10:00-2
ドアの向こうは、リビングだった。
カーテンがひかれているためか、少し薄暗い。外がいい天気だったので、カーテンの隙間から光が漏れているので、電灯をつけなくても目が見えるけれども。
「おっさん、カーテン開けて」
圭に言われ、私はリビングのカーテンを開く。勝手にしてすいません、と呟きつつ。
カーテンを開いていると、リビングの全容が見えてくる。
キッチンと居間が続いている、LDKタイプというやつだ。対面式のキッチンに、食卓テーブル、ふかふかのラグが敷かれてソファとローテーブルが置かれている。
そのソファに、人が座っていた。青年と、少女の二人。
「……譲」
ぽつり、と呟くように、圭が声をかける。ならば、あの青年が春日 譲であり、少女が山内 はるかなのだろう。
圭の声に反応するように、ぴくり、と譲青年が動いた。ゆっくりと顔を上げ、圭を見つめる。
その目に、光がない。
圭は眉間にしわを寄せ、ぱん、と柏手を打つ。それと同時に、譲青年もゆっくりと手を合わせる。圭の打つ柏手とは違い、ゆっくりと「いただきます」をするかのように。
少女が譲青年の服の裾を軽く引っ張る。すると、譲青年が合わせた手が、ぎゅ、と強く締まる。
圭は舌打ちをし、今一度、柏手を打つ。パシン、という強い音が室内に響く。
少女がびくりと体を震わせ、ぎゅっぎゅっと譲青年の服の裾を引っ張る。その度に譲青年の合わせられた手は強く締まり、そして圭の柏手が響く。
傍から見ると不思議な光景だが、恐らく、二人は何らかの攻防を繰り返しているのだろう。
近づいたら分かるのかもしれないが、そんなことをしようものなら後で何を言われるか恐怖でしかないし、万が一痛い思いをすることになっても困る。
「ええい……」
ちっと、圭が舌をうつ。
「こんな小賢しい術しか使えないようにしやがって!」
圭はそう言うと、柏手を打つのをやめて譲青年の傍へと向かう。少女が慌てたように服の裾を引っ張り、譲青年が強く手を合わせるものの、構わず突き進む。途中、ぎゅ、と空間を握り締めている。
結界、というやつかもしれない。
確か、譲青年は結界を張るのが一番うまい、と言っていた。そんな彼が張ったという結界を、圭がこともなげにくしゃりと握りつぶしている。
だからこそ、圭は怒っているのだろう。本当ならば、譲青年が張る結界は、圭があのように握りつぶせるものではないのだろうから。
(仲が良いんだな)
圭と譲青年を見、私は思う。
いや、仲が良いというのはよくわからないが、少なくとも信頼はしているのではないか。
圭は、譲青年の張る結界を「一番うまい」というのだから。
ずかずかと圭は歩き、ついには譲青年の座るソファに到達する。少女はおびえたように震えたが、圭はそんな彼女を無視して譲青年の前に立つ。
「意識は、汝がものなり」
パン、と強い柏手が打たれる。と同時に、譲青年の目が、ぴくり、と動いた。
「他は支配することなし。汝がものは、汝のものなり。他はただただ見守るしかなし」
パシン、とひときわ強い音が室内に響いた。その強い音に、少女は慌てたように譲青年に縋りついた。
きっと怒られるだろうから圭には言わないけれど、何も知らずにこの光景を見ると、圭は完全な悪者だった。
譲青年を殺そうと迫る圭、譲青年を護ろうと縋りつく少女。そんな光景に見えてくる。
絶対怒られるだろうから、言わないけれども。
「ううううう」
譲青年が呻く。そしてしばらくし、ぱたん、とソファの背もたれに倒れた。
「やだ……」
小さな声で、少女が呟いた。圭はその様子に、ふ、と一息つく。
やっぱり、圭が悪役のように見えた。