないな」


 圭はそう言うと、ふむ、と小さく呟く。「二階、か」


 私は圭が何を思っているかは分からないので、ひとまず目の前のことに集中することにした。

 すなわち、おかゆ作りに。

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