2回目 謎と目的
クローネ王国フレイオック。
その郊外に、魔道具と薬草の専門店『アパノ』があった。
「と、いうことがありまして」
今、そこには悠都、歩葉にマクトと―ーあの少年、アサヒがいた。
店内は薬草の匂いに満ちていて、アサヒは陳列されている薬草だけでなく、見慣れない魔導具に興味深々という態度で眺めていた。
「お茶をどうぞ」
店の奥に円卓のテーブルがあり、悠都たちは椅子を持ち寄って、そのテーブルを取り囲むように座っていた。
その四人のほかに、店主のラノがいる。金髪、碧眼での知的な少年。
この店で一番の年少の姿で……十二、三歳という姿だが、この中で誰よりも落ち着いているように見えた。
「マクト。ハルトは僕の言いつけを守って、町の中では魔導術を使っていないんだろう?
じゃ、僕が怒れないよ。その『魔導石像』に襲われたから、守るために魔導術を使った。でも、その操り手を生かして捕まえられれば、もっとよかったかな」
「……それは……本当に申し訳ありません」
アサヒが肩身を狭そうにしている。
「ラノさん。お客様に圧をかけてどうするんですか」
悠都が笑顔のラノに話しかける。
「……いや、ハルト。それはぼくがいけないのだから……当然…」
「圧というか、事実を述べただけですが?誰が狙われたのか、誰が狙ったのか、調べる必要がありました。僕としてはアサヒさんとハルトが助けた、その少女になにかあるとは思っていますけどね」
「私もいいですか?」
お茶を運んできた女性が話しかけてきた。
「当然です、チーグル。ハルトはあなたの弟子なんですから」
ラノが笑顔で女性―ーチーグルに答えた。
チーグルは「ありがとうございます」と苦笑すると
「マクトが現場から、『エリクシル』の破片を持ち帰っていますよ。
なにか関係のあるものじゃないかと……それを調べれば、いいんじゃないですか?」
「ああ。僕もマクトから聞いてはいたんですがね……」
知っていたのか?と、アサヒは悠然とお茶を飲んでいる少年――ラノを見ている。
「本当に……意地が悪いと言うか……」
悠都がラノの態度につぶやいた。
「……少しは慎め、ハルト。ラノさんは何十年と生きてきているし、あの性格はもう修正できないレベルなんだ」
次の瞬間、悠都とマクトの呼吸が停止する。二人の視線の先に、満面の笑みを浮かべたラノが見つめていた。
「怖いなら、言わなきゃいいのに……」
チーグルがため息を漏らすと、アサヒは思わず吹き出してしまった。
「あ……す、すみません」
慌ててアサヒが謝ると、
「いいの、いいの。いつものことだから」
と、歩葉が笑顔でフォローした。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「……じゃ、ハルトとフタバは異世界人で、ラノさんが保護している……と」
アサヒは悠都と笑顔の歩葉を交互に見ながら、ラノの話に聞き入っていた。
「この二人の能力は見たと思いますが、他の国……もしかしたらこの国もかもしれないですが。今は戦争中です。こんな力を持った異世界人を、どの国も戦力としてほしいはずでしょうし、『魔導術協会』にも連絡せず戦争の『兵器』として利用されかねない。
そんな判断で、僕が保護してます。僕は『第二級魔導師』なので、異世界人の保護、監視の権利は持っていますよ」
そう言って、ラノは自身の左手の甲を見せた。魔導師の印が、緑色の輝きとともに浮かんだ。
「……そうですか。わかりました。
でも、クローネ王国はハルトとフタバを保護したとしても、絶対に『兵器』として利用したりはしません」
アサヒは力強く言い切った。
「まぁ。アサヒがそう言っても、他のやつらはわからない」
「……それは……」
悠都の言葉に、アサヒは顔をうつむけた。
「で、アサヒはどうしてあの女の子を見つけたんだ?」
「あの男たちが、子供を抱えているのが見えたんだ。それも人通りの少ない道で。
しばらく後を追って誘拐だと確信してから、大通りの近い場所に来た時に、隙をみてあの女の子を男たちから取り上げて、あの目立つ場所で警備隊が来る状況を作ったつもりだったんだ。
結果的に、先に君たちが助けてくれたけど……」
アサヒは顔をうつむけたまま、それまでの経緯を語った。
突然、閉まっている窓をすり抜け、一羽の小鳥が入ってくる。
「帰ってきたんだね」
チーグルが左手を差し出すと、その指に止まって『チチチ』と小さく鳴いた後、煙のように霧散した。
アサヒが呆然と見ていると、
「……ラノさん…わかりました」
「どうでしたか?」
ラノがチーグルを見る。
「……警備隊に捕まった男たち三人とも、警備隊の館に入る前で、何者かに襲われて殺されています。警備隊隊員も何人かは負傷しているようです。おそらく……みなさんを襲ったその少女が犯人かと」
たしかにあの少女の衣服は血に汚れていた――。
チーグルの言葉に……アサヒと悠都が驚愕し、歩葉は顔をそむけた。
「そんな……あいつらはいったい」
「少なくとも、マーシュ皇国の商人でも、この国の国民でもなさそうだな……」
生気が抜けたようなアサヒに、マクトは小声でつぶやいた。
「……この国の状況を考えれば、『ルシィラ国』の関係者とも考えられますね。なにか企んでいたのかはわかりませんが……」
