10:00-1
山内家に到着し、片桐さんが私と圭をおろした。
何の変哲もない、よくある住宅街のうちの一軒だ。家の前に車を置けるスペースがあって、よく日差しの取り込めそうな大きな掃き出しの窓があって、二階建てで、ベランダがあって。
私がそう思って圭の方を見ると、圭は眉間にしわを寄せ、睨むように家を見つめていた。
圭には、私には分からない何かが分かるのだろう。
「……弱い」
ぽつり、と圭が口にする。
「結界が、弱い。華に聞いていたものと、全然違う。くそ、予想より早いか」
ぶつぶつと圭は言葉を続けている。
圭の言葉を聞き、私は改めて山内家を見る。
やはり、至って普通の、よくある一軒家だ。別に何かがまとわりついているわけでも、鬱々としているわけでも、暗い感じでもない。
私が首をかしげていると、圭は私の肩辺りをつかんで口へと持って行く。私についた厄を喰らい、力を得たのだ。
その後、掌を山内家の方へと伸ばし、空を掴んで振り下ろす。まるで、家にかけられたカバーか何かを取り払うかのように。
「……行くぞ、おっさん」
「もう、その、結界というのはないのかい?」
「ねぇよ。さっき、取ったじゃん」
呆れたように圭が言うが、見えないのだから仕方がない。
圭はインターフォンも押すことなく、そしてためらうこともなく、玄関扉を開ける。
鍵が、開いている。不用心だな。
私の視線に気づいたらしく、圭が「鍵は閉めないようになってる」と口にする。
「浄化を行う際、鍵は閉めてはいけないことになっている。いざという時、逃げられないから」
「いざという時、というのは」
私の問いに、圭はただ笑みだけで返した。
なんだそれ、ちょっと怖い。
圭は玄関扉を抜け、靴のまま家へ上がった。土足だ。
「圭君、靴は脱がなくていいのかい? ここ、人の家だけど」
いつもなら、裸足になるのに。
不思議そうな私に、圭が「今日は主張しないから」と答える。
「俺という存在を主張したらダメだろ。今日は、逆に忍び込んでる状態なんだから」
「でも、さっき結界、を取っちゃったんなら、もう主張しているようなものじゃないのかな」
「譲にはわかっただろうけど、厄禍の方にはそこまで気を回してないんじゃないか?」
うーん、そういうものなのか。
私は恐る恐る「お邪魔します」と言いながら靴で上がる。
うう、結構綺麗な床なのに、申し訳なさでいっぱいになる。どうせなら、新品の靴でも持ってくればよかった。
「俺は、厄から嫌われてるからな。裸足で上がって即逃げられても困る」
「へぇ、好き嫌いとかあるんだね」
「おっさんは、好かれてるだろ?」
厄付だからね。
「今、対処している譲もそうだ。好かれやすい。そこに、理由なんてない。おっさんにだってあるだろ? 好きな食べ物、苦手な食べ物、生理的に受け付けないやつ、喉から手が出るほど欲しいもの」
誰にでもある、趣味嗜好だ。
確かに、そこに理由なんてない。苦いだのすっぱいだのというのは個人の好みでしかないし、むしろそれらの味が好きだという人だっているのだ。
私で言うと、辛いものだ。トウガラシとか、山椒とか、コショウとか、スパイスとか。多少なら食べられるが、がっつり辛いものは食べられない。
「つまり、そこにあるのは漠然とした感情的な好き嫌いだ」
圭はそう言うと、廊下の先にあるドアの前で、ぴたり、と足を止めた。そうして、ぱん、と一つ柏手を打つ。
「ここより先は、我の邪魔をすべからず」
静かに圭が言い、再び柏手を打つ。そして、圭はドアの取っ手に手をかけ、ゆっくりとドアを開いた。
「開いてなかったのかい?」
「拒む結界が張られてた」
こともなげに、圭が言う。
やっぱり、私にはよくわからなかった。