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11/17

11:00-4

 はるかは掴まれたままの腕を「いたい」と言い出した。


「腕、いたい!」


 私なら反射的に離してしまいそうな言い方だったが、圭は決して離さなかった。


「ねぇ、腕、いたい!」

「逃げようとするから、掴むしかねぇじゃん」


 さくっと却下する圭に見切りをつけ、はるかは譲青年の方に目線をやる。


「ねぇ、おにいちゃん! あたし、腕、いたいの!」


 はるかの問いかけに、譲青年の目線は静かなものだった。まだ幼い子供相手にするような目ではない。


「おにいちゃん?」


 不安そうに、はるかは言う。

 きっと昨日の譲青年は、はるかに優しくしていたのだ。無理もない。依頼主の家族であるはるかに、被害者だと思っているはるかに、優しくしないわけがない。


 だが、何故だろう。

 譲青年や華嬢なら、優しくする様子が簡単に想像できるというのに、圭が優しくする様子が想像できない。どちらかというと現状のまま「フーン」くらいの感じで接する様子の方が、納得できるような気までする。

 いや、さすがに失礼か?


「あたし、何もしてないのに」


 ぐすぐすと、はるかは鼻を啜り始める。

 そうだよな、怖いよな。いきなりずかずかと土足で家に上がり込み、怖い顔で責められて。二階に逃げたけど、勇気を出して一階に降りてきたら、腕を掴まれてまた怖い顔とか。

 しかも、優しくしてくれていたはずの人まで、怖い顔とか。

 そりゃあ、怖い。


 こくこくと納得していると、ちらりと圭が鋭くにらんできた。

 え、心読まれた? 声に出しちゃったかな?

 私があたふたしていると、圭が再びはるかに向き直る。


「お前が抱えているもんは、良くないものだ。だから、それを取っ払う」

「あたしが抱えているって……」

「後生大事に持ってるだろ?」

「大事に」

「……厄を」


 圭がそう言った瞬間、ぐすぐすという音がぴたりと止まった。弱々しく見えていたはるかの体が、ぴん、と糸を張ったように力を帯びる。


「やく」


 ぽつり、とはるかが口にする。一気に変わった雰囲気と共に、圭がにたりと笑う。


「それそれ。それってさ、お前にとって不必要なもんだ。だから、それを取らせてもらうぞ」

「あたし、の」

「違う、お前のじゃない。それは、単なるゴミだ」


 ゴミ? いいのか、そんな言い方。


「ゴミ……ゴミじゃない……あたし、ゴミじゃない!」


 はるかが叫ぶ。と同時に、圭がくつくつと笑いながらはるか腕をつかんでいない方の手で、はるかの頭を掴む。


「お前は厄じゃねぇし、厄はお前じゃねぇ。お前はゴミじゃねぇし、厄はゴミでしかねぇ」

「やだやだやだやだ!」

「要らないんだよ、そんなもん。お前にも、この家にも、厄なんて有害なゴミでしかないんだよ!」


 圭が言い放つと、はるかが「あああああ」と悲痛な声で叫んだ。腹の底から響くような、金切り声に近い。


「あたしの! これは、あたしのなの! これがあったら、お父さんも、お母さんも、あたしと、一緒に、いるの!」


 細切れの言葉が、私の胸を締め付けた。

 きっと、はるかは寂しいのだ。寂しいから、厄なんてものを大事にしようとしている。寂しさに入り込んだ厄を、大事なものだと勘違いしているのだ。


「ああ、もう、面倒くせぇ! そうやってお前が取り込もうとするなら、無理矢理取っ払うぞ!」


 ぐぐぐ、とはるかの頭を掴む手に、力が入る。それに気づいた譲青年が「桂木!」と諫めるような声を出す。



「繰り返す気か、桂木!」



 ぴたり、という言葉が、聞こえるかのようだった。

 相変わらずはるかは何かを叫んでいるし、事態が何かしら変わったとも思えないのだが、圭の言動が、ぴたり、と止まった。

 まるで、圭だけ停止ボタンを押したかのように。


 譲青年はため息をついたのち、口を開く。


「無理矢理は、駄目だ。お前が一番、良く知っているはずだ」


 譲青年の言葉に、圭はゆっくりと譲青年を振り返った。

 冷たい目だ。

 感情が渦巻いているかのような、無機質な目だ。

 それでいて、どうしてだろう。


 泣きそうに見えた。

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