ラノはそう言って、小さくつぶやいた。
「私が……あの『魔導石像』を操っていた魔導師を斬らなければ……」
「……後悔しても仕方ありません。マクトが持ち帰った『エリクシル』に、なにか手がかりがあるかもしれない……」
ここで会話は一度、途切れた。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「アサヒさん、しばらくここにお泊りなさい。あなたはこの件の関係者だ。
間違いなく、命を狙われるでしょう。ここにいる限り、守ってあげられますから。ねぇ、ハルト」
「いや、それは……」
ラノの申し出――というより、命令のような言葉に、アサヒは迷惑がかかるからと断ろうとする前に、
「はぁ!?なんで俺なんですかっ!?」
悠都が慌てたように、ラノに叫んだ。
「当たり前ですよね?元々、君が関わったことですよ?君がきっかけなんですから、責任を持ってアサヒさんを守るのは当然じゃないですか」
「……わかりましたっ」
「あ、悠都くんが怒ってる」
納得のいかない悠都の返事を聞いて、歩葉が突っ込むと、悠都は今にも襲いかかるような勢いで睨みつけた。
「ハルト、ぼくは帰るよっ。こんなことに皆さんを巻き込むわけには。ぼくが今回のことを引き起こしたのだから……」
「君はここにいろっ……って、ごめん。ラノさんの言ったことは俺も間違いないと思うから、落ち着くまで、ここにいればといい。俺が守るとかは別として、店主のラノさんが言ってんだから」
全身から申し訳ないオーラを発しながら断ろうとするアサヒに、悠都は表向きだけでも冷静にアサヒを説得した。
「そうそう。私たちも協力するから。ここにいる人たちみーんなすごいんだから大丈夫」
歩葉も悠都に続いて、アサヒに言った。
「……でも……本当に申し訳がない……」
「アサヒってどこに住んでるの?家族の人に連絡すればいいんじゃない?」
歩葉の提案に、それまで以上にアサヒは慌てだした。
「い、いや。それはもっとダメ……というか、本当にそこまでは必要ない」
「アサヒって、いいとこの貴族のご子息ってやつだろう?
身なりもそれなりだし、俺も半年はこの国にいるから、貴族も結構見てきてるし、そんな連中の服装っぽいなっていう感じだし。……だから家に知られると問題があるのか?」
「そ、そうなんだ。父上が厳しくて、こんなことが知られてしまうと、家から勘当されてしまう……」
悠都の言葉に、アサヒはこくりと大きくうなづいた。
「そうか。それじゃぁ、ダメだよね。でも、この事件を解決して帰れば、その父上にも言い訳がしやすい……とか?それなら、長い間帰らなくても言い訳になるはずよ」
歩葉は、いいアイディアを言えた!とばかりにアサヒに提案した。
「事件って、これ、そんな簡単に解決することじゃないだろう。
とりあえずはアサヒの身の安全がわかるまで……ってことでいいか?」
悠都が呆然としているアサヒに話すと、
「……それって、いつ頃になるだろうか?そんな長い間は留守にはできないが……」
「……うん……まぁ」
アサヒの切実な問いに、悠都も口ごもってしまう。明確な期間などわかるはずもない。
「当面は。と、いうことでいいんじゃないですか。ここは断定なんてできないし」
「そうだね。さすがチーグルさんっ」
問題解決をしたのはチーグルで、歩葉はうれしそうにチーグルを褒めるが、チーグルは苦笑いを隠せない。
「じゃ、決まりですね」
ラノが言った。
とんでもないことになった。と、アサヒは肩を落として落ち込んでいる。
「んー。じゃ、泊まる部屋は俺と一緒でいいか?二人じゃ狭く感じるかもしれないけど……」
悠都の提案に、アサヒの動きが一瞬、『完全停止』した。
「いやいやいやいやっ」
動きだした途端、アサヒは高速で首を左右に振り全身で拒絶を表した。
「……そんなに嫌がらなくてもいいじゃん。俺が落ち込むんだけど……」
「悠都は人の気持ちがわからないところがあるからなぁ……」
普段、嫌味を言われ続けてる歩葉がここぞとばかりに反撃する。
「人をサイコパスのように言うな」
「そうだ、フタバ。ハルトはとても人の気持ちのわかる、勇気のある人だと思う。
でなければ、僕たちを助けようとはしないはずだ」
「……ご、ごめんなさい」
思わぬアサヒの反論に、歩葉の方が驚いてしまいアサヒに謝ると、
「ち、違うんだ。フタバを攻めるつもりはなかった。ぼくは、ハルトにとても感謝しているっ。もちろんフタバにも。だから……その気持ちを伝えたいと……」
「そう……なの?」
「そ、そうなんだ……よ」
歩葉の問いに、アサヒは顔を赤くしてうつむいてしまった。
「……でも、俺と同じ部屋は嫌なんだよな」
「ご、ごめん……」
可哀そうだとわかっていても、悠都は尋ねないわけにはいかなかった。
「だったら、物置にしている部屋があるから、そこを片づけて泊まれるようにしましょうか」
「……はい。すみません。ぼくも手伝いますから」
悠都たちのやりとりを見ていたラノとマクトは。
「……かわいいですね」
マクトがほのぼのとラノに言うと、
「そうやって、いつもハルトたちをいじめているんですか?」
という、ラノの言葉がかえってきた。
「……あなたほどじゃないと思うんですけどね」
しばしの沈黙の後、マクトはそうつぶやいた。