9:00
電話の着信音で、私は目を覚ます。
今日は10月12日、土曜日。楽しい楽しい三連休初日だ。
一週間、注文書が間違っていたり、突如業者のトラブルが発生したり、納品したものに不良品が間違っていたりと、とにかく慌ただしい日々を送っていた。
それも昨日までで終了し、この三連休は食っちゃ寝を繰り返し、気が向いたら映画くらい観に行ってやろうかと思っていた。怠惰な三連休を過ごすのだ、と意気込んでいたともいう。
だが、着信があったのだから仕方がない。
本来は昼頃に目覚め、朝と昼を一緒くたに食事してやろうとも思っていたが、そうはいかないようだ。
私は仕方なく、体を起こす。
表示されているのは、桂木 圭。
「……おはよう、圭君」
私は電話の先の圭君に、挨拶する。すると、向こうから聞こえてきたのは「遅い」という不機嫌そうな返事だった。
「おっさん、遅くない? 3コール内に出てくれよ」
「そんな、会社じゃあるまいし」
「会社だろうと、プライベートだろうと、3コール以内に出たらいいんじゃね?」
そりゃあ、それが理想かもしれないけれども。
「珍しいね、こんな朝早く。何かあった?」
私は気を取り直し、圭に言う。圭は「別に早くないけど」と言ってから、言葉を紡ぐ。
「何かはあった。悪いけど、これから迎えに行くから。んで、車の中で話す」
「随分急だね」
「緊急事態ってやつだから。どうせ、あれだろ? 起きたばっかとかなんだろ?」
ばれてたか。
「30分もすれば、片桐がおっさんの家につくから。それまでに用意しといて」
「何か必要なものはあるのかい?」
「ない。でも、人として外を出歩けるようにはしといて」
基本的なことを言われた。いや、でも、大切なことだな、うん。
私は「分かった」と答えると、圭は「じゃあ」と言って電話を切った。
嵐のような電話だ。
私は少しぼうっとする頭を動かし、時計を見る。
朝、9時。確かに、早くはない。遅くもないとも思うけれど。
「あと30分……え、30分?」
私は、慌てて立ち上がる。
30分後には片桐さんが圭を乗せて、車でやって来られる。つまり、30分で支度をして、出られるようにしなければならない。
「ああ、そういえば、どこに行くかも聞いてない」
車の中で説明するとは言われたが、せめてざっくりとでいいから、どこに行くかは知りたかった。それによって、着る服が変わってくるからだ。
しかし、既に電話は切ってしまった。今から圭に聞いたとしても「服なんか、どうでもいい」くらいは返されそうだし、その時間も私には惜しい。
とにかく、圭君のいっていた「人として外を出歩けるような」服を着るしかない。
「……ちょっと、基準が分からないけれど」
私はそう呟き、洗面所へと向かった。
まずはぼんやりしている頭を起こすための洗顔をするために。