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黙ってしまった私を見、圭は小さくため息をつく。
「まあ、そうならないように今向かっているんだから」
「ああ、うん、そうだね」
私は圭の言葉に、はっとする。今、私が帰着したかもしれない場所を考えている場合ではない。
今考えるべきなのは、厄禍となってしまった人の事だ。
そうして、気付く。最初に書かれていた名前に。
「じゃあ、この……山内はるか、という人が厄禍に?」
圭は頷く。
私は再びその名前に目をやる。簡単なプロフィールも書いてある。
山内はるか。10歳。
父と母と一軒家に住んでいる、小学四年生。
依頼者は母親、娘の様子がおかしいことに加え、ちょっとした不幸が続くのが依頼理由だとある。
「……10歳」
ぽつり、と私は呟く。
まさか、と心の中で付け加える。
まだ、たったの10歳の女の子が。小学四年生の女の子が。厄付という体質を持ってしまったがために、厄禍となり、恐ろしい場所へと向かおうとしているというのか。
居たたまれない気持ちになり、ぎゅう、と紙を握り締める。ぐしゃり、と紙が音を立てて皴を作る。
「対処に当たったのは、春日 譲。結界を張るのが一番うまい」
「結界、かあ」
私は普段使わない言葉にドキドキする。昔読んだ、漫画や小説を思い出す。
いや、実際に圭が結界を張っているのを見たことがあるのだから、初めて聞く言葉という訳でもない。だが、どうだろう。何度聞いたり言ったりしても、慣れないというか、なんというか。
どことなく、恥ずかしいような気がするというか。
「譲が行ったのは、昨日だ。家に入る前に、いつもと違うする気がするから、厄付かもしれないと華に連絡があった。何かあれば再び連絡すると言ったまま、連絡が取れない」
「それって、まだ山内家にいるということかい?」
「おそらく。そして、連絡ができない状態にある、ということだと思う」
圭は神妙な顔で言う。恥ずかしいとか思って、申し訳ない気持ちになる。
浄華の人たちは皆、真剣に仕事として向き合っているのだから。
「でも、昨日のうちに春日君の応援にはいかなかったのかい?」
「華が確認しに行ったけど、結界が張られていたんだってさ。譲は、厄禍に巻き込まれたと思っていい。と同時に、主導権を奪われている。人を拒む結界が張られていたそうだからな」
「その、結界とやらは、鈴駆さんでも壊せなかったってことなのかな?」
「力づくでいきゃ壊れるだろうけど、譲も壊れるだろうな」
こともなげに、圭が言う。
華嬢でさえ手が出せない結界が張られているのならば、圭が行ってなんとかできるのだろうか。
私の疑問に気づいたように、圭が鼻で笑う。
「力には限りがある。昨日から結界を張っているのだから、もうすぐガソリン切れを起こすはずだ」
「ガソリン切れ……」
「俺は燃料を持ち歩くタイプだから、その点は勝ったな」
圭が私を見て、悪戯っぽく笑う。
非常食に加え、燃料呼ばわりか。全く、もう。
「お二方、まもなく到着いたします」
運転席に片桐さんが、私たちに声をかける。多少なりとも笑っていた圭が、再び真顔になる。
それほどの事態なのだ、と私は軽く緊張した。
かつて教えてもらった腹に力を入れることを、そっと行うのだった。