18:00
ファミレスを出て圭と別れ、私は帰宅する。
華嬢に挨拶していけば、という圭からなかなか悩ましいお誘いを受けたものの、今は譲青年の件でバタバタしているだろうから、と思い断った。
部屋の電気をつけ、ベッドに座り、ふう、と私は息を吐いた。
なんという、密度の高い一日だったんだろう。
怠惰な一日を過ごしてやろうともくろんでいたのに起こされ、譲青年の依頼先に連れていかれ、家の掃除をしたりお粥をつくったり小さな知り合いができたり。
「妹さん、かあ」
ごろん、とベッドに横になる。
圭の家族について、初めて聞いた。浄華で一人暮らし(というか寮に近い)をしているとは分かっていたが、家族はどうなっているのだろうとは少し気になっていた。
まさか、妹さんが圭の事を忘れた上におびえているだなんて。
両親との関係も、表面上は問題ないのだろうけれど、それでもどこかぎこちないのかもしれない。
中学生だった圭は、今よりもっと幼かっただろう。幼いなりに妹を守ろうとしただろうし、日々の生活を楽しんでいただろうに。
それが突如として奪われたのだ。
「学校の事は聞いていないけれど……同じ学校には通っていないかもしれないな」
ショッキングな出来事に、その場にいた子供も大人も衝撃が走ったに違いない。その渦中にいる圭に、興味や関心が向かないわけがない。
それが、優しいだけのものではないだろうことは、想像にたやすい。
そうなると、圭は日常も、友人も、家族も、一気に失ったことになる。完全な喪失ではないにしろ、生活そのものが一変したことだろう。
たった、中学生の子どもなのに。
私は自分が中学生の頃を思い返す。友達と馬鹿な話をするのが楽しくて、勉強が急に難しくなって、部活が忙しくなって、衣食住を手厚くしてくれる親にちょっと反抗したくなって……。
毎日が目が回るほど忙しく、それでいて楽しかった。顔を覆いたくなるくらい恥ずかしくなるような言動も、たくさんしたけれども。
「圭君も、同じような経験ができていればいいんだけれど」
中学生の頃なんて、日々過ごすだけで価値がある。こうして大人になり、働きだすと、あの頃をふと思い出すことがある。
次の日にやる事を確認し、面倒くさいと思いながらも楽しかった毎日。
目まぐるしくも充実していた行事や部活動。
「珍しく、どのイベントごとも晴れたんだよなぁ」
同じ学年に晴男か晴女がいたのかもしれないと思わせるほど、どの行事も晴れていた。
遠足も、運動会も、文化祭も。いつでも青空の下で青春の一ページが刻まれていた。だから、それらの思い出を思い返す時は、いつも青い色がついて回っていた。
そういう私にとっての青い思い出が、圭の中にないのは寂しい事だと私は思った。それで本人が寂しくないと思っているのかもしれないし、実際それだけで寂しいかどうかなんて判断できないのだけれど、自分が体験した眩しい思い出を圭が持っていないということが、とても残念な気がしたのだ。
圭ではなく、私が。
とんだ押し付けだし、エゴだと言われればそれまでなのだが。
私が目を閉じ、今日の事を思い返す。
山内家で起こった出来事を、圭も同じように反芻しているのだろうか。妹とはるかを重ね合わせているだろうか。
あの、砦のような場所で起こった出来事を。
「今度、ピクニックでも誘ってみようか。青空の下で、お弁当とか食べたらおいしそうだ」
私は呟き、圭の弁当はさぞ大きかろうと想像して笑った。
「いっそ、作って行ってもいいかもしれないな」
巨大なお重でもいいかもしれない。おにぎりをいっぱい詰め込まないといけないから、お米はいっぱい炊かなくては。炊飯器で足りるだろうか。いっそ土鍋で炊くか。
ふわ、と土鍋の蓋を開けるところまで想像し、私の脳内の土鍋の中身に、自分で笑ってしまった。
脳内の土鍋の中には、今日作ったお粥がたっぷりと入っていた。
余程美味しいと言われたことが、嬉しかったのだろうか。自分の事なのに、思ったよりも喜んでいたのかもしれない、と自己分析する。
「さすがに、お重にお粥はちょっと」
それでも圭ならば、パクパクと食べてくれるかもしれない。
青空の下、お重一杯に詰め込んだお粥を食べる圭を想像し、私は再び噴き出した。
それはそれでいい思い出になるかもしれない。
私にとっては、久々の青い思い出が刻まれることだろう。
私は目を開き、天井を見つめる。想像の中の、そして思い出の中の青空が浮かんでくる。
皆、違うものを色々抱えつつも、同じ空の下で生きている。思い出だって持っている。形は違えど、様々なものを抱き守ろうとする砦のように。
そんな砦も、空に通じる場所があるはずだ。そして見上げればいつでも同じ空がつながっている。
私はベッドから起き上がり、ぐっと伸びをした。
いつしか共有できるであろう、空に浮かぶ青紺の砦を掴むかのように。
<青紺の砦の共有を思い・了>