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13:00-2

 ファミレスで、圭はとにかく食べた。ランチセットを頼み、単品商品をいくつか頼み、おかわり自由と言われた米を食べ、デザートまできっちり食べた。

 傍で見ていた私が、お腹いっぱいになるくらいに。

 それでもランチセットを食べきり、ドリンクバーからコーヒーを持ってきた。

 好きな飲み物を好きなように飲めるのが、ドリンクバーのいいところだ。


「おっさん、冒険しなくていいの?」


 沼のような色の飲み物を入れたグラスを持ち、圭が尋ねてきた。


「ええと、それ、何味?」

「なんだっけ。なんか、いけるかな? と思うやつ混ぜてみた」


 ドリンクバーで色々混ぜるのはよくある話だけれども。

 圭はグラスに口を付け「いけるいける」と言いながらごくごくと飲んだ。


「おっさんも飲んでみたかった?」

「いや、遠慮しておくよ」

「そっか。まあ、どういう配合か忘れたし」


 圭はそう言うと、空になったグラスを持ってドリンクバーへとまた行った。

 よく食べ、よく飲む。感心するほどだ。

 新たに持ってきたグラスは、温かないちごラテだった。ようやくお腹が落ち着いたのだろうか。ゆっくり飲む飲み物だ。


「おっさんさぁ、ああいう事言うの、よくあるの?」


 湯気の立つカップを目の前にしたまま、圭が切り出した。


「ああいう事って?」

「だから、寂しくないとか、素晴らしい事とか」


 圭の言葉に、私は午前中の出来事を思い出して赤面する。改めて言われると、少し恥ずかしい。


「よくあるか、と言われると、よくはない。というか、初めてかな」

「そっか」


 私の答えを聞き、圭はそれだけ返した。

 え、それだけ?

 私は拍子抜けをする。てっきり、茶化されるか何かされるかと覚悟していたのに。


 だが、圭にはそのような様子は一つもなかった。真剣な眼差しのまま、イチゴラテのカップを見つめている。

 私は圭から紡がれる言葉を待つように、コーヒーのカップに口をつける。


「俺にはさ、妹がいるんだ」

「あつっ!」


 突然の告白に、思わず一気にコーヒーを飲み込んでしまった。咳き込んだ私に、圭が「大丈夫かよ」と声をかける。


「だ、大丈夫」


 少し、舌と喉がひりひりするけれど。


「俺はさ、その妹に、声をかけられなかったからさ」

「声?」

「だから、寂しくないとか」


 先程の台詞か。


「俺の妹は、厄禍になったんだ。俺の二つ下なんだけどさ、妹ははるかと同じ年齢で。俺が中学生で、あいつが小学五年生だったから、学校も違ってたのもあって、気付かなかったんだ」

「気づかなかったって、厄禍に?」

「いや、いじめ」


 圭の言葉に、耳の奥がキインと鳴ったような気がした。


 □ □ □ □ □


 圭の妹は、昔から小さな厄をつけていることが多かったので、気付くたびに喰らっていた。

 喰らい方は、習ったわけでも教わったわけでもない。息をしたり食事をしたり排泄をしたりという、生理現象と同じように本能で分かっていた。

 そんな圭の事を妹は好きだったし、圭も妹を可愛がっていた。

 しかし、圭が中学校に上がってから、生活の中で妹と触れ合う時間が格段に減ってしまった。

 部活や友人付合い、そして思春期への突入から、妹とは他愛のない事を話したり、休日の食事の時に顔を合わせるくらいの触れ合いになっていた。厄を喰らう事は、相変わらずしていたけれど。

 別に嫌いあっていたわけではない。家族だから、いて当然くらいの気持ちでいた。

 だから、いじめに気付いたのは本当にたまたまだった。


 テスト週間で午前に学校から出た圭は、拾い物をした。小学生の体操服袋だ。

 見れば、妹と同じ小学校。

 せっかくだから、届けることにした。懐かしさもあったし、妹を見てやろうという小さな悪戯心もあった。

 こっそり見たんだ、と帰宅してきた妹に告げて驚かせてやろう、と。

 体操服袋を職員室に届けた後、妹の事を話すと快く見学の許可が下りた。

 小学校はちょうど休み時間に入っており、我先にと子ども達が校庭へと向かっていた。

 圭はそんな小学生たちを微笑ましく見、自分の小学生時代を思い出しつつ、妹のいるであろう教室へと赴いた。


 そこで見たのは、机に座ったまま、ずっと下を向いている妹だった。


 何をしているのだろうか、と不思議に思った。特に本を読んでいるわけでも、お絵かきをしているわけでもない。

 そんな妹を、クラスメイト達が離れたところからくすくすと嘲笑していた。

 教師は何をしているのだ、と思って探すが、教師の姿はない。いないからこそ、やっているのだ。

 圭は腹の奥底からどろどろとした怒りが満ちるのを感じた。

 一言文句を言ってやろうと教室のドアに手をかけた瞬間、ぶわ、と背筋が冷たくなるのを感じた。

 どろどろの怒りが、一瞬にして固められたかのようだった。

 ドアについた窓から見ると、妹が座っていた椅子から立ち上がっていた。かくん、と頭を90度傾けている。


「なんだ、あれ」


 ぽつり、と圭は呟いた。今まで小さな厄を見てきた圭も、初めて見る厄だった。

 どす黒いそれは、ぐるぐると妹にまとわりついていた。蛇のように体中を這い、妹の空気を不穏なものへと変えていく。

 圭の妹の口が、ゆっくりと動く。動いたのち、にい、と笑った。

 声は聞こえなかったが、何と言ったかは分かった。


――死ね。


 簡単で、恐ろしい、二文字。

 きゃああああ、と叫び声が上がり、圭ははっと意識を取り戻す。

 妹がおかしいのは、あのどす黒い厄のせいだ。あれが妹にまとわりついているから、あのような恐ろしい状態になっているのだ。


 圭は教室に飛び込み、妹に手を伸ばす。いつもやっているように、厄を喰らってやろうとしたのだ。

 掴んでは口へと持って行くが、いつまでも終わりが見えない。いつもならば軽くつまんで飲み込めば終わりなのに、終わらない。

 ずるずると掴んでは引っ張り出し、喰らっていく。悲鳴を上げていたクラスメイト達は、我先にと逃げ出していた。幾人かが残っていたが、声も上げずただその場に座り込んでいた。


 圭は、喰らって、喰らって、喰らって……。


 妹は何度も「やめて」と言っていた。だが、圭の耳に届いても、実行はされなかった。

 あのどす黒い厄が、全く減らなかったから。

 やめてなるものか、と圭は必死になっていた。今起こっている恐ろしい状況は、すべて黒い厄のせいだと思い込んでいたからだ。あれさえどうにかすれば、いつもの可愛く優しい妹になる、と信じて。


――ぱんっ!


 突如、柏手が圭の耳奥まで届いた。

 音のした方を見ると華嬢が立っており、他には誰もいなかった。しん、と静まり返り、華嬢と、圭と、妹だけがそこにいた。


「落ち着きなさい」


 華嬢に言われ、圭はゆっくりと妹を見た。妹はうつろな目をし、その場にぐったりと倒れ込んでいた。


「俺は、ただ」


 圭は震えながら、妹へと手を伸ばす。妹はうつろな目をしたまま、金切り声をあげた。拒否反応だ。


「俺は、なんとかしてやろうと」


 圭の言葉は、それ以上続かなかった。

 妹の金切り声が、それ以上の言葉を許さなかったからだった。

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