11:00-5
はるかの頭から、ゆっくりと圭が手をおろす。
腕は掴んだままだが、だらり、ともう片方の手はおろされている。
「桂木」
譲青年が、問いかける。圭は冷たい目をしたまま、きゅ、と唇を結んだ。
「他に方法が、あるはずだ」
静かに譲青年が言う。圭はそれには何も答えず、今度ははるかの方に顔を向ける。
圭に見つめられ、はるかはびくりと体を震わせた。
無表情な目が、怖いのかもしれない。いや、怖いに違いない。
「どうしろって、言うんだよ」
ぽつり、と圭が言葉を紡ぐ。
「厄付本人が厄を手放す気がなく、厄も渦を巻いたまま、無理矢理はだめ、譲は空間の維持で手一杯……なら、俺に、どうしろと」
静かに紡ぐ言葉は、譲青年に向かってのものなのだろうが、私にはそれが助けてほしいと言っているように聞こえた。
どうするのがいいのか分かるのに却下され、かといって他の案を求めても何も出てこない。
会議などでよく起こる、停滞に似ている。
猫の手くらいにはなるかもしれない、と私も考える。経験は少ないが、私も超常現象に触れ合ったのだ。何かしら、案を出すくらいはいいのでは。ヒントくらいにはなるのでは。
私だって、厄付という性質を持っているのだから。
「……そうか、厄付」
ぽつり、と呟くと、圭と譲青年がこちらを見た。突然話し出した私に、二人から「何言ってるんだ?」の目線を感じる。
私はその目線に負けず、言葉を続ける。
「圭君、私は厄付だろう? はるかちゃんの厄を、私の方につけられないだろうか?」
「……厄を?」
「同じ厄付なんだし、私なら厄を手放す気いっぱいですし」
私が言うと、譲青年の眉間にしわが寄った。
ああ、駄目な提案だったかな。
だが、そんな訝し気な譲青年とは違い、圭はくつくつと笑い始めた。先程までの冷たい無気力な目と突き放すような声ではなく、いつもの少し悪戯っぽい目と揶揄うような声色で。
「いいね、おっさん。着眼点、すごくいい。そうだよ、おっさんにつけりゃいいんだ。幸い、おっさんの方がつきやすそうだし」
「ええ、そうなのかい?」
「そりゃそうだろ。誰だって、持っているものよりも持っていないものの方が欲しくなるじゃん」
プレミアってやつかな?
隣の芝生が青いとか、他山の石とか、そういうのかな。
「桂木、この人はお手伝いの人なんだろう? 巻き込んでいい人なのか?」
譲青年が、私をちらちらと見ながら言う。
まあ、それが普通だ。部外者を関わらせるのは、どの組織だっていやだろう。
だが、圭の返答はあっさりしていた。
「おっさんは、大丈夫な人だから」
なんだ、それ。
謎の「大丈夫」発言に、思わず吹き出す。譲青年が大丈夫じゃなさそうに心配しているようだが、圭の自信は揺らぎそうもない。
そう、私はきっと「大丈夫な人」なのだ。
圭がなんとかしてくれるに、決まっているのだから。
なんなら、今は譲青年もいるし、前回も似たようなことをやったし、きっと大丈夫だ。多分。
「じゃあ、おっさん。こっちに来て」
圭の手招きに、私ははるかに近づく。はるかは私を見てびくりと体を震わせた。
知らない人間が一人増えたら、そりゃあ怖いよなぁ。申し訳ない。
「ええと、はるかちゃん。大丈夫だからね」
せめて少しでも怯えないように、と話しかけるものの、はるかは目に涙を溜めて私を見ている。
その様子に、私は心が痛かった